第30話 久しぶり!
「兄さま! おかえりなさい!」
「おう! 元気してたか!?」
エントランスに出て、馬車から降りたばかりの兄達を出迎える。
アレクシスがこちらに向かって大きく手を振っていた。
◇◇◇
ポチが屋敷を出て数か月、私は落ち込んでなんていられなかった。
魔法を使うと体調を崩してしまうのが分かってからは、ひたすら勉強に打ち込んだ。
魔法理論は特に楽しくて、寝るのも忘れてよくじいやに止められてしまったくらい。
なんだか最近、じいやは過保護になった気がする。
いまだに体は重いけれど、なんだかんだ、元気にやっていた。
「会いたかったよ、兄さま!」
「おうおう! 愛しの兄様に会えて嬉しいかっ!」
「もちろんっ!」
私の返答を聞いてアレクシスは、目を丸くして視線を泳がせると、急に頬を赤らめた。
明後日の方向を向いている。
「お、おう、なんだよ。す、素直じゃん?」
「何やってるの、邪魔だよアレク。……ヴィー、ただいま」
「おかえり、ユリウス兄さま!」
アレクシスの後ろからひょっこりユリウスが顔を出す。
2人とも少し日に焼けたみたいだけど、屋敷にいた頃と変わらないやり取りにほっと一安心した。
今日から長期休暇の1か月は屋敷で一緒にいられる。私がどれほど嬉しいか、きっと彼らはまだ知らない。
◇◇◇
ユリウスとアレクシスが帰ってきた日。
日課のマナーレッスンを終えた午後、私は2人の姿を探して、外に面した一階の廊下を歩いていた。
庭園で紅茶を飲んでいる彼らを見つけて、声をかけようとした、その時だった。
「――どういうことだよ、それ!」
アレクシスの叫び声が庭園に響く。
傍にいるじいやの胸ぐらをつかみ上げて、前後に大きく揺さぶっている。
いつもアレクシスを止める役割のユリウスも、腕を組んだまま硬い表情をしていた。
「俺らは、アイツがいるから! すんげぇ不服だったけど、アイツにならヴィオレッタを任せられると思って――」
ああ、ポチのことだ。
ポチがいなくなったことを知って、ユリウスもアレクシスもこんなに怒ってくれている。
でも、私の中でポチがいなくなったことは、もう消化したこと。
ポチの姿が見えない以上、いつかはその話をしなければならなかったけれど、これから始まる楽しい長期休暇に、そんな暗い話題は似合わない。
私は努めて明るい顔で、話しかけた。
「兄さま達、お茶をするなら私を呼んでほしかったなあ」
「ヴィオレッタ……」
私の姿を見つけると、気まずそうにアレクシスは掴んでいたじいやの胸ぐらを放した。
じいやも無言で乱れた衣服を整える。
「あのね、この前作ってもらったケーキがおいしくてね、今日も用意してもらったの。これなんだけど――」
「ヴィー」
テーブルに広げられたケーキの1つを指さす私の手を、そっとユリウスがとった。
「大丈夫? 寂しくなかった?」
「……大丈夫だよ。じいやもいたし、一人じゃなかった」
「ちゃんと、泣けた?」
握られた私の手がぴくりと震えた。
ポチがいなくなったあの日、涙は一滴も流れなかった。
彼のこと大好きだったはずなのに、自分はなんて薄情なんだと思いながら、彼を忘れるための日々を過ごしている。
今だって、ポチのことを考えると胸が苦しくなるけど、ただそれだけだ。
返事に詰まる私を見て、ユリウスはどこか納得したように息をついた。
私の手を労わるようにさすってくる。
「そっか、きっと感情に身体が追い付いてないんだね」
「え、なに? 大丈夫だよ? ”私”が誰か兄さま達は知ってるでしょ?」
「君が誰でも、悲しいって感情は持ち続けるとつらくなるばかりだよ」
ユリウスの言葉に、アレクシスやじいやまで頷いている。
本当に大丈夫なのに。みんな過保護だ。
私は、前世も合わせると、兄さま達よりそれなりに長い時間を生きている。
そんなに心配してもらわなくても、大丈夫なのに。
「……それで? ヴィーがおすすめのケーキってどれ?」
「え? ああ、あのね、これ。この前じいやと木苺をたくさんとってね、それをケーキにしてもらったの」
「うへえ、甘そうだな」
「アレクシス兄さまはそう言うと思って、今日のは甘さ控えめでってシェフにお願いしたんだよ」
ユリウスに手をつながれたまま、ケーキを囲んでいつもの会話が戻ってくる。
でも、私の心には、もやがかかっていた。
ユリウスはいつもそうだ。私の背中を押してくれるようでいて、時々、突き刺さるような言葉を言う。
私が気づきたくないことを言い当ててくる。
「ん、うまい!」
「でしょ!? ね、摘むの頑張ったんだよね、じいや」
「ええ、きっとお嬢様が摘んだ木苺だから、こんなにも美味しいのですよ」
「えへへ、そうかなあ?」
あんなに美味しかったケーキの味が、今日はあまりよくわからなかった。
「そういえば、元気にしてたよ」
「……ん、誰のこと?」
「何言ってるの? 決まってるでしょ。ヴィーの初恋のカ・レ!」
――んぐっ!?
私とアレクシスは同時に食べていたケーキをのどに詰まらせた。
や、やめてよ!その話アレクシス知らないんだから!
「な、何だって!? 俺は聞いてねえぞ!」
「ユリウス兄さま、そ、その話は、えっと!」
「あれ、聞きたくないの?」
「……き、ききたい、です」
アレクシスの視線が痛い。あの顔は生前見たことがある。チベスナ顔って言われてるあれだ。
でも、私もうら若き乙女であるからして、恋の1つや2つしても良いお年頃なのです。どうかご理解ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
「んでぇ? いったい誰なんだよ、ヴィオレッタの好きな奴ってのはよぉ」
「好きっていうか! ただの淡い初恋ってだけで!」
アレクシスが紅茶を片手に、手をひらひらと振る。
背もたれに体重をかけて、まるで興味なんてありませんって感じなのに、目はきっちりユリウスを捉えていた。
めっちゃ聞きたがるじゃん。気になってるじゃん。
ユリウスがちらっとこちらを見る。「言ってもいい?」と目で問いかけてくるから、私はそれに頷いた。
「ヴィーが好きなのは、王太子――レオナルド殿下でしょ?」
「「――ブッ! はぁっ!?!?」」
「え、何でヴィーまで驚くの?」




