第32話 たぶん、2番目の恋
「ポチがいなくなったのを知った日もね、こんな風に綺麗な星の見える夜だったの」
あの日のことを口にするのは、初めてのことだった。
すぐそばにいる兄達は、何も反応しなかったけれど、私は誰に聞かせるわけでもなく、話し続ける。
「すごく体調を崩して、3日寝込んだ後の夜だった。ユリウス兄さまの言う通り。私、ポチがいなくなったって聞いても、ちっとも泣けなかった」
悲しくなかったわけじゃない。
ポチのこと、すごく大切だと思っていたし、彼が私から離れていった事実に、”裏切られた”とさえ思った。
「すごく悲しかったけど、どこかでわかっていたのかも。ポチから好きだって言われて、舞い上がって、私、ポチのことちゃんと見て、なかった……っ。話したいって言ってくれてた、のに」
生前も、ヴィオレッタになってからも、あんなにまっすぐに好意をぶつけられたのは、初めてのことだった。
振り返ったらいつも傍にいてくれたのに、その安心感に甘えてた。
喉の奥がぎゅうっと熱く、苦しくなってくる。
綺麗な星空がまるで水中に沈んでしまったみたいに、にじんで見えた。
「ポチがね、言ってた。ポチには私しかいないのに、私はポチだけじゃない。それがつらかったんだって。私が、欲張りだったからっ。だから、いなくなっちゃったのかな」
彼と2人きりで生きても、きっと私は幸せだった。
寂しいなんて思うこともない、そんな幸せな人生になったのかもしれない。
私にとって、彼は確かにポチ――愛しい人だった。
ついには涙がぼろぼろと流れ出して、私は隠すように両手で顔を覆った。
この話をしたのは、決して泣きたかったわけじゃないのに、一度流れた涙はなかなか止まらない。
「兄さま達が好きだよ。でも、ポチのことも、私、大好きだった。もっと、一緒にいた、かったの」
隣にいる兄達が動く気配がする。
顔を覆った両手を、そっと外すように握られる。
こんな涙でぐちゃぐちゃな顔、見られたくない。
そう思ったのに、いとも簡単に両手を外されてしまった。
「俺は、ヴィーのことも、ヴィオレッタのことも、同じくらい大切に思ってる」
「僕も。僕が君をどれだけ好きか、分かってくれてるよね?」
アレクシスとユリウスが、私の頬に流れた涙をすくうように撫でた。
私がずずっと鼻をすすると、2人がおかしそうに笑う。
「大丈夫、これから君が大切だと思える人にたくさん出会えるよ」
「ほんと?」
「うん、約束する。……ちゃんと泣けて偉かったね」
夜空に明るく輝く月を背にして、2人は微笑んだ。
彼等よりもずっと長く生きてきたはずなのに、なんだか2人の前だといつまでたっても妹になってしまう。
でも、それが、うれしい。
甘えさせてくれる。話を聞いて、背中を押す一言をくれる兄達に私はずっと支えられている。
大好きな2人に、恩返しをしたい。――喜んでほしい。
私は起き上がると、久しぶりに手のひらへ魔力を集めた。じきに指輪が光りだす。
「――うっ」
「ヴィオレッタ!? 大丈夫か――」
「アレク、止めないで」
吐き気に襲われて顔を歪ませた私の肩を、アレクシスが抑えようとして、それをユリウスは押しとどめた。
私は久しぶりに、夢で見た緑の髪の少女を抱き上げるように、魔力を練り上げる。
――エマちゃん。少しだけ、力を貸してね。兄さまたちに贈り物がしたいの。
心の中でそう呟いたとき、体内をめぐる魔力を乗せた回路が、急に開く感覚がした。
せき止められていた水路が開いたように、巡る魔力が増える。
ふふ、ありがとう、エマちゃん。あなたも、お兄ちゃんが大好きだもんね。
エマの協力を得て、手のひらに集まった魔力が花の形に変わっていく。
兄達の瞳の色。小さな黄色いバラが2本、現れた。
「けほっ、兄さま達に、っプレゼント」
2人は呆然とした表情でその花を受け取ると、驚愕の瞳でしげしげと眺める。
