第47話: 不安な距離
森はゆっくりと姿を変えていた。
急激な変化ではない。
だが、はっきりと感じ取れるほどのものだった。
木々は以前よりも高く、
長い年月を経た様子で、
そしてなぜか――
ひどく……静かだった。
足元では薄い雪が踏まれ、きしむ音が響く。
三つの影が、休むことなく進んでいく。
先頭にいるのはケイリス・ヴェイラ。
真ん中には不知火 明原。
最後尾を歩くのはリオラ・ライゼン。
この陣形について、誰も口にしたことはなかった。
だが、三人ともが理解していた。
かなり長い時間を歩き続けていた。
そして、まだ道のりは遠い。
「……まったく、この道は果てしないわね」
リオラが小さなため息と共に愚痴をこぼす。
「……当たり前だろ。ここはエルフの国なんだ、近所の店に行くのとはわけが違う」
彼女は前を向いたまま言葉を続ける。
「……それに、進めば進むほど……妙な感じがするの」
ケイリスは歩みを止めない。
だが、低く落ち着いた声が風に乗って届く。
「……我々が近づいているからだ」
一瞬、沈黙が流れる。
それから――
「……明原」
彼は名前を呼んだ。
明原の歩調は少しも乱れない。
「……ヴェイラ」
短い返事が返ってくる。
昔から呼んでいた名前。
形式ばった言い方ではない。
まるで、あの頃のままのように。
ケイリスはわずかに顔を横に向ける。
「……なぜ、お前は身を隠していた?」
ずっと心に留めていた問いが、ついに口から出た。
遠慮も、ためらいもなく。
リオラはすぐに振り返り、
口を挟まず、ただ静かに状況を見守っていた。
明原はさらに数歩を進んでから、ゆっくりと答えた。
「……動きやすいからだ」
「……それに、目立たないようにするためだ」
シンプルな答えだった。
だが、問いの答えとしては、どこか物足りないものだった。
ケイリスは小さく息をつく。
「……お前は相変わらずだな」
その声には、
不満や怒りの色はなく、
それよりも……昔から知っている者への、懐かしさのようなものが含まれていた。
「……だけど」
彼は一瞬だけ足を緩める。
「……生きていてくれた。それだけで、俺は感謝している」
沈黙が落ちる。
その言葉は、軽いものではなかった。
明原はすぐには答えなかったが、やがて低い声で言った。
「……俺もだ」
短い一言。
だがその言葉には、
今までよりもずっと深い想いが込められていた。
少しの時間が過ぎ、
空の色がゆっくりと変わり始める。
昼が傾き、夜へと移ろうとしていた。
それでも、旅はまだ終わらない。
「……お前の目的は何だ?」
ケイリスが再び問いかける。
「……この場所に、たまたまいたわけではないだろう」
明原は前を見つめたまま、すぐには答えない。
「……俺は知りたいんだ」
「……マナを持たない存在が、なぜ現れたのか」
「……そして、誰がそれを操っているのか」
リオラが小さく舌打ちする。
「……その答えは、最悪なものだけどね」
彼女は腕を組み、続けた。
「……あの魔王が……まだ生きているのよ」
ケイリスの足がぴたりと止まる。
雪が再びきしむ音が響く。
「……何だって?」
彼は素早く振り返り、
目を大きく見開いた。
「……奴は確か――」
視線を明原に向ける。
「……お前が倒したはずだ」
重い沈黙が辺りを包む。
明原は無表情なまま答える。
「……そのはずだった」
その言葉は、
確証を与えるものではなく、
ただ……現実を告げるだけだった。
リオラが言葉を加える。
「……それで、今は……」
彼女は肩を竦める。
「……新しい軍団を従えているらしいわ」
「……七つの大罪っていう名前のね」
ケイリスは目を細める。
「……大罪……だと?」
「……それにね」
リオラは少し考えてから続ける。
「……奴には妻もいるらしいの」
言ってから、彼女は言葉を探すように黙る。
「……名前は……レイラー……レイラー……」
頭をかきながら思い出そうとする。
「……なんだったかしら……」
明原が静かに答える。
「……レイラー・ゼルナルダだ」
「……それ、その名前!」
リオラは満足そうに頷く。
「……ややこしい名前ね、まったく」
ケイリスは完全に言葉を失っていた。
視線は一点に固定され、動かない。
「……魔王が……妻を持っているだと……」
信じられない、という表情でつぶやく。
「……その上、大罪などという存在を生み出した……」
彼は再び前を向き、
先ほどまでよりも、はるかに真剣な眼差しになる。
「……状況がまったく違ってしまった」
明原がゆっくりと頷く。
「……村の図書館で読んだ」
「……この世界に起きている変化について、書かれていた」
リオラは驚いた様子で振り返る。
「……こんな状況の最中に、本を読む時間なんてあったの?」
「……あったさ」
「……変わってるわね、あんた」
「……知っている」
再び沈黙が訪れる。
だが今度のそれは、
少しだけ、張り詰めた空気が緩んだものだった。
空が深い闇に包まれ、
夜が完全に訪れた。
それでも三人は歩き続ける。
立ち止まることなく。
他に選択肢など、最初からなかった。
風の流れが、再び変わり始める。
それに気づいたのは、ケイリスが最初だった。
「……力が強まっている」
「……それに……この、何もないような感じが……」
リオラは自分の腕をさすりながら言う。
「……この感じ、好きじゃないわ」
「……まるで……」
言葉を探し、やがて続ける。
「……世界がゆっくりと、消されていってるみたい」
明原が低い声で答える。
「……それは感覚のせいじゃない」
「……実際に、起こっていることだ」
沈黙。
誰も、その言葉を否定しなかった。
なぜなら三人ともが、
はっきりと感じ取り始めていたからだ。
崩壊が訪れているのではない。
だが……すべてが、この世界から消え去ろうとしている。
三人は小さな平地で、一瞬だけ足を止めた。
そこから先、
遠くの方に、
一つの影が見えていた。
今までよりもずっと密度の高い森。
そびえ立つほどに高い木々。
そして……底知れないほどの闇。
あれこそが、エルフの国。
まだ遠い距離にあったが、
はっきりとその姿を現していた。
ケイリスはその光景を見つめ、言った。
「……まだ、間に合わない時間じゃない」
その言葉は、
自分自身に言い聞かせるような響きを持っていた。
明原も同じ方向を見つめ、頷く。
「……まだ、間に合う」
リオラが大きく息をつく。
「……そうと決まれば、行くわよ。再開するわ、旅を」
誰も異議を唱えなかった。
三人は再び歩き出す。
夜の闇の中へと進みながら、
まだ長く続く道のりを越えていく。
そして彼らの前に待つ、
何者かが待つことのない、その場所へと――
「次回更新: 5月 23日 21:00」




