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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

除霊? いえ、ただの掃除ですが

作者: 棚か

 

 世の中には「事故物件」というものが存在する。  

 前の住人が亡くなったり、いわくがあったりする部屋のことだ。  

 普通、人はそういう場所を避ける。

 だが、俺――佐藤にとって、事故物件は宝の山だった。


(……素晴らしい。この立地、この広さで家賃二万。最高じゃないか)


 都内某所。築三十年のアパートの一室。  

 俺は、自他共に認める重度のお掃除マニアだった。  

 休日はホームセンターを三軒はしごし、界面活性剤の配合比率に思いを馳せる。  

 趣味は、アルカリ電解水で換気扇の油汚れを溶かすこと。  

 俺にとって、汚れはこの世から駆逐すべき悪であり、掃除とは神聖な儀式なのだ。


「さて……まずは、あの『汚れ』から片付けるか」


 俺は部屋の中央、和室の畳の上に視線を落とした。  

 そこには、畳の目を無視するように広がる、どす黒い「シミ」があった。  

 不動産屋の話では、前の住人がここで「不可解な衰弱死」を遂げ、その際に残ったシミだという。


(フッ……拭いても取れない? 笑わせるな。それはただ、汚れに合ったpH値を選択できていないだけだ!)


 俺はワクワクしながら、持参した「秘密の道具箱」を開けた。  

 取り出したのは、自作の重曹ブレンド粉末。  

 さらに、ある特殊な鉱山から採掘されたという、非常に純度の高い天然由来のクエン酸。  

 俺はこれを、独自の配合で「黄金比」に混ぜ合わせた。


「死ね! 頑固なタンパク質汚れめ……!」


 俺は鼻歌を歌いながら、そのシミに粉末をぶっかけ、スプレーで水を吹きかけた。

シュワシュワと心地よい泡が立つ。

 その時。  

 背後の玄関先で、絶句する男性の声が聞こえた。


「な、なんだ……!? この神々しいまでの浄化の光は……っ!?」


 振り返ると、そこには奇妙な格好をした男が立っている。  

 狩衣のような服を着て、手には数珠。  

 自称・霊能調査員の九条という男だ。  

 彼はどうやらこの部屋の、呪いの濃度? とか言う、訳の分からない物を測定しに来たらしいのだが、今は腰を抜かして俺を見上げていた。


「おい、君! 今、何をした!? あの最凶の呪詛、数多の陰陽師が手を出せなかった『怨念の門』が……消滅したぞ!?」


「え? ああ、これですか」


 彼が何を言っているのかよく分からないが、その質問には答える事ができる。

 俺は濡れ雑巾で、綺麗に拭き取られた床を指差した。


「ただの重曹ですよ。酸性の汚れにはアルカリ。基本ですよね。あと、水もちょっとこだわってまして。高濃度に精製したものを使ってるんです」


「じゅうそう……? コウノウドセイセイスイ……だと?」


 九条は震える声で復唱した。  

 どうやら、俺の使っている「重曹」と「精製水」に余り聞き馴染みがないらしい。フッ、甘いな。お掃除界隈では、この程度の情報は常識だというのに。


「ありえない……! あんな無造作に、失われた神代の浄化術を……! 君、一体何者なんだ……!?」


「え? ただの、掃除マニアですけど」


 さっきからこの男は何を言っているのだろうか?

 いわゆる、スピリチュアル系という奴だろうか?

 生憎、俺はそういうものに興味が無い。

 雑巾を絞りながら答えると、九条は「やはり、隠世の聖者か……!」と、床に膝をついて嗚咽し始めた。少し怖い。


 こうして、なんやかんやあって俺は九条と知り合い、契約を結んだ。

 何でも、どれだけ掃除を行ったとしても、汚れの落ちない建物が幾つも存在しているらしい。九条はそういった建物に心当たりがあり、何かあったら手を貸して欲しい、という契約内容だった。


 対価として、普段働いているバイト先とは比べ物にならない報酬を渡して貰えるが、俺にとってそんなものはどうでも良かった。

 掃除が出来るのだ!

 しかも、中々洗っても落ちる事がない、頑固な汚れを掃除できるのだ!


