第5話 ヴィオレッタはおつむがたりない
「ええっと、木から落ちて頭を打って、前世を思い出した……みたいな?」
冗談のつもりで言ってみたけど、声は震えていたらしい。
部屋に痛いくらいの沈黙が流れる。まあ、そうですよね。
気まずすぎて、兄の顔が見られない。
「な、なーんて。冗談だよ」
勇気を出してちらっと盗み見てみると、ものすっごい顔をしていた。
さっきほこりにまみれた本を見ていた時よりもひどい。虫にでもなった気分だ。
「……冗談だってば」
消えちゃいそうなくらい小さな声に、ユリウスは大きくため息をついた。
思わず肩がびくりと震えて、瞳に涙が浮かぶ。
冗談だって言ってるのに。私だって冗談みたいな状況って思ってるのに。ただ笑ってくれたらそれでよかったのに。
「そう、冗談なの?」
耳に届いたユリウスの声色は予想に反してあたたかかった。
もう一度ちらっと盗み見ると、さっきより表情は和らいでいた。どこか呆れているようだけど、口角は上がっている。
「……兄さまったら、本気にしてるの?」
「あれ? 愛しいヴィーは兄様に嘘をついたんだ?」
「……ううん」
「じゃあ、僕らの間ではそういうことにしておこうね」と言ってそっと頭を撫でてくる。
2往復くらい。ほんの少しの時間だったけど、初めてユリウスに頭を撫でられた瞬間だった。
驚いて彼の顔を見ると、柔らかく笑っている。
兄さま潔癖症なのに手、洗いたくならないのかな、なんて場違いにも思ってしまった。
でも、そんな事ちっとも思ってなさそうな彼の笑顔が、今は心の底から嬉しかった。
◇◇◇
その日から、私は毎日書庫へ通うことにした。
アレクシスと顔を合わせるのが気まずいのもあるけど、純粋に足りない学力を補うためでもある。
午前中は家庭教師の授業を受ける。午後は外を駆け回るのをやめてマナーのレッスンを行い、空き時間には書庫にこもった。
ユリウスも空いている時間には書庫へ来て、私の勉強を見守ってくれるようになった。
「ヴィー、何か最近心境の変化でも?」
たまにユリウスは勉強をする傍らで休憩時間には少し話もしてくれる。
勉強の話だったり、好きな本の話だったり。だけど決してアレクシスの事には触れない。
でも、彼が本当はその話をしたいとずっと思っていることを、私は知っている。
「なんの話?」
「君には似つかわしくない本ばかり眺めているから」
私はユリウスの前で必要以上に子供らしく振舞うのをやめていた。
今手にしている本は主に精霊に関する本だ。精霊と契約する手段。より高位の精霊と契約する方法。魔力の基礎について。
確かに10歳のヴィオレッタでは読破できない物ばかりだ。
「知りたいの、魔法のこと」
「……どうしてか聞いても?」
ユリウスは一旦私の話――前世を思い出した話を信じているらしい。
少なくとも信じている”てい”でいてくれている。それにどれだけ私が救われているか。彼の前ではヴィオレッタを無理に演じなくていい。それが嬉しかった。
「ええっと。私、兄さまたちと同じ学園に通いたいの、どうしても」
「ふうん?」
「今のままじゃ、精霊と契約できないかもしれない」
真面目に取り組んだおかげか、ユリウスに見てもらったおかげか、学力は問題なく向上している。今のところ。
問題は精霊との契約だ。明らかに情報が足りない。
入学まであと5年弱。準備にいくら時間を費やしても不安は拭いきれない。
兄達が学園で優雅に暮らしている間、私だけ1人淋しいモブのまま終わるなんて、絶対に嫌だ。
「なんで?」
「ええっと。兄さま達みたいに器用じゃないし、秀でた何かもないし。このままじゃ私だけ学園に行けなくて一人ぼっちになっちゃう」
後半にかけて声はしりすぼみに小さくなっていった。
生前を思い出す。ずっと一人ぼっちだった中学生。頑張って高校デビューをして、なんとか一人ぼっちになるまいと友人たちの目を気にしてばかりだった高校生。
今度はもっと自分に自信をもって、自分らしくのびのびと大学生活を送れるはずだった。
その為の準備をたくさんした。
ぎゅっと手のひらを握り締める。
失敗したらどうしよう。ここはゲームの世界だとはいえ、セーブ機能もロード機能もない。
原作では、きっとヴィオレッタは屋敷で一人ぼっちだった。それでも淋しくなかったのかな。
人一倍甘えん坊の彼女は、どんな人生を送ったのだろう。
「ふうん? じゃあその時は僕、学園行くのやめるよ」




