第7話 神殿騎士ピュティア
(*´ω`*)おぱようございます。
フリーシアンは貴族令嬢である。
武門の家系であり、魔力操作に長けていた。
得意分野は身体強化全振りのゴリゴリ脳筋一家であった。
フリーシアンもその例に漏れず攻撃魔法や支援魔法は苦手とし、自身の肉体を強化する事に特化していた。
故に搦め手に弱く、後に半吸血鬼の結界術式に敗北する事になる訳だが。
「私は正義を遂行するっ!魔王に支配されている民を解放するっ!」
七ヶ国同盟による紅血魔王領ブルートヘイム攻略作戦。
為政者達が肥沃な土地を狙う欲望に満ちた戦争であったが、現場で戦う者の中には純粋な正義心で望む者も居た。
「哀れで愚かな民を許し、我々が教え導きましょう!」
彼女は良くも悪くも貴族であった。
なのでそもそも平民しか居ない国が理解出来ない。
更にそれを支配するのが魔王等とは到底信じられなかった。
聞けば税の代わりに血を納め、民は幸福に暮らしていると云う。
どう考えても洗脳され家畜化されたとしか思えなかった。
「家畜の様に扱われる人々を私の剣で救ってみせるっ!」
⋯後に魔王に孕まされ、母乳を搾り取られる家畜の様な立場になる事を未だ知らぬ乙女騎士が怪気炎を吐く。
「うむ、お前の考えは解った」
彼女の父であり上司でもある騎士団長は内心溜め息を吐き出しながら娘の頑固さに辟易する。
フリーシアンは差別主義者ではなかったが、優れた国は優れた貴族が支配してこそであると信じていた。
特に彼女の国は議会の権勢が強まり王家は形骸化していた。
平民は愚かであり、王族もお飾り。
優秀な貴族が導いてこそ全ての人間が幸福に到れる。
そんなプロパガンダを真っ直ぐに信じる純粋な少女であった。
「お前にもいくつか縁談が来てるのだがな」
親としてはそろそろ跡継ぎを産んで欲しい所であるが⋯
「お止め下さい父上。私は正義に生きる者!」
「うむ。それもまた良し」
(やれやれ、誰に似たのやら。まぁ今回前線に出るのは退魔滅殺七聖人。我々雑兵の出る幕は有るまい)
彼女の父も今作戦に参加し、後方支援に当たる。
勿論彼自身も相当な使い手である。
身体強化一辺倒でなく、光属性の攻撃魔法や支援魔法も嗜む。
しかし、そんな彼でも己を弱者と断じれる程に、聖人と云うのは規格外なのだ。
「解った。私の布陣する場所より前線に近い配置となろう。気を抜くなよ」
「お任せ下さいっ!父上っ⋯いえ、騎士団長閣下っ!」
「うむ」
彼女の父親も盲目的に愛娘を送り出した訳ではなかった。
今回の作戦は七ヶ国同盟が何年も掛けて組み立ててきた作戦。
それもかの退魔滅殺七聖人が三人も投入されると云う。
最前線には聖人と、それについて行けるレベルの騎士しか行かない。
(神殿騎士⋯いや、神聖騎士も出て来るだろう)
可愛く思ってはいるがフリーシアンは余りに実力不足。
後方支援か戦後処理に回らざるを得ない。
だから安心していた。
やる事と云えば残党狩りや野盗狩り。
頑固な性格は他の同盟の者と揉める可能性も有るが、そこらの騎士に敗ける様な鍛え方はしていない。
「では行って参ります!父上っ!」
「騎士団長と呼べ。まったく」
元気が有り余る愛娘の笑顔に騎士団長も苦笑する。
しかしそれがフリーシアンの父親が見た、元気な娘の最期の姿であった。
そんな彼女が戦後処理の真っ最中に行方不明となった。
彼女の持ち場となっていた同盟の詰所ではちょっとした騒ぎになっていた。
「騎士団長の娘さんだぞっ!外交問題になるっ―――」
「作戦に従事する者は皆死を覚悟していた筈」
「そう云う問題ではないっ!」
「死んだとしても死体が無いのは⋯」
「魔王が生き残っていたんじゃないのか?」
「馬鹿な事を言うなっ!不敬だぞっ!」
退魔滅殺七聖人、その内最強とまで言われた純白の聖女ノエル。
彼女の紅血の魔王撃破の偉業を疑う様な発言は神殿から睨まれる要因となる。
「きっと脱走だろう。敵前逃亡⋯いや、敵も居ないのに敵前逃亡もないがな」