 お掃除マニアにとって、まさに願ってもない提案だ。

 それから数日後。  

 九条から連絡があった。


「頼む、佐藤殿! どうしても君の力が必要なんだ!」


 連れて行かれたのは、都心のど真ん中にそびえ立つ、築古の雑居ビルだった。  

 通称「幽霊ビル」。  

 テナントが次々と倒産してしまい、そこで務める警備員が幾人も発狂した、なんて噂まで出回っている。今ではビル全体が黒い霧に包まれており、不気味な雰囲気が漂っている。


「……ひどいな。これは重症だ」


 俺はビルの入り口で眉をひそめた。  

 九条は隣で歯をガチガチと鳴らしている。

 恐らく、彼も理解しているのだろう。


「やはり、君にもわかるか!? このビルを覆う、数千の地縛霊が放つ瘴気が!」


「ええ、勿論分かりますとも! この壁の黒ずみ、全部カビですね! しかも相当根深いカビだ! 空調もメンテナンスされてないから、胞子が充満してるんだ。こんなの、掃除マニアに対する宣戦布告ですよ!」


 念の為に用意していたマスクを着用。

 相手は強大だ。

 高密度のカビ汚れ。

 しかし、それでこそ掃除のしがいがあるというものだ。


 俺は背負っていた、最新式の業務用噴霧器を構えた。

 高い買い物だったが、今日の事を考えると奮発して購入しておいて良かった。過去の自分に賞賛を送りたい。

 中に入っているのは、特注の次亜塩素酸ナトリウム――ではなく、とある霊峰から取り寄せ、独自にブレンドした、強力かつオリジナル除菌剤だ。


「さあ、業務開始だ! 隅々まで消毒してやるぜ!」


 俺はビルの中に足を踏み入れる。

 視界を遮る黒いカビ達に向かって、容赦なく噴霧器のトリガーを引く。

 シュォォォォォォォ!!


「ギャァァァアアア!!」 「浄化されるゥゥウウ!!」「い、嫌だァァァァ! まだ、消えたくないィィィィ!」


 なんだか、カビ胞子が断末魔のような叫びを上げる。

 が、恐らくは気のせいだろう。

 そもそも、カビに自我とか宿ってないし。

 幻聴だ。


(……お、この角の汚れ、手強いな。ここはブラシで物理的に削るか)


