婚約破棄された令嬢に婚約を申し込みました。……文通から
確かこの日の式典はずっと国を荒らしていた魔龍の討伐が出来たことでの祝賀会だった気がする。記憶違いだったかと思わず招待状を読み返してしまうのは仕方ないだろう。
「ミレイヌ。お前との婚約を破棄する!!」
そんな大きな声が響いた途端。会場は静まり返る。会場に入ろうとした自分の足も止まってしまって、招待状を確認していた従者も困惑しているのかどうすればいいのかと招待状を返そうとした手が止まっている。
そっと会場の外から中を窺うとあっちこっちと飾られている肖像画で覚えたこの国の王太子の姿とその王太子と婚約をしていると同じくあっちこっちで肖像画を見たことある令嬢の姿。
綺麗な令嬢だ。前世の初恋の某制服戦士のみちるさんに雰囲気が似ていると思ったんだよな。
「このような式典でいきなり何を言い出すのですか?」
口元に扇を持っていき静かに問い掛ける様は距離があってもしっかり聞こえる。王太子は声を張り上げて怒鳴っているような言い方になっているのに対して、令嬢はまるで演劇で会場の奥まで声を届けようとしているような感じで大きな声でも印象が全く違うふうに聞こえるなと感心してしまう。
「しらばっくれるのもいい加減にしろ。お前は、カーシャに対して様々な嫌がらせをしていたのを知っているんだぞ!!」
そんなことを言いだしてあげられる内容は、話をしている時に妨害したとか。出かけようとしたら止めようとしたとか。素敵な物を見せびらかしたとか。
嫌がらせ?
聞いている内容は、婚約者のいる男性にむやみに二人きりにならない様にとか。肩とか背中とかを触るのははしたないとか。授業をサボって出かけるのを止めたとか。自領で最近できた新商品を宣伝していたらちょうだいと言われてあげられないと丁重に断っただけ……。
普通のことだよな。
自分の前世知識でそんな感覚が鈍っているのかもしれないと一瞬考えたけど、そこら辺はどこの世界でも共通だろう。
「それは当然のことでは?」
ご令嬢の発言に頷くが、
「それはお前が下賤な考えをしているにすぎん!!」
王太子の反論。こんな頭に花が咲いているような奴に将来の王が務まるのかと不安になる。
というか、
(俺いつまで待たされるの……)
このままなら入らないで帰ってもいいかもしれないな。いや、それだとさすがに困るって、そうだよね招待状をもらっているけど、今回の主催と言うか……主役だしね……。
うん。ずっと他人事のように現実逃避していたけど、主役は自分なのだ。
(んっ? 今の状況で入れば注目されないで気が楽かも)
ふと気づいた。自分天才かも……嘘です。ごめんなさい。ただ問題を先延ばししているだけです。
怒鳴り喚くだけの王太子と淡々と意見を申す令嬢。そして、それを白けた雰囲気で見ている観客。そんな状態で今回の式典出来るのだろうか。というか責任者の王族はどうしているんだろうか。
ああ、もしかして今回の式典あの王太子が計画立ててたの。マジ勘弁してくれ。
(そろそろじっとしているのに疲れたんだけど……)
「中……入っていいか」
疲れたし、何か飲みたいという意味で伝えたつもりだったが。
「そっ、それは……。ですが、そうですねっ!!」
最初困ったように、だけど言っているうちに何かに気付いて期待したような眼差しを向けてくる。これって、あれかな。この事態の収拾を期待されているってことかな。
期待されているようだけど、令嬢の言っていることが正しいのでこちらが援護する必要もない気がする。
下手に手を出したら火に油を注ぎそうだ。
なのでこっそり中に入り、何もしないでテーブルに置かれている飲み物を飲んで一息つく。
まだ、会場の中心では婚約破棄の話で盛り上がっている。いや、盛り上がっているというか王太子が一方的に怒鳴っているように思えたが。
そんな王太子を冷静に対応する令嬢に、王太子はどんどん怒りのボルテージが上がってきたようで、
「口うるさいのが不愉快なんだっ!!」
と手を挙げているのが見えてしまったので、もっとそばに行けばよかったなと思いつつ、慌てて中心に向かい、王太子の腕を思いっきり掴んで……あっ、力入れ過ぎた。しかも、グラス持ったままだったので王太子の頭に掛けてしまった。
「何をするっ!!」
王太子の叫び声と共に騎士たちが現れる。というかどこにいたんだろう。この傍若無人の王太子を制止した方がよかったのに何もしないで王太子の腕を掴んでくる輩……まあ、自分だが、そんな奴が現れてやっと動き出すなんて遅いとしか思えない。
「――いえ、中に入る機会を逃して困っていたら流石に女性に暴力を振るうのが見えて……あと、正気に戻すために冷やしてあげました」
掛けたのは偶然だけど、まあ、頭冷やすのに最適だったと思う……冷えていないけど……。
「ところで、今日は婚約破棄の式典でしたか? 俺は魔龍討伐の祝賀会と聞いてきたんですけど……」