前線に派兵された者にはこれを機に逃亡する者達も少なからず出ていた。
家からのしがらみを嫌う者や借金が有った者。
中には捕虜にしたブルートヘイム国民を陵辱してたところを見咎められ、喧嘩に発展し仲間殺しをし、そのまま逃亡し犯罪者となった者も居た。
「彼女はそんな人間じゃないっ!」
フリーシアンと同じ国の⋯もっと云えばそれなりの時を共に過ごした若き騎士が激昂する。
「ならなんで居ないんだよっ!?」
「彼女は正義感が強くっ!悪や不正を許せない真の騎士だっ!悪事を働く者を見咎めて争いになったんじゃないのかっ!?それこそ、またアンタ等の所じゃないのかっ!?治安維持の為に派兵された癖に悪さをするなら国へ帰れっ!」
「⋯なんだと?」
件の捕虜陵辱と仲間殺しをした騎士を出してしまった国の者達が顔を強張らせる。
彼等には全く面識の無い馬鹿の所為で、所属を名乗るだけで冷たい目線に晒されるのだ。
その脱走騎士を一番殺したいのは同郷の者達であろう。
「それは我々への、我が国への侮辱かな?」
「そう聴こえたか?」
「おい止せっ!」
お互いが剣の柄に手を伸ばし一触即発の空気となる中⋯凛とした声が響く。
「私が捜索しましょう」
その一言で場がシンと鎮まる。
「し、神殿騎士様。わざわざ貴女様が⋯」
「仲間を案ずるのは当然の事。それに彼女とは友人でした」
神殿騎士ピュティア。
神殿から派遣された騎士の一人。
この場に居るのは全て騎士階級であり、即ち貴族である。
しかしこの少女一人に皆頭が上がらない。
神殿は光魔法の才能の有る者を集めており、出家と同時に貴族籍を捨てさせる。
この深窓の令嬢の様な清楚な娘も、貴族か平民か解らない。
だがその地位は同盟貴族の誰よりも高い。
七ヶ国同盟を結び付けているのは退魔滅殺七聖人を有する神殿である。
神殿はその信仰に依る影響力を以て七ヶ国同盟軍を率いていた。
勿論彼女達神殿騎士は偉そうに指図等はしない。
立場的には監督官の様なふわっとした扱いだ。
命令系統から外れてはいるが、無視する事も出来ない。
この少女の後ろには神殿が付いている。
権力ではなく信仰心をバックボーンとする存在は、一般的な同盟騎士達には大き過ぎる目の上のたん瘤であった。
だが先の戦争での最終局面にて、その評価は一変する。
魔王と聖女の力の対消滅爆発によりブルートヘイムが吹き飛ばされた時、神殿騎士達は魔力を振り絞って周囲の仲間達を守った。
傷を負った者達には治癒魔法を無償で施して回った。
防御や支援に特化した神殿騎士達はやや侮られがちではあったのだが、その有用性が証明された。
攻撃に於いては魔王すら倒し切る聖人聖女が居る。
その補佐に付く神聖騎士。
防御支援に特化した神殿騎士。
個としての存在は不老不死の魔王達のが上であろうが、我が強く共闘等せず偶に殺し合う六芒魔王陣に対して、七聖人を有する神殿こそが今、世界最大にして最強の組織なのである。
(くそっ⋯厄介な奴が出て来たな⋯)
この場で一番立場が上の中年騎士が内心毒づく。
神殿騎士は元ブルートヘイム領内を勝手にウロウロし、魔王の痕跡が無いか調べて回っている。
高位の吸血鬼は肉片どころか、灰からでも復活出来るからだ。
しかし今のところ何の痕跡も発見出来ず、やはり純白の聖女の勝利が揺るぎない物となっていた。
この少女もふらりとこの地区に立ち寄っただけなのだ。
それも件の行方不明の女騎士、フリーシアンと知り合いだったと云う理由でだ。
「俺⋯いえ、私が護衛に付きますっ!」
フリーシアンの同僚が立候補する。
他に名乗りを上げる者は居なかった。
神聖騎士と云うより、神殿への忌避感だ。
王族の力が衰退し始めた昨今、次は貴族の時代かと思われていた。
しかし、民が求めたのは貴族でも王でもなく、神への信仰であった。
王族や騎士の中にも敬虔な信徒も居り、表立った批判も出来ない。
余り関わり合いたくない手合いであった。
