第8話 少年は素直じゃない
大通りに出ると、侍女が顔を青くして私の名前を呼んでいた。彼の背中越しに大きく手を振ると、青ざめた顔をいっそ白くして悲痛な叫び声をあげた。
探しに出ていたのだろう護衛の騎士が戻り、彼へ剣を突き付ける。
「止まれ! お嬢様をこちらへ渡してもらおう」
騎士も侍女も険しい顔つきを崩さない。
彼はふうっと息を吐いて、私を地面に下ろした。
顔を見上げると、頷きを返される。行けとでも言うようにそっと背中を押された。
これでおしまい、とでもいうような彼の仕草。寂しくなって、思わず彼の手をぎゅっと両手で握り締めた。
「……おい」
「一緒に行こう?」
「はあ!?」
「ね! どうせ働き口もなくなったんでしょう? 決まり! うちで働けばいいよ!」
ぐいぐいと引っ張ると、体勢を崩しながらも着いてくる。
「いや、ちょっと待てよ」なんて言葉は無視だ無視。
彼の力に私が勝てるはずなんてないのだし、本気で嫌がってるわけじゃない……と思う。
侍女と騎士のところまで彼を引いていき、命の恩人だから彼はうちの屋敷で働いてもらうことになったと伝える。
2人はきょとんとしながら顔を見合わせて、彼を見た。
上から下へ値踏みするような視線に居心地が悪くなったのか、彼は後ろ頭をかいて明後日の方向を見つめている。
「俺のことは気にするな。働き口などまた見つかる」
「あら、目の前に見つかってるわよ?」
「――あ、あのう、お嬢様?」
侍女に呼ばれ振り返ると、ちょいちょいっといった様子で手招きされる。
道の端に寄ると、彼に背を向ける形で声を潜める。
「彼、ここらで有名な犯罪組織の構成員ですよ。ほら、耳に蛇のピアスをしているでしょう?」
振り返り、騎士に詰められている彼を遠目で見る。
確かに耳元に鈍く金色に光る蛇がいた。
原作でも確かに犯罪組織の存在は示唆されていた。
攻略対象の1人が襲われ重傷になったところを、唯一治癒魔法が使えるヒロインが通りがかりに助けたことがきっかけとなって、ヒロインは学園へ通うようになる。
それに原作ストーリーではたしか、組織は怪しい研究をしていた。その研究のために少年少女を拉致しているという正真正銘の犯罪組織だ。
本拠地は王都だったけれど、この街にもその魔の手を伸ばしているらしい。
「旦那様もご不在ですし、彼を屋敷へ連れ帰るのは危険です」
「でも彼、逃げ出してきたと言っていたわ。私の目の前で雇い主をボコボコにしていたし」
確かにお父様も兄さま達もいない屋敷に勝手に連れて帰るのはまずいかもしれないが、このまま帰して組織が簡単に彼を諦めるとは思えない。
屋敷には第一騎士団の一部が駐在している。
組織が彼を追ったとしても、領主の屋敷には容易に手を出せないだろう。
「彼ならきっと大丈夫よ。結構強いし、私専属の護衛にどうかしら?」
「またそんなことをおっしゃって。旦那様に叱られてしまいます」
「大丈夫! わたしのせいにすればいいから。ね?」
まだ納得できないと言った顔の侍女の背を無理やり押して、彼と騎士の元に戻る。
騎士に散々詰められたのだろう彼は、げんなりした顔を隠そうともせずにこちらを向いた。
「さ、行きましょう?」
「……俺はいけない」
「どうして?」
聞き返すと、彼はさみしそうに視線を伏せた。
無意識だろうか、手は耳のピアスへ伸びている。
「迷惑をかける」
「平気よ。助けてもらったんだもの、今度は私の番。このまま帰して死なれても気分悪いし」
「死なないさ」
そう言うと、彼は自嘲するように息を吐きだして笑った。不器用な笑顔を見て、胸がちくりと痛む。
――彼は死なないと言ったけれど、それはどうなんだろう。
追手が来ても倒せるという自信があるのかもしれない。
だけど人が死ぬのは命が尽きる時だけじゃないと私は思う。
街のこんな隅っこで、ボロボロになりながら犯罪組織の一員として戦って、犯罪を犯して。
きっと新しく働き口を探しても似たようなことをするしかないだろう。
彼の人生は、それで生きていると言えるんだろうか。
生前、ひとりぼっちだった時を思い出した。休み時間になる度、教室の隅っこで机に伏して寝たふりをしていた日々。
そんな自分を変えたくて、どうしても友達が欲しくて。地元から遠く離れた高校へ進学した。
誰も知らない場所で明るい自分を作って、友達を作って、くだらない話で笑うたびに『ああ、あの時自分は寂しかったのか』といやでも理解した。
――彼も同じなのかもしれない。
自分が寂しいことを理解していないのかもしれない。彼の心は、今にも死にかけているのかもしれない。
私に何ができるのか、それはわからない。
けれど、少しでも彼が生きていてよかったと思えるなら、やれることをやってみたい。
彼の手を両手で包みこむようにそっと握った。私よりも大きな手のひらは小さく震えていて、カサカサで、土で汚れていた。
そっと胸元に寄せて、ぎゅうっと力をこめる。彼の肩がびくりと震えたのが見えた。
「あのね、死んじゃうかもしれない」
うまく伝わるだろうか。私の言葉で伝えられるだろうか。
「あなたは強いけれど、寂しくて、心は死んじゃうかもしれない」
かつて私もずっと寂しい思いをしてきた。
私がそばに居る。そんなことでも、少しでいいから彼の力になれたらいい。彼の心を守れたら、それでいい。
「あなたに死んでほしくない」
「何故俺に、そこまで」
何故なんだろう。かつての自分に重ねているのもあるけれど、きっとそれだけじゃない。
ここで助けなくちゃダメなんだと、なぜか焦燥感を覚えている。原作に彼はいなかったはずなのに。
「私も、さみしくて死んじゃいそうだったから」
後ろから侍女が息をのむ音が聞こえた。
「そうか」と彼がつぶやいて、辺りが静まり返る。大通りの喧騒もどこか遠のいていた。
伝わらなかったかな。
そんなことを思いながら彼の手を確かめるようにぎゅっぎゅっと握っていると、上からふふっと笑う声がした。
「わ、笑った!?」
「ははっ、あは、はは」
不器用な笑い方だったけれど、彼は確かにお腹を抱えて笑っている。
目にうっすらと涙を浮かべながらひとしきり笑うと、少し息を吐いた。
「……ハァ。久しぶりに笑った」
「そ、それはどうも?」
彼は目を瞬いている私の顔を見て、また笑う。
お腹を撫でるように触って「いたいいたい」と嬉しそうにつぶやいていた。
そして、握られていた手のひらを見つめて、ぽつりと呟く。
「……ハッ、おもしれー女」




