第9話 突然ですが(再)
――突然ですが皆さま、わたくし、街で拾った少年におもしれー女と言われました。
俗にいう『おもしれー女』とは、少女漫画あるあるとして名高い言葉だ。
主人公の行動1つ1つがイケメンにぶっささって、なにをしてもおもしれーになる現象。その対象が『おもしれー女』である。
イケメンからの遊びの誘いを断ったら『おもしれー女』と言われるし、イケメンにキャーキャー言っている女性たちの中で背中を向けたらもうそれは『おもしれー女』である。
古典的だが、食パンくわえて曲がり角を曲がる女なんてものは『レジェンドオブおもしれー女』である。
だけど、私は遊びの誘いを断ったわけでもないし、彼に好意を抱く女性たちの中でそっぽを向いたわけでもない。食パンはこの世界にない!
なぜだ!? 何故私がおもしれー女になるんだ!? ああ、グーグル検索はどこだ!?
◇◇◇
そんなこんなで少年を拾ってから3日。
なんと少年、名前がないらしい。それどころか記憶もない、自分の歳すらわからないときた。
犯罪組織の一員だけど見目が良く、腕っぷしが強くて記憶がない。
変な大人が引き取ったら大変なことになりそうだ。私がその変な大人にならないことを祈るばかり。
まあ、見た目は10歳だしな、大丈夫か。……大丈夫か?
「おはようございます、お嬢様」
「お、おはようございます?」
筆頭執事である『じいや』と、この数日で見慣れた執事服の彼が私の部屋を訪れる。
ひとまず父が帰るまで、彼は侍従として屋敷で働くことになった。
騎士として傍に置くには礼儀作法や所作が粗野すぎると使用人たちから猛反対されたからだ。
正直、執事服に身を包んだ彼は、万病に効きそうなほど麗しい姿でした。特効薬か?
初めて彼が執事服で目の前に現れた時、喜びから叫び出しそうになったくらい。ええ、とても素晴らしいスチル回収でした。
ボロボロだった彼も、この屋敷に来てすっかり見違えた。
暗い赤色の髪はきれいに整えられて、後ろにちょこんと結んであるのも尻尾みたいで可愛い。
手足が長いからスーツ姿はスタイルが際立って映える。心なしか、刃のようだった鋭い目つきが和らいで見えるし、暴力的だった初対面とのギャップがすごい。
「おま……」
「お嬢様、ですよ」
「お、お嬢様、こ、紅茶はどう……いかがでしょうか?」
まあ、肝心のお仕事についてはこんな調子で、話すことすらままならない様子だ。
まだ午前中だと言うのに、彼の顔には疲労の色がありありと浮かんでいる。きっと苦手な分野なんだろう。わかるよ、堅苦しいよね。
私に半ば無理やり屋敷に連れてこられたというのに、苦手なことにも果敢に挑戦してくれている。根はいい子だ。
「今日のクッキーは俺が、あ、いや、僕が焼いたんだ、です」
「……まあ、よろしい。補足するなら、厨房を粉まみれにしながらですな」
「うっ……」
すぐさまじいやから指摘が飛ぶ。
じいやといっても、ヴィオレッタから見て”じいや”と言うだけで、まだ30代の働き盛りだ。
その年齢でこの屋敷の筆頭執事になっているのだから、まったく仕事のできる男である。
ここ3日ほど彼は、じいやについて回っているらしい。ものすごくビシバシとしごかれていた初日の姿は、いまだ記憶に新しい。
「――おいしい!」
「そ、そうか……っ」
「言葉遣いッ!」
「あ、ありがたきお言葉?」
「7点です。100点満点中で」
じいやとのやり取りに思わず声をあげて笑ってしまう。肩を落とした彼も、私が笑っているのを見て、複雑な表情を浮かべつつも笑顔だった。
屋敷に来てからというもの、少しだけれど感情を表に出すことが増えてきたみたい。
何はともあれ、真剣に仕事に取り組んでくれているようだ。
その一方で、使用人の中には彼のことがまだ信用できないという者も多い。
彼の耳に光るピアスが原因なのはわかっている。確認したけれど、ピアスのキャッチ部分が完全に固定されていて外れなかった。
あれを外すには耳を切るしかない。そんなことを彼にさせたくはなかった。
「――ヴィオレッタ」
「え? なあに?」
「……気にするな。俺は気にしていない」
私がピアスを見ながらじっと考えこんでいることに気がついたらしい。
口調が元に戻っているけれど、じいやも今回だけは見逃してくれたようだ。
私も、「そうね」とだけ答えて、紅茶を一口含んだ。
「ねえ……ねえって呼ぶのもなんだから、やっぱり名前つけたら?」
「名前なんて、いらない」
初日からずっとこう。
名前がないと不便だからと言っても、名前はいらないの一点張り。うら若き少年の癖に頑固なところがあるらしい。
「どうしてもと言うなら、お前がつけ……てください、お嬢様」
「そう言われてもなあ」
この世界の名づけがどうなっているのかわからないし、人の名前を決めるなんて一生に一度の大事な決断、私にはできそうにない。
「いつか、俺が1人前の騎士になれた時にでもつけ、てください」
「騎士になれた時?」
うん、と彼が頷く。
「……褒美に」
「そ、そか。ご褒美にね」
「それまでは、気軽に犬とでも呼べばいい」
「はっ!?」
「まあ、キャンキャン不躾に吠えるところがそっくりですな。子犬でよろしいかと」
じいやがすかさず口を挟む。いくら血気盛んな年頃の彼でも、じいやには頭が上がらないらしい。横を向いて悔しそうに唇をかみ締めていた。
裏でどんな躾をされたんだろう? 完全にドッグトレーナーに手綱を握られている犬みたいに見える。
そう思うと、確かに犬っぽいところもある、かも? どちらかと言うとオオカミの血が濃そうだけど。
「じゃあ、とりあえず仮で、”ポチ”ね」
「……お嬢様、それはいかがなものかと」
「いや、ポチでいい。気に入った」
満足そうなポチと、頭を抱えるじいや。
あれ、私何か変なことを言ったかしら?
ポチ、ポチ……年頃の少年には可愛すぎるとか? 転生前は犬の名前のド定番だったけど、この世界でそういう名前ってあるんだろか。
あれこれと考えていると、扉の向こうから賑やかな声が聞こえてくる。
じいやが驚いたように「お早いお戻りですな」と言いながら、扉に向かって腰を折った。
「ほら今しかないって。これ以上こじれる前にさ」
「――やめろ、押すなって。大体、今更何て言えばいいんだよ」
「ただいまって、これお土産って言って渡せばいいでしょ? 素直になりなって、ほら!」
部屋の扉が音を立てて開き、アレクシスが中へ転がり込む。どうやら後ろにいるユリウスが背中を押したらしい。いや、訂正。背中を蹴ったみたいだ。
頭をかきながら気まずそうに視線を泳がせる彼に、私も居心地が悪くなるのを感じる。
ケンカをして以来ずっと顔を見ていなかった。
最初は些細なことがきっかけだったのに、もうずっと避け続けてきてしまった。
扉のそばにいるユリウスを見ると、意味深に頷いている。
ユリウスなりに私達を気遣ってくれているのかもしれない。
そっと手に持っていた紅茶をソーサーに戻し、兄に向かい合う。
なんて言おうかな、と考えているうち、ふと彼が私を見ていないことに気が付いた。
彼の猫のような丸い目が、キッと細められている。
視線の先を見て、息をのんだ。
「……ヴィー、お前。その男誰だ?」




