第27話 頼られる私になりたい
何か、夢を見ていた気がする。
兄を呼ぶ夢。恋しくて夢にまで見るようになったのかもしれない。
◇◇◇
目を覚ますと、私は夕暮れのオレンジ色に染められた天井をぼーっと眺めていた。
こうやってベッドで目を覚ますのはもう何度目だろう。
――ああ、私ってば、また倒れちゃったんだ。
持ち上げた腕はまだ鉛みたいに重くて、気を抜くと簡単にベッドに沈み込んでしまう。
どうにか力を振り絞って身体を起き上がらせると、額から布が落ちた。持ち上げてみると湿っている。
この布は、ポチに貸していたハンカチだ。
「……ポチ?」
周りを見渡してみたけれど、彼はいなかった。
ベッドの横にぽつんと1つ椅子が置いてあるだけ。
ハンカチからは洗剤と、少しだけポチの香りがした。
きっと洗った後、私とぎくしゃくしてしまって、返すに返せなくなったまま持ち歩いてたのかもしれない。
「すれ違ってばっかりだね、私たち」
ポチとはこの頃本当にすれ違ってばかりだ。
もっと話をしたらいいんだと思うんだけど、その方法がわからない。踏み入れることを彼は許してくれなかった。
きっと、私が頼りないせいだ。弱くて、魔法も使えない。彼の支えになることさえも満足にできない。
ベッドサイドの小さなテーブルに、私の買ったオルゴールが置いてあった。
手に取ると箱を開き、私はそっと魔力を注ぎ込む。
小さな犬が音もなく『わん』と吠えて首をかしげると、小さく音が響きだした。
兄達が小さい頃に歌ってくれた子守唄。
夕焼けの部屋に一人きり。寂しく鳴るメロディーに耳を傾けながら、もう一度眠りについた。
◇◇◇
翌朝目が覚めても、私の体調は思わしくなかった。
朝食も喉を通らず、ベッドの上で一日を過ごすことになってしまった。
主治医によると、極度の疲労がたまった状態だと言う。
魔力の回路が乱れているんじゃないかと言ってみたけれど、そんな症状は聞いたことがないらしい。
ベッドから動けない間、私は本とにらめっこしながら魔法の練習をしていた。
アーティファクトさえあればできると思っていたのに、そう簡単な話ではなかったみたい。
本に載っていた魔法を、ただひたすらに練習する。何度も魔力を練って形を作っては、上手くいかずに崩れてしまうのを繰り返した。
結局ベッドから起き上がれるようになるまでに3日。
食事がとれるようになるまでにもう1日。体力が戻らないまま日は過ぎていった。
魔法は一度も、成功できなかった。
じいやが話しかけてきたのは、祭りの最終日。昼前に目覚めて、自室で用意されたスープをほんの少しだけ口にしている時だった。
「ポチ君、無事に勝ち抜けているようですよ」
じいやから聞こえた『ポチ君』にぴくん、と反応してしまう。
口に運んでいたスプーンをお皿に戻して、平静を装った。
「そう? よかった」
「……ケガもないようです。決勝の相手はフロレンジア子爵のご次男、将来有望な騎士見習いだそうで」
「ふうん?」
「……少し、見学に行きませんか」
視線をあげると、ゆったりと微笑むじいやがいる。侍女までにこにこと笑っていた。
「い、行けない」
「ポチ君は来てほしいと言っておりましたよ」
「本当!?」
思わず大きくなった声に、じいやと侍女は目を丸くして顔を見合わせた。
「あ、いや、その……」
「ふふ、いいんですよ、行きましょう。とはいえ体調が最優先ですから、最後の試合のみ日陰から観戦いたしましょう」
珍しく声に出して笑ったじいやは「それまでは休んでいてください」と私をベッドへ戻した。
そっとシーツを肩まで引き上げてくれる。
ポチが無事ケガもなく決勝まで進んだことは、素直にうれしい。
例年なぜか初戦でアレクシスとあたって、コテンパンにされては悔しそうにしていたポチを思い出し、私は少し笑ってしまった。
例年通りなら決勝戦は昼過ぎになるはず。それまで少し眠っていようと目を閉じた。
◇◇◇
また、夢を見ていた。
この頃、不思議な夢を見る。どこか懐かしくて、胸が苦しくなるような夢。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
兄を恋しく呼ぶ声がする。
白くあたたかな空間で、意識だけがぷかぷかと宙に浮いていた。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
ぼんやりと気配がする。誰かがすぐ目の前にいる。
ああ、そっか。兄を呼んでたのは私じゃない。この小さな小さな子だ。
新芽のような淡い緑の髪をゆるく三つ編みにして、こちらを見上げて手を伸ばしている。
「だっこ、だっこ!」
必死にだっこをせがむ少女を、そっと抱え上げる。
少女は小さな腕を私の首に回して、肩口に顔をうずめた。
私は少し戸惑いながら、背中をあやすようにたたく。耳元で「ふふふ」と笑う声がくすぐったい。
「だいすき」
「――僕も大好きだよ、エマ」
私の口が勝手に動く。響いた声は、柔らかい。私の声じゃない、男性のもの。
エマと呼ばれた少女をあやしながら、考える。
――お兄ちゃんっていったい誰のことなんだろう。
◇◇◇
目を覚ますと、侍女がこちらを覗き込んでいた。
「おや、お目覚めですか? 珍しく幸せそうな顔をして眠っていらしたから、お声掛けしようか迷っていたんですよ」
「…………」
「いい夢を見られたようですね。決勝の試合も、もうそろそろ始まります」
そう言うと、座らせた私の髪をすいてくれる。リボンを使って器用に結い上げてくれた。
寝起きのぼんやりした頭で支度を整えていると、ふと左手に違和感を覚える。
アーティファクトの指輪がやけに熱を持っていた。




