第4話 ユリウスは神経質
「――で? ケンカしてるんだ」
あの日、私はアレクシスに「だいきらい!」と叫んだあと自分の部屋へ全速力で走った。
あれ以上あの場にいられる訳がなかった。
ベッドに潜ってべそべそ泣いて、泣いて、眠って、そしたら夢の中にまで出てきて、また泣いた。
メイド達がこっそり部屋に置いてくれたサンドイッチをかじって、また眠りについて。そうして1日ずっと引きこもっていた。
「ひどい顔してるね」
次の日の朝、メイドに半ば無理やりにたたき起こされた。何かと思えば、アレクシスが私に会いたいと言っているという。
このままだと部屋にまで突撃しそうな勢いだったらしい。まあ、逃げましたね。
書庫ならアレクシスは来ないだろうと踏んで入ってみたら、もう一人の兄がおりましたとさ。
「聞いてる?」
目の前で手をひらひらと振られてハッとする。
心配そうにユリウスがのぞき込んでいた。アレクシスよりも保たれた距離が嬉しい。
ユリウスはアレクシスに比べて節度を持った距離で接してくれる。
まあ、それもちょっと潔癖な性質があるせいだと原作履修済みの私は知っていた。
本人はそれを弱みだと思っているようで、周囲に隠そうとしているらしい。
今も棚から持ってきた本がほこりをかぶっているのに気が付いて、それはもう嫌そうな目で見ている。まるで虫でも見るような目つき、たまりませんね。
結局耐えられなかったらしい。窓を開いて本を外に向かって何度かパンパンと叩く。
こちらから見ても分かるくらいに、ほこりが舞っている。なんだか生前、黒板消しを窓辺で叩いたことを思い出した。あれけむいんだよね。
「なに? そんなに見て」
今度は、ほこりをかぶった手が気持ち悪いのか、ハンカチで拭っている。顔には今すぐにでも洗いたいって書いてあった。
洗えばいいだろうにね、隠すんだもんね。
「ねえ、さっきから聞いてるの?」
つくづく思うけれど、アレクシスとユリウスの性質は正反対だ。
体育会系のアレクシスと、優等生タイプの本好きユリウス。ここまで二極化している双子も珍しいんじゃないだろうか。
原作では双子ルートとして同じくくりにされていたのがもったいない。こんなにも個性豊かな2人なのに。
まあ、双子に挟まれる幸せエンドも乙ですけど――――。
――パチンッ。
目の前で指パッチンが鳴る。
奥へピントをずらしてみると、指の向こうにいらだちを隠せないユリウスが見えた。
あ、やっちゃったかも。
「お兄様の前でずいぶんな態度だね、ヴィオレッタ」
いやあ! ヴィオレッタですって。これはちょっと怒ってますね。いつもヴィーって呼んでくれるのにね。
「ご、ごめんなさい?」
「……最近変だね、ヴィーは。あんなにアレクシスにくっついて、僕のところにはちっとも来やしなかったのに」
片肘を机に立てて頬を乗せながらそんなことを言う。
それは、ユリウスがくっつくと嫌がるから。嫌がってるのに嫌じゃないよって顔をするから、その分アレクシスに甘えていただけ。
ヴィオレッタは本当はユリウスにも甘えたくて仕方がなかったよ。
なんて返事をすればいいのかわからなくて、ユリウスが持ってきたうちの一冊をぺらりとめくった。
『魔法における魔素の転換と精霊の存在意義』? なんだか堅苦しい本を読んでいる。
どうやら精霊を用いずに魔法を使えないかと研究した本のようだ。ふむふむ?
「精霊との契約と行使には術者本人と精霊の相性が重要。契約を行うと精霊との意思疎通が可能になるが、魔力が安定する前に契約を行うには多大なリスクがある? ふうん」
「――その本が読めるの?」
顔を上げると、驚いた顔をしたユリウスがいた。いつも冷静な彼にしては珍しい。
金色の瞳がこれでもかと見開かれている。
なん、で? と思ったところで気が付いた。
そうだ、ヴィオレッタは本や勉強なんて毛嫌いして庭を駆け回っている少女だった!
それに、10歳が読むにしては難しすぎるし、そもそも興味を持てるような内容じゃない。
「ヴィー、おかしいよ君。まるで誰かと入れ替わったみたい」
アレクシスならいくらでもごまかせる自信がある。ちょっと単純なところがあるから。
でもユリウスは一筋縄じゃいかない。
どうしよう。
ユリウスは表情のないまま、じっとこちらを見つめている。見定めていると言ってもいいくらいの鋭さだ。下手なことは言えない。
ええっと、ええっと。
ああ、何も言い訳が思い浮かばない!
「ええっと、木から落ちて頭を打って、前世を思い出した……みたいな?」