それなら帰っていいですかと言おうと思っていたのだが、
「――待たせてすまなかったな。ドラゴンスレイヤー。セリオス・スサノオ殿」
王太子のすぐそばにあった階段から老年の男性が降りてくる。
ちなみにスサノオというのはファミリーネームが無かったので考えてほしいと言われたので考えたものだ。ヤマトタケルとどちらにしようか迷ったが。
(ああ。なるほど……どうりでようやく姿を現したわけだ)
絢爛豪華な衣装に身を包んでいるが、やせ細って、呼吸も乱れているし、弱々しい。たぶん、体調を崩しているのだろう。
だから、王太子がいきなりこんな暴挙に出て、そんな王太子を誰も止めれなかったのか。
「ど……ドラゴンスレイヤー!?」
「あの方が噂の……」
信じられないという声がひそひそと交わされる。
「こんな平凡顔がドラゴンスレイヤーのわけありませんっ!!」
王太子が王に向かって告げてくる。人の顔に指を突き付けて。人を指差してはいけませんと習っていないのか。まあ、平凡顔なのは事実だけど。
「証拠が必要ですか? ああ、そう言えば、万病に効くという竜の血を持っていましたけど」
病気なら効果あるかもしれないと思ったので亜空間に保管してあった魔龍の血の入った水筒を取り出す。
王が現れたからもう手を離していいだろうと王太子を掴んでいた手を離したら王太子が急に掴まれていたのが離されたからバランスを崩して倒れて行ったのが見えた。
「一滴以上だと逆に危険なので気を付けてください」
そっと王に渡そうと思ったけど、王の側近が慌てて間に入る。まあ確かにそれが普通だったな。
「鑑定を」
すぐに鑑定の道具を持ってきた専門家らしき人が調べてすぐに魔龍の血だと証明された。なので、魔龍の血を一滴……飲むのも一苦労だからお茶に割って王が口にすると……。
「ぬっ!!」
さっきまでの痩せ細って息も絶え絶えだったのが嘘のように生気が戻り元気になった。そして、隣でずっと王を支えていた王妃を軽々とお姫様抱っこして階段の上で回っていた。
………段差を踏み外さないか心配だ。近くの騎士たちもハラハラして見ているじゃないか。
「えっ、は……ち……父上……」
王太子が困惑している。困惑して、事実に気付いてさあぁぁぁと青ざめていく。
隠していたのか不明だが、王が公務を減らし、王太子が玉座につくのは間もなくだと思ったからこそ出た暴挙。
なのにその王が元気になったのだ。王命で決められていた結婚を破棄したのは病に伏している王が止めに来ないだろうと思ったからこそ。その王が元気になって止めに来たと言うことは――。
「――お前には失望した」
冷たい一瞥。
「ちっ……父上……」
「――さて、ドラゴンスレイヤー殿。魔龍討伐だけではなく、病であった儂を貴重な魔龍の血で回復させてくれたことに礼を言う」
実の息子の呼びかけを無視して話し掛けてくる。
「そなたに褒美を与えたい。何か欲しいものはないだろうか」
この式典が始まる前に何かいいものはないかと考えてくれと事前に言われて、与えられるモノ一覧を紙に書かれて渡されていた。だけど、正直、土地をもらっても管理できる自信ないし、前世の祖父の教えで金は必要だが、必要以上の金は身を滅ぼす。と言われたので欲しいと思えない。
……前世の家族が宝くじが当たったとたん賭け事にハマって借金生活になったのを目の当たりにしたから余計そう思ったものだ。
最初は家族に楽な生活を与えれると言いながら最後は家族を売り飛ばそうとしたのだから……。
なので、辞退しようと思った。だけど……。
「――式典の前座で」
気が付いたら声に出ていた。
「このご令嬢が婚約破棄を言い渡されていましたが、陛下はどのような対応を?」
こちらの問い掛けに王は一瞬考えて、
「王命だから破棄は出来ないが、こんな愚かな相手にミレイヌ嬢は相応しくないだろう。ミレイヌ嬢の気持ちを優先するが」
「……公爵家としては王命なので嫁げと言われたら嫁ぎますが、あのような方に嫁ぐのはわたくし自身としてはお断りしたいです」
「――だそうだ」
ならば、いいだろうか。
「では、婚約を前提としてお付き合いをさせていただきたい。とは言っても……」
式典で婚約を破棄された令嬢というだけで彼女は立場が悪くなるだろう。本人に落ち度がなくても。
せめて上書きできれば……一応、ドラゴンスレイヤーの称号を持っているから平凡顔でも許容範囲だよなと内心緊張しつつ……だって、好みの顔立ちなのだ。それだけじゃなくてあの王太子に対しての返しも素敵で、気になるのは仕方ないだろう。
「知らない男性にそんなこと言われても困るだろうから……あの、その、文通から」
お願いしますと告げる言葉はどんどん弱くなっていた。
「ふふっ」
そんな反応にミレイヌ嬢はどこか楽しげに目を細めて、
「では、文通から始めさせてください」
とこちらが差し出した手に自身の手を重ねてくれたのだった。
本人平凡顔と言っているが、イメージはサムレムのはぐれのセイバー。