 俺は腰に下げた、特製真鍮ブラシを取り出した。  

 これは硬い金属汚れも落とす逸品だ。  

 壁にこびりついた、不気味な顔のような形の汚れを、入念にゴシゴシと擦る。


「オラァ! 落ちろ! この、しつこい汚れめ!」


「ひ、ひぃぃっ! 佐藤殿! なんて恐ろしいことを! あの『百年の恨みを持つ呪縛霊の顔』を、素手で……いや、謎の黄金の魔具で削り取っている……!」


「いや、こうでもしないと汚れが落ちないんですよ。寧ろ、恐れてはいけません。絶対に、奇麗にしてやる! って気持ちが無いと、汚れは落ちませんから」


 九条にとって、この掃除の仕方はアウトだったらしい。

 だが、仕方がない。

 契約内容としては、汚れを落とし、隅々まで奇麗にしなければいけないし、俺自身も大きな汚れを放置する事は出来ない。


 一階が終われば、今度は二階。

 二階が終われば、今度は三階。

 俺が進むたびに、ビルを覆っていた重苦しい霧が晴れ、窓からは清々しい日の光が差し込み始めた。


 うん。順調に奇麗になっている。

 数時間後。  

 俺はとうとう屋上に到達し、最後の掃除を完了させた。


「ふう……。とりあえず、汚れは全て落とした。あとは、ワックスがけだな!」


 俺が汗を拭っていると、ビルの一階から、スーツを着た男たちが続々と上がってきた。不審者か!? と思ったが、どうやら違った。

 彼らは政府の「対霊災特務機関?」とかいう肩書を持った人らしい。

 ようは公務員だ。


「君か! この『死のビル』を、わずか数時間で完全浄化したのは!」


「『死のビル』? まあ、はい。カビが酷かったので、かなり時間はかかってしまいましたが」


「カビ……? あの大怨霊の群れを、カビと呼ぶのか……!? なんて肝の据わった男だ」


 リーダーらしき男は、俺の手を固く握りしめた。


「君のような逸材を待っていた。ぜひ、我が機関に加入してほしい! 報酬は君の言い値だ!」


 まさかのヘッドハンティング。

 本来であれば、色々と話を聞いた後に答えるべきだった。

 しかし、報酬は言い値。

 つまり俺の自由。要は、欲しい物は何でも手に入るという事だ。それに目が眩んでしまった。佐藤、一生の不覚だ。


「本当ですか!? じゃあ、ドイツ製の高圧洗浄機と、最高級のマイクロファイバークロスを大量に下さい!」


「そ、そんなものでいいのか? ……いや、それを用意すれば、君が加入してくれるのであれば安い買い物だ。分かった。大至急用意しよう」


 こうして、俺は「対霊災特務機関」に加入する事となった。具体的な業務に関しては良く分からなかったが、俺はいつも通り掃除をすれば良いだけらしいので、特に問題は無かった。

 寧ろ、更に様々な掃除道具を使用する事が出来る為、充実した日々を送っていた。


 それから数ヶ月後。

 俺は楽しい掃除ライフを送っていた。

 後、最近は何故か「佐藤 大師」と呼ばれるようになっていた。いや、俺の下の名前と全く違うんだけど。


 充実していたものの、安定した日々。掃除を行い、汚れを落としていく毎日だが、俺はもっと大規模な範囲で掃除をしたいと思っていた。

 きっと俺のそんな願いを神様が叶えてくれたのだろう。

 ある日、東京の空が突如として紫色の雲に覆われた。

 地面からはドロドロとした黒い液体が溢れ出し、人々の悲鳴が響き渡る。


「ついに現れました! 百年に一度の厄災、『大怨霊・ナラク』です!」


 ちゃっかり「対霊災特務機関」に加入していた九条が、震えながら空を指差す。

 そこには、付近に大量の工場などが存在していないにも関わらず、膨大な量の黒煙が存在していた。

 心なしか、巨大な人の顔のようにも見えるが、恐らくは目の錯覚だ。

 マスクを着用していない職員たちが、次々と倒れていってしまう。


 以前、掃除を行ったビルと同じだ。

 今現在、空気が汚れてしまっている。呼吸をするだけで体調が悪くなってしまい、立つ事もままならないのだ。

 かなりの難敵。

 神様が俺の願いを叶えてくれたのか! と一度は喜んだが、重大な事実に気付いてしまう。気付いてしまった。


「佐藤殿……さすがの君でも、あいつは……」


 俺は空を見上げ、深く溜息をついた。


「……最悪だ。マジで最悪だ」


「やはり、無理か!? あの絶望を前にしては!」


「あんな膨大な空気の汚れ、手作業で掃除できないじゃん! 俺は、こういう汚れこそ、自分の手で掃除したいのに! しかも、どれだけPM2.5の濃度が高いんだよあの雲! 東京中の洗濯物が台無しじゃないか!」


 昨日の洗濯は干しっぱなし。

 きっと、汚れ塗れになっている事だろう。

 俺の心情には反するが、文明の利器を使うしかない。


「これを使いましょう。俺が改造した『特製・空気清浄機』です」


 それは、市販の大型空気清浄機をベースに、内部フィルターを「特注のHEPAフィルター」に換装し、さらにイオン発生装置を過剰にブーストしたものだ。

 市販品とは比べ物にならない程の高性能。

 これで、空気の汚れも一気に浄化される筈だ。


「佐藤殿……それは、もしや伝説の『神威の風を呼ぶ祭器』のレプリカですか?」


「は? いえ、プラズマクラスターの親戚みたいなものだと思いますけど。取り敢えず、スイッチオン!」


 ゴォォォォォォォォォン!!

 空気清浄機が唸りを上げる。  

 同時に、周囲の黒い煙が吸い込まれる。

 機械からは目に見えるほどの白い光の粒子が放出された。


 うん。順調に、空気清浄機は動いている。

 その時だ。

 運が悪い事に、空に雷雲が立ち込める。

 更に運が悪い事に、ピカッ! と周囲が瞬いたかと思えば、落雷が空気清浄機に直撃した。


「嘘!? 壊れた!?」


 だが、機械は壊れなかった。  

 落雷を食らった空気清浄機は、ノイズと共に、青白い電撃を帯び始める。先程よりも、吸い込む量が多くなる。それに比例して、白い光の粒子も多くなる。

 いや、これ、本当に大丈夫か!?

 でもちゃんと動いているし、大丈夫、かな?


