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第31話 初恋の人

「ヴィーが好きなのは、王太子――レオナルド殿下でしょ?」 

「「――ブッ! はぁっ!?!?」」

「え、何でヴィーまで驚くの?」

 

 今度はアレクシスと2人して飲んでいた紅茶をふきだした。

 慌ててじいやが拭くものを用意する。


 じいやに布を差し出されて、乱雑に口元を拭きながら、私は開いた口がふさがらなかった。


 ――お、おお、お? お、王太子ですって!?

 

「お、おい。ヴィオレッタ、さすがにそれは高嶺の花が過ぎるだろ」

「え、あ、いや、その……」

「まさかとは思うけど。ヴィー、誰に恋してたか分かってなかったんじゃないよね?」

「え、えへ?」


 兄達が一気に椅子へ沈む。前世ジョークで言うなら、ズコーッて感じ。


「だって……知らなかったんだもん」

「もんってなんだ、もんって。かわい子ぶるな」

「なによ、可愛いでしょ、ヴィオレッタは」

「……ぐっ」


 私とアレクシスのそんなやり取りを、ユリウスは生暖かい目で見守っている。


「いやあ、王族のどなたかだろうとは思っていたけど、王太子様かぁ……」


 私は、紅茶を一口飲んで、夏らしい澄んだ青空を見上げた。


 王太子と言えば、原作でも攻略キャラの1人だ。

 出会ったときはヴィオレッタも幼くて記憶も曖昧だったから、全然気が付かなかった。


 原作でも一番の人気キャラ。攻略の難易度も段違い。そもそも2周目限定の隠しキャラだった。

 気を抜くとすぐに暗殺されるか、ヒロインをかばって死んじゃう。

 選択肢を間違えるとすぐに好感度も下がるし、私も何度やり直したかわからない。


「兄さまの言う通り、私なんかじゃ釣り合わないよねえ」

「い、いや、そういう意味じゃ……」

「あー、アレクがヴィーを泣かせたー」


 もちろん、ヴィオレッタが初めて恋した人のことが気にならないと言ったら噓になる。

 ヴィオレッタの感情が残っている以上、私も少しは王太子に恋していると言ってもいい。


 でも、王太子か……。攻略対象と自分が友人関係になるのすら、ちっとも想像できない。

 恋人なんてもってのほかだ。オタクとしてはキャラクターたちが存在している世界の壁になれたら、それでいい。


 そういえば、悪役令嬢役の彼女は今回誰に恋をするんだろう?

 あの子もいいキャラだった……。各ルートでライバルになる彼女も、本当は等身大の”女の子”ってところがあって……。

 ラストは本当に可哀想だった。あ、思い出してたら涙が出てきた。

 

 私が久しぶりに『ルミナス・ハーツ』にひたりながら涙を拭っていると、アレクシスが唐突に言った。


「わりい、泣くなよ、ヴィオレッタ。俺、そんなつもりなくて」

「え、何が?」

「え? だから俺が高嶺の花なんて言ったから泣いてるんじゃ――」

「いや? ただの思い出し泣き」

「なっんだよ!」


 何か勘違いをさせてしまっていたみたい。

 アレクシスは勢いよく立ち上がると、「ああ、付き合ってらんね! 打ち込みしてくる!」と言って訓練場へ走っていった。後姿がどんどん小さくなっていく。


「な、なんなの?」

「ヴィー、これ以上魔性の女になっちゃだめだよ」

「私、そんなつもりないんだけど……」


 そう返した私を、ユリウスは頬杖をつくと、微笑みながら眺めてくる。

 私はその視線が居心地悪くて、そっと視線を外した。



 ◇◇◇



 その日の夜、ベッドに横たわりながら、私はなかなか眠りにつけなかった。

 なんだか心がざわざわする。何度も起き上がっては窓に寄りかかって外を眺めてみるけど、一向に眠気はやってこない。

 

 だから私は、部屋を抜け出すことにした。

 暗い廊下をこっそり進み、中庭に出て靴を脱ぐと、裸足で庭園を歩いた。

 月が明るく照らす道を進んでいく。うーんと伸びをしながら、刈り揃えられた芝生に寝転がった。

 

 視界いっぱいに、こぼれ落ちそうなほどの星空が広がる。


「――きれい」


 ありきたりだけど、手を伸ばしたら掴めちゃうんじゃないかなって思えるくらい。

 そのままどのくらい経ったのか、こちらに近づいてくる足音がした。


「眠れないの?」

「ふあぁ……肌が荒れるぞー」


 覗き込むユリウスの顔が上下さかさまに視界に入ってくる。

 すごく久しぶりに見た、寝間着姿の兄達だった。


 2人はそのまま私の両隣に寝転んで、同じように星空を見上げた。


「昔も、ヴィーが眠れない夜はよくここでこうして3人で星を眺めていたよね」

「そうだっけ? 私、あんまり覚えてない」

「覚えてないのにここに来たってことは、きっとヴィーがお前を連れてきたんだな」


 横を見ると、淡い月明りに照らされたアレクシスが、あたたかい目をしていた。ヴィオレッタのことを思い出している彼はいつも優しい顔をする。

 ちらっとこっちを見て「だろ?」と言って私の右手を握る。


「きっと、眠れない君にもこの星を見せてあげたかったのかもしれないね」

「そうだといいな」

「そうだよ、きっとね」

 

 ユリウスはそう言って、私の左手を握った。

 両手を兄達に握られて地面に寝転がる、なんだか不思議な光景。


 しばらく星を眺めていると、ユリウスが懐かしい歌を歌い出した。

 ヴィオレッタが眠れない夜に枕もとでよく歌ってくれていた歌。


 ポチにあげたオルゴールの歌だった。

 

「その歌……」

「この歌は覚えてたのか? ヴィーはこの歌が好きでよくユリウスにねだってたよな」

「アレクは下手だったからね」

「んなっ!? ま、まあそうだけどさ」


 ユリウスは声に出して笑うと、続きを歌い始めた。

 記憶の中の歌声よりずっと声は低くなっていたけれど、今も変わらずに優しくてあたたかい。

 よく寝付くまでユリウスが子守唄を歌って、アレクシスは頭を撫でてくれていた。


 私もヴィオレッタの記憶をたどって歌ってみる。

 アレクシスも不器用ながら、一緒に歌ってくれた。ちぐはぐな音程だって、彼らしくてうれしい。


 ひとしきり歌い終わると、夜の庭園は静まり返った。

 私の鼓動の音さえ、2人に聞こえてしまいそうなくらい。


 なんだか、今なら素直になれそうな気がした。


「――ポチがいなくなったのを知った日もね、こんな風に綺麗な星空の夜だったの」


 あの日のことを口にするのは、初めてのことだった。




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