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第28話 なかなおり

 屋敷の敷地内に設えられた試合会場へ向かうと、すでに人であふれかえっていた。

 中央に一段高くなった舞台があり、それを取り囲むように柵と観客席が設置されている。

 じいやに連れられて、舞台近くに用意された特等席へ腰掛けた。


 すでに舞台へ上がったポチの背中が見える。もう握り慣れた剣を器用に回しながら、対戦相手を待っている。

 ポチの実戦を見るのは、1年ぶり。去年の剣術試合でアレクシスに負けたのを見たきりだった。

 

 位置についたポチと対戦相手の子爵令息は、互いに剣を合わせて礼をする。

 審判の合図で、2人は地面を蹴った。



 ◇◇◇


 

 記憶の中の彼より、格段と腕を上げている。

 騎士見習いの子爵令息を、圧倒するほどの打ち込み。素早い剣戟は彼の得意とするところだった。


「ポチ、がんばって」


 優勝できなくったっていい。怪我したりしないで。それだけでいい。

 いつの間にか私は、祈るように手を組み合わせていた。

 

 子爵令息の反撃を軽くいなすと、体格を活かして上段からさらに打ち込む。

 明らかにポチの優勢だった。


 このまま、このまま。

 そう祈っていた時、劣勢の令息が自棄になったように叫ぶ。


「――ぐっ、この庶民が!」


 手のひらに暗い土色の光が集まり、ポチの足元が揺れる。

 舞台を下から押し破るように土の柱が隆起していった。


「剣術試合においての魔法の使用は禁じられています! 勝者は――」

「うるさいッ! 俺は負けられないんだ!」


 審判をも巻き込むように土の柱が何本も立ち上がっては崩れていく。

 土煙に紛れて、ポチの姿はもう見えなくなっていた。


「――ポチ!」

「いけません、お嬢様!」


 思わず立ち上がった私の腕を、じいやが掴む。

 侍女もじたばたともがく私の身体を、抑えつけるようにして押しとどめてくる。


 心臓がこれでもかとうるさく響いて、私はほとんど形を残していない舞台の上を見つめ続けた。

 

 ポチ! ポチ!


 心の中で何度も彼の名前を呼ぶ。私がつけた、彼だけの名前。

 しばらくして土煙が落ち着くと、ポチは地面に倒れた対戦相手の喉元に剣を突き付けていた。


「勝者――ポチ殿!」


 審判の声に、ポチは私を勢いよく振り返る。遠目でわかるくらいに汗の雫がきらきらと空中に舞う。

 呆然と立ち尽くす私に向かって、どうだ、と言わんばかりに堂々と剣を掲げた。


 私は、それを見てなんだか力が抜けてしまって、へなへなと地面に座り込んだ。

 侍女が「よかったですねえ、お嬢様」なんて言いながら背中をさすってくれるのに、返事すら声にならない。


 ポチは軽々と舞台から降りて柵を飛び越えると、私の目の前に立った。

 すっとしゃがみ込んで、視線を合わせると、嬉しそうに微笑む。


 あ。笑ってる。なんかすごく久しぶりに笑っているのを見た気がする。


「見てたか」

「うん、見てた。かっこよかった、すごく」

「……ははっ」


 なんだ、いつも通りのポチだ。

 私はそんなことがものすごく嬉しくて、視界が潤んでくる。


 喉からせりあがる熱に蓋をして、私はポチに小さな箱を差し出した。

 商人から買ったオルゴール。魔力を注いで、音を鳴らす。

 

 ポチは箱を受け取ると、そっと両手で包みながら、中央で走り回る犬を物珍しそうに眺めた。

 

「プレゼント、あげる。優勝おめでとう。――それから」


 私は、慎重に魔力を手のひらに集めた。体内を潮騒の響きが巡る。

 

 今ならきっとできる気がする。

 

 徐々に指輪が光り、熱を持ち始めた。

 心の中に夢で見た少女がいる、そんな感覚がした。

 少女をそっと抱き上げるように、魔力を練り上げる。


 ぽんっと小さな音とともに、私の手のひらに色とりどりの小さな花が数本現れる。

 ようやく成功できた――魔法だった。


「で、できた!」

 

 きょろきょろと辺りを見渡して、気づく。花束にしようと思ったのに、結ぶものを持ってきていなかった。

 

 思い立って、結い上げられた髪から赤色のリボンを引き抜く。

 花の茎をキュッと縛って、ポチへ差し出した。不格好だけど、仕方ない。


「いつもありがとう、これからもよろしくね!」

「…………」


 私の手元の花を見て、ポチは呆然とした様子で目を瞬いている。

 震える手のひらで花束を受け取ると、私を見つめた。鈍色の瞳が左右に揺れている。


「……お、まえは」


 ポチは何かを話しかけるも声にならなかったのか、そのまま下唇をかみしめて視線を落とした。


――えっ!?

 

 手にしたオルゴールへぽたりと涙が落ちて、跡が浮かんでいる。

 私は思わずポチの肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。


「ポチ? どうしたの」

「……いつも、そうだ」


 苦しそうな、涙交じりの声が小さく聞こえる。

 震える手が、オルゴールと花束をぎゅっと握った。

 いつの間にか私の注いだ魔力は切れて、オルゴールの犬がいなくなっている。


 ポチは顔を上げると、涙が頬を流れるのもそのままに呆然とした様子でつぶやいた。


「いつも、お前は先を行く。追いつかせてくれない。俺に、守らせて、くれやしない」

「……な、にを」


 ポチはそのまま、すっと立ち上がった。

 私は地面に座り込んだまま、彼を見上げる。逆光で表情は見えない。


「俺には、お前しかいないのに、なんでお前はそうじゃない」


 その言葉に、場が静まり返る。私が息をのむ音さえ、はっきりと聞こえた。


 ポチの傍にいるために、彼を支えるために、私が強くならないといけないと思っていた。

 魔法が使えるようになったら、そしたらポチの横に肩を並べられると思ったのに。


 ――ああ、やっぱりすれちがってばっかりだ。


 踵を返して去っていくポチに、私は言葉をかけることさえ、できなかった。


 

 

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