「ギ、ギガァァァァァァァァアアア!?」


 幻聴が聞こえた。

 真っ黒な煙が次々と空気清浄機に吸い込まれていき、奇麗な空気へと変わっていく。


「ば、馬鹿な……! 天の雷を制御し、自らの道具に取り込んで、大怨霊を『洗浄』しているのか……!?」


 九条や機関の職員達が、口をあんぐりと開けて空を見上げている。

 俺は俺で、空気清浄機が今に壊れるのではないかと、冷や冷やしていた。


「これ、フィルターが詰まったら終わりだぞ! 頑張れ、空気清浄機! お前はまだ、頑張れる子だ! 開発メーカーの、底力を見せろ!」


 数分後。

 空気清浄機は、役割を全うしてくれた

 空は、青空へと変わる。  

 空気は澄み渡り、何時の間にか地上のドロドロとした黒い液体も、すべて乾いて消え去っている。


「……終わったな。九条さん。ドライバーとか、持って来てくれませんか? 壊れて無いか、一度確認しない……と?」


 気付けば、俺の周りには人だかりが出来上がっていた。

 鬼気迫る表情で、なんか怖い。

 しかも、一斉にその場に跪く。


「「「佐藤大師!! 人類の救済者よ!!」」」


「……は?」


 よく分からないが、俺は「世界を救った大聖者」としての地位を確立してしまった。

 いや、本当になんで?

 俺、空気清浄機を稼働させただけだよ?





 一ヶ月後。  

 俺の所属は「対霊災特務機関」は、内閣府直属の新しい役職へと変わっていた。その名も「環境整備特等官」。

 仕事内容は「対霊災特務機関」の時と変わらない。


 全国の、頑固な汚れが溜まった建物へと向かい、そこを「掃除」する。

 しかも、国家公務員扱いとなり、給料も上がっている。さらに、世界中の最新清掃用具を経費で購入できるようになった。

 まさに、至れり尽くせり。


 寧ろ嬉しさよりも、申し訳なさの方が勝ってしまう。

 俺、普通に掃除しているだけなのに、こんなに優遇されて良いのかな? って。

 とは言え、給料が発生するのだから職務は全うする。


 今日俺が来ているのは、古くから「開かずの間」とされてきた、ある神社の奥の院だ。  そこには一本の刀が安置されている。

 触れるだけで呪い殺されてしまう、とかいう噂もあるらしいが、生憎俺はその手の噂を信じていない。

 実際、触れても大丈夫だったし。


「……うわぁ。サビっサビじゃないか。ひどいな、これ」


 俺は刀を手に取り、観察する。

 周囲には、神妙な面持ちで俺を見守る、九条他数名の職員達。

 単に刀の錆を落とすだけなのだから、これから時限爆弾の解除にでも挑むかのような気迫で眺めていなくても大丈夫だと思うんだけど。

 まあ、刀は刃物だし。

 万が一を考えれば危ないのだから、仕方がないか。


「佐藤殿! 無理はしないでください!」


「大丈夫ですよ。ただの赤サビですから。こういうのは、研磨剤入りのクリームで磨けば一発で落ちます」


 俺は鼻歌を歌いながら、自作した「研磨剤」を布につけた後、刀の身を力強く擦り始めた。

 キィィィィィィィィン!!

 刀が悲鳴を上げているような気がするが、幻聴だ。

 気にする事はない。


 次第にサビが取れて銀色の輝きが戻っていく。

 とても奇麗だ。

 思わず見惚れてしまう。


「……見てください。凄く良い鋼を使ってますね。手入れさえすれば、こんなに綺麗になるんですね。うわぁ、カッコイイなぁ」


 俺がピカピカに磨き上げた刀を差し出すと、九条は腰を抜かして震えだした。

 刃物恐怖症?


「……ああ……。千年の怨念を宿した魔剣が、神々しいまでの光を放つ『聖剣』に生まれ変わっている……。ただ布で擦っただけで、呪詛の因果を書き換えたというのか……」


「防錆処理もしておきましたから。当分はサビないはずですよ」


 俺が満面の笑みで答えると、周りの職員たちは「おおお……」と感嘆の声を漏らす。

 少し照れる。


「それじゃあ、次の現場に向かいましょうか。九条さん」


「は、はい。了解致しました。佐藤殿!」


 俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。この世に汚れがある限り、俺のブラシが止まることはない。

 用意してくれた車に乗り込み、俺は早速次の現場へと向かうのだった。


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