「有り難う御座います。心強いです。私は身体強化は得意ではないので」
ピュティアが微笑む。
彼女の得意分野は光属性の支援魔法と治癒魔法である。
身体強化と攻撃魔法も出来ない訳ではないが、他の騎士と比べて一段落ちる。
「では当日のフリーシアンの見回りルートをなぞりましょう」
若き騎士は神殿騎士と共に詰所を出る。
フリーシアンは可憐な少女であるが騎士団長の愛娘。
若き騎士にも訓練試合で勝ち越している。
時間は経っているが、未だ無事である可能性は高いのだ。
暫く二人で廃墟の中を見回る。
「⋯闇の魔力の残滓が有ります。いえ、此れはあの戦闘の余波でしょうか?調べてみます」
ピュティアは感知魔法はそこまで得意ではない。
神殿騎士には感知魔法特化の者達も居るが、そんな彼等でも上手く捜索が出来るか解らないが。
今この場所は魔王と聖女の戦闘により、闇と光の魔力の残滓があちらこちらに溢れる、正に忌み地となっていた。
過度に警戒して実際は何も無かった⋯と云うパターンが彼女達の日常となってもいた。
闇の魔力の気配を察知し調べ、何も無かった事を確認する。
更には闇の魔力が凝り固まり魔物化しない様に浄化する。
地味だが、大事な仕事でもあった。
「?⋯この魔力残滓は、少し新しいですね?」
魔王と聖女の死闘から日が経っている。
闇の魔力の残滓も大分減ってきている。
しかし、今補足した闇の魔力残滓は弱くはあるが、真新しくも感じる。
(良く解らないわ。もう少し近寄らないと⋯)
そして辛うじて感じ取れる、知り合いの魔力パターン。
「⋯此れは⋯フリーシアン?貴女なの?」
ピュティアでは完全に面識の無い人間を追跡する事は出来ない。
フリーシアンとは今回の戦争で初めて出会ったのだが、熱く正義感の強いフリーシアンと、控え目で寡黙なピュティアは妙にウマが合った。
でなければ捜索隊に志願したりしない。
「こちらですね。行きましょう」
「はいっ!」
大きな瓦礫で出来た日陰の方にピュティアが向かう。
⋯トプン⋯
「神殿騎士様?」
若き騎士が後を追ってその瓦礫の下に向かうと⋯その場には誰も居なかった。
瓦礫による行き止まり、袋小路である。
ピュティアが身を隠す場所等何処にも無い。
「し、神殿騎士様っ!?」
若き騎士は慌ててその場を見回す。
自分が目を離してしまっただけで、ピュティアは直ぐ側に居る筈だからだ。
しかし、居ない。
何処にも見当たらない。
「何処ですっ!?神殿騎士様っ!?」
彼の呼び声に応える者は誰も居らず、ただ静寂だけが廃墟に広がっていく。
そんな時だった。
「た⋯すけ⋯」
微かに助けを呼ぶ声が聴こえた気がした。
「神殿騎士様っ!?」
彼がバッと振り返ると、ピュティアが姿を消した場所⋯大きな瓦礫に依って出来た影の中に、神殿騎士の端正な顔が浮かんでいた。
その顔は恐怖で青褪め涙すら浮かべていた。
「これは、魔王の――⋯」
⋯トプン⋯
「神殿騎士様っ!」
若き騎士が駆け付けた時には神殿騎士の少女は再び消えていた。
「神殿騎士様っ!今お助け致しますっ!」
持っていた剣で影が有った地面をほじくり返しても何も出て来ない。
「何と云う事だ―――」
若き騎士は暫く呆然としていたが、身体強化しか取り柄の無い自分では手に負えないと判断。
同盟の騎士達の詰所へと戻る。
そして有りの儘を報告した。
「知ってるぞっ!確か吸血鬼には影を操るスキルも有った筈だっ!」
他の同盟騎士達の顔色も悪い。
「今は真っ昼間だぞ?」
「紅血の魔王は陽の光も克服したと聞いてるぞっ!」
しかし周りの騎士達は取り合わない。
いや、魔王が生きていた等信じたくないのだ。
「いやお前、おかしいぞ?もっと良く調べてだな」
「俺は見たんだっ!神殿騎士様が影に呑み込まれる瞬間をっ!」
神殿騎士は光魔法に長けており、闇魔法への抵抗力が高い。
それ故に騎士フリーシアンと違い、一度影血迷宮ドゥンケルハイトに沈みかけても浮上したのだ。
結局は囚われてしまった訳ではあるが。