「――ヴィー、おめでとう!」
「うわぁっ」
ユリウスが思い切り抱き着いてきて、私ともども芝生に沈む。
彼がこんな大胆に触れてくるのは初めてだ。原作での潔癖って設定はどこに行ったんだか。
「これで学園でも一緒にいられるよ、ヴィー。……君がさみしいなんて思う暇もないくらい、構い倒してあげるからね」
「ふふ、なにそれ!」
聞こえた言葉に、私は思わず笑ってしまう。ユリウスの笑い声が耳のすぐ近くからして、くすぐったい。
でも、やっぱり嬉しくて、私も少し勇気を出して彼の背に手を回した。
「……っヴィー!」
「うっ、くるし!」
「はい、そこまでー」
ぎゅうっと力が込められて、思わずうめくと、アレクシスがユリウスを引きはがしてくれた。
唇を尖らせるアレクシスの差し伸べてくれた手をとって、私も起き上がる。
「なんでアイツはいいんだ?」
「え、なんのこと?」
「お前が言ったんだろ!? 俺に! 触るなって!」
「あはは! 妬いてるの!? アレクシスが!?」
私から視線を外したアレクシスは「うるさい」と言って腕を組むと、片頬を膨らませた。
たしかにこの世界に来た頃、そんなことを言ってケンカをした覚えがある。
その一言をずっと引きずっていたらしい。
ということは、アレクシスも私とぎゅってしたいっていうこと?
たしかにさっきユリウスに抱きしめられた時は、驚いたけど嫌な気持ちはしなかったし、ちょっとドキドキしただけだった。
ずっと私が魔法を使えるように応援してくれてたし、抱きしめられても喜んでくれたことがうれしかったくらい。
私が単純に近い距離に慣れてきたのかもしれない。
なのに、何でアレクシスだとこんなにドキドキするんだろう。
でもここで拒否したら、変な誤解をされそうな気がする。
私は、できる限り平静を装うと、アレクシスに向かって両手を広げた。
「兄さま、あの時はひどいこと言ってごめんね?」
そっぽ向いていたアレクシスが、ちらっとこちらに視線を向ける。
「ほら、アレク」とユリウスが小突いた。
観念したのか、赤い顔のままそっと私を抱きしめる。私も彼の背に手を回した。
「おめでとう、自慢の妹だ。……学園で待ってる」
「ふふ、ありがとう、兄さま」
そっと離れると、アレクシスはいつも通りの笑顔だった。
「さて、帰ろうか」
「……うん! あ、わわっ!」
立ち上がりかけて、途端にバランスを崩してしまう。
あの日ほどではないとはいえ、魔法を使った副作用で立ち上がることができなくなっていた。
「おい、大丈夫か!?」
「ご、ごめ、魔法使うといつもこうなの」
「……手、貸せ」
手を差し出すと、アレクシスが軽々とおんぶしてくれた。
アレクシスの中ではまだ小さな妹なのかもしれないけれど、もう立派に成長した13歳の身体は相応の重さになっている。
簡単に運べるような重さじゃない。
「ちょ、ちょっと! お、重いよ!?」
「重くないよね、アレク」
「もちろん。……半端な鍛え方してないからな」
「……うっ、あ、後から重かったとか言わないでよね!」
「ははっ、言わねえって」
部屋までの道のりを、ずっとアレクシスの背に乗せられて、その間ユリウスはずっと私に話しかけ続けてくれた。
この身体を得てから早3年と少し。
ヴィオレッタの、私の人生はまだ、始まったばかり。
ポチとも、きっといつか街のどこかで、会える気がする。その頃にはきっとおばあちゃんになっているかもしれないけど。
もし出会えたなら、笑って言いたい――言えるような人生を送りたい。
「ひさしぶり、ポチ」って。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
第一部 幼少期編 これで完結となります。
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