第6話 シナリオから外れる
「ふうん? じゃあその時は僕学園行くのやめるよ」
「……は!?」
あまりにも軽い調子の返答に、思わず拍子抜けした。何を言っているんだ、この兄は。
原作でヴィオレッタは学園に通っていなかった以上、精霊と契約はできなかったはずだ。
でもユリウスは問題なく学園へ通っていた。
じゃあこれは原作の時間軸にはなかった会話?
もしユリウスが学園に行かなかったら、原作のシナリオ通りに進まなくなってしまうんじゃないだろうか。
そうしたら――。
「冗談だよね?」
「……本気だけど?」
だめだ、いけない。兄達には学園に通ってもらわないといけない。
ヒロインと出会って、心を通わせて、2人はそれでヒロインに心を救ってもらうのだから。
「だめ! お兄さまは絶対に学園に行かなくちゃダメなんだよ。だって」
「だって、なに?」
「だって……」
言葉が続かない。
ユリウスは大したことじゃないって態度でいる。その発言がどれだけ大きな意味を持つのかを、彼はまだ知らない。
ユリウスがもし学園へ行かないとしたら、ヒロインと出会うことはきっとなくなる。
原作ではヒロインと双子の兄は交流を深めて、彼ら自身のコンプレックスと向き合っていく。
彼らが”彼ら自身とは何か”という命題に向き合っていくストーリーがあった。
もしかして、シナリオの強制力? なんてものが働いて、どこかでばったりとヒロインに出会うんだろうか。
いや、それを期待するのはあまりにもリスクが大きすぎる。
「ヴィー。いったい何に怯えているの」
握り締めた手のひらは、力が入りすぎて真っ白になっていた。
ユリウスは肘をつきながら、じいっとこちらを見つめている。
彼の前ではありのままの自分でいられる反面、隠し事ができない息苦しさを感じる。
「それとも……恋でもしてるの?」
「……んぁっ!? なんでそんな話になるの!?」
突拍子も無い発言に思わず口をあんぐりと開けて聞き返してしまった。
けれど、ユリウスは至って真面目なようだ。
変わらずこちらをじいっと見つめたまま、私の返答を待っている。
「僕の勘違いならいいけど、少し前までずっと『天使様』の話ばっかりだったから」
「天使様?」
「そう。殿下のことそう呼んでたでしょ。父さんにひっついてさ、もう一度王宮に行きたいって何度もねだってた」
天使様。その単語を耳にして思い浮かんだのは、転生してきたその日に見た夢。
私――幼い頃のヴィオレッタが花をちぎっては投げつけていた彼。天使の羽を背負った彼。
そっか。ヴィオレッタは彼のことをよく兄に話していた。何で忘れていたんだろう。
「だから僕はてっきり殿下に会いたくて学園に行きたいのかと思ってた」
「そういうわけじゃ……でも、叶うならもう一度」
会いたいなあ。
ぽつりとこぼした言葉は、静かな書庫に響いた。
殿下と呼ばれる地位のお方なら、王族の一端だろう。庭園の花をちぎっては投げをしたヴィオレッタは、父から王宮への出入りを固く禁止されている。
ほとぼりが冷めるまでは近づくことさえ叶わない。
ふふっと笑い声が聞こえてユリウスを見ると、何故か満足そうに笑っていた。
「詳しいことはわからないけど、彼に会うためにも、僕を学園に通わせるためにも、ヴィーは頑張らないといけないみたいだね?」
「……できるかなあ」
「できるさ。僕の妹なんだから」
そういってユリウスは手元の分厚い本を開いた。文字を追う瞳が右に左に動いていく。
ぺらっと1枚ページをめくって、視線に気が付いた彼が「でしょう?」と言って私に微笑んだ。
窓から光が差し込んで、ああ、1枚のスチルみたいだ、なんてことを思う。原作にはあるはずのないシーン。
これから先、きっとこんな場面をたくさん見られるのかもしれない。
生前の私なら飛び上がって喜んでいただろう彼の姿を見て、なぜか心の底が静かに温かくなる。
そっと背中を押してくれる彼の言葉がじわじわと体中にしみわたっていった。