「⋯不味いな」
中年の騎士が深刻な表情で呟く。
彼はこの場で最も高い地位にある。
爵位や地位はそこまで差異は無いのだが、七聖人の序列がそのまま同盟国同士の力関係に響いているのだ。
純白の聖女ノエルの出身国であり、神殿の総本山の在る国が勿論序列一位である。
その国の騎士達はすでに聖女と共に帰国の途についており、面倒な事後処理は下位にある国々が担当していた。
「ええっ!早く上層部にっ!彼女達を一刻も早く救い出すんだっ!」
本国ではそれなりの地位や爵位を持つ彼等も、この混沌とした現場では末端に過ぎない。
もっと高位の貴族や王族でなくば神殿を、聖人は動かせない。
「きっと魔王が生きていたんだっ!彼女は影に沈む前に確かに魔王と言った!神殿に知らせるっ!退魔滅殺七聖人を呼ぶんだっ!」
三人の退魔滅殺七聖人はすでに引き上げている。
もしも魔王が生きていたら、今有る戦力では到底倒し切れない。
「神殿騎士様は⋯此処には来なかった」
「は?」
七ヶ国同盟軍の騎士達が抜剣する。
女騎士一人が行方不明となった事を軽く考え、神殿騎士を護衛の騎士一人付けただけで送り出してしまった。
犯人が誰か等は問題ではない。
犯人が奴隷商人や七ヶ国同盟外の敵国人、もしくは同盟内部の裏切り者や別の魔王の手先だったとか、それこそ実は生きていた魔王の仕業だとしてもどうでも良い事なのだ。
問題なのは―――
「神殿騎士を見殺しにした⋯と云うのは実に不味い」
「な、何を言って⋯?だから今から―――」
ザグッ!ドスドスドスッ!
周囲から一斉に剣で貫かれる若き騎士。
「な、何故⋯す、すまん⋯フ、フリーシア⋯―――」
フリーシアンの同僚であった若き騎士が事切れる。
身体強化に特化した騎士であっても不意打ちで、同程度の強化された剣を複数同時に受ければ倒されるのだ。
「捨てて来い」
中年騎士の声に応じ、仲間殺しをした騎士達が無言で彼の死体を運んで行く。
「魔王は倒した。女騎士の行方は不明。神殿騎士様も此処には来てない。あー後、騎士がもう一人行方不明、と」
彼は報告書に乱雑に書き記す。
「俺が帰るまで、問題なんか起きないでくれよ?」
中年の騎士が溜め息を吐き出す。
戦後の治安維持なんて云う面倒だが安全な任務。
さっさと終わらせて帰国したい。
お偉方はパイの切り分けにご執心なのだろうが、末端の騎士にはどうでも良い事なのだから。
彼も国へ帰れば愛する妻と息子が居る。
生きて無事に帰る為ならば、目を瞑る事も多少はあるのだ。
こうして魔王復活の知らせは誰にも伝わらない。
人の欲望に依って滅ぼされかけた魔王は、人の欲望に依って救われる。
この中年騎士の保身が無ければ、恐らく聖人が一人と、神殿騎士の上位互換⋯神聖騎士が徒党を組んで現れたろう。
そうなれば弱体化した魔王ヴォロスと、影の世界に引き篭もる半吸血鬼等簡単に滅殺出来た筈である。
中年騎士も別に罰せられる事は無かったかも知れない。
未熟な神殿騎士一人を失ったぐらいで神殿は実はそこまで騒がない。
もしかすれば、復活を図った魔王の再討伐の功績で褒美を貰えたかも知れない。
だが、戦闘に巻き込まれて死んだかも知れない。
彼の妻は第二子を妊娠中なのだ。
死ぬ訳にはいかないのだ。
家族の為に。
「⋯この区画は異常無し。騎士二人が行方不明。逃亡の可能性も有り⋯」
戦場では何が有るか解らない。
あの若い騎士二人も何処かの貴族の令嬢や子息なのだろうが、彼の家もそれなりの家だ。
何か揉めたら賠償金で解決だ。
「魔王と聖女の戦いなんて、もう御免なんだよ⋯」
遥か後方の安全圏から確かに見た。
光が爆発し、国が一つ滅ぶ様を。
あんなものに巻き込まれるぐらいなら、騎士の一人や二人見殺しにしても構わない。
「魔王だ聖女だなんて知るか。どっか他所でやってくれ」
それがこの場の責任者である中年騎士の本心であり、この戦争に駆り出された他大多数の者達の本心でもあった。
(*´ω`*)おっぱー!




