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第26話 アーティファクト

「……欲しい」

「買いますか? お嬢様」

「でも魔道具は高いんじゃ……?」

「今までずっと何かが欲しいなんて言わなかったお嬢様ですもの。当主様も許してくださいます」


 侍女が店主とお金のやり取りをしている間、道端に並べられた他の商品を眺めていた。

 大小さまざまな品が並ぶ中、ひときわ目を引く宝石がある。


 薄く黄色に色づいた小さなそれは、華奢な指輪に収まっていた。

 そっと手に取ると、身体の中をすうっと風が吹き抜けていく感覚がした。


 今の、何――。


「おや、お嬢様。そちらが気になるんですかい」

「え? あ、そうね」

「安くしときますよ」


 店主が日に焼けた顔を歪ませて笑うと、侍女がすかさず口を挟む。


「安くするなんて、何かいわくつきじゃないでしょうね」

「あー……」


 バレたか、と言った顔で後ろ頭をかいている店主は、ためらったがとつとつと語りだした。


「それを持ち込んだのは初めて取引した男でしてな。新品だと言っておったのに、リングの内側に彫りがある。まあ、騙されたんですわ」


 リングの内側を見てみると、確かに『V.V』と彫られている。

 誰かから誰かへ贈られたものなのかもしれない。


「盗品を売っていたということですか!? お嬢様、そんなものよしてください」

「いやいや、盗品と決まったわけじゃねえ! 贈られた側が売ったのかもしれねえ!」

「どっちにしろ他人の手に渡ったものじゃないの!」


 やいやいと言い続ける2人に挟まれながら、私はその宝石から目が離せなかった。

 

 体の中を風が吹き抜ける感覚。

 原作ゲームでは、ヒロインが初めて契約した精霊の力を使うときにそんな表現がされていた。

 とすると、さっきのは魔力が動く感覚だ。

 

 アーティファクトの形は本には記載されていなかったけれど、もしかしたら宝石の形をとっていることもあるのかもしれない。

 もし刻まれた『V.V』がイニシャルなら、ヴァルトハイムが当てはまる。


 そんな指輪がなんでこんなところに。

 ここ最近、ゲームを進めた時に感じるような都合のいい展開が続いている。

 たしかにここはゲームの世界だけれど、私はヒロインじゃないのに変だ。

 

 侍女を振り返ると、まだ店主と言いあっていた。


「私、これ買うわ。いつかどこかで持ち主に出会えたらお返しするから、ね?」

「そんなの出会えるわけがないじゃないですか、お嬢様」

「ちょっと心当たりがあるの」


 今だけこの指輪の力を借りたい。

 いつか私が本当に精霊と契約出来たなら、それか無事に入学出来たら、なんとかしてヴァルトハイム一族の誰かを探してみよう。


「そうですか? なら、店主。安くすると言ったあなたの言葉、男に二言はないですわよね!?」

「わ、わかったよ」

 

 指輪をはめてみる。どこの指がいいかなと思ったけれど、心臓に一番近い指が魔力が通りやすくていいかもしれない。

 となると、左手の薬指。

 ちょっと気恥ずかしいけれど、この世界では恋人に指輪を贈るしきたりはないから、きっと大丈夫。

 

 いまだ値切っている侍女に苦笑いをしつつ振り返ると、大通りを取り囲むように人が集まってきている。

 もう少ししたらパレードが始まるのかもしれない。


 ふらつく足に力を入れると、ふらついた私をそっと侍女が支えてくれた。


「お嬢様、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫、ポチを見て少し声を掛けたらすぐ帰るから」

「約束ですよ」


 そうは言ったけれど、体調は最悪。足はふらふらするし、視界もぼやけてきている。


「ねえ、ポチが来たら教えてくれる?」

「ええ、もちろん。……お嬢様、本当に大丈夫ですか」


 どんどん体調が悪化している。さっき指輪を手に取った時に魔力が動いたからだろうか。初めての感覚で酔ってしまったのかもしれない。

 吐き気が襲ってきて、思わず口元を覆った。


「お、お嬢様っ!?」


 やだ、まだポチに会ってないのに。


 足の力が抜けると同時に、視界が傾く。驚いた周りの人が身を引いて、侍女と崩れ落ちるように倒れこんだ。

 くらくらと視界が回って、意識が遠のいていく。


「――ヴィオレッタ!?」

「ポチ様! こちらです!」


 人ごみを縫うようにこちらへ向かってくるポチが見える。

 私の髪をかき分けて驚いた顔をすると、軽々抱き上げた。


「おい、馬車はどこだ」

「街のはずれに! こちらへ!」


 走り出すポチの腕の中で揺られながら、彼にしがみつく。

 普段とは違う装飾がちりばめられた服が視界に入った。


 ああ、視界がぼやけているのがもったいない。きっとかっこいいのに。


「……ポチっ」

「ん? なんだ?」


 小さな声も聴き逃すまいと耳を寄せてくれる。

 私は、彼の耳元に今日ずっと言いたかったことをささやいた。


「きょうも、かっこいい、ね」


 ポチの返事は聞こえず、私の意識は完全に途絶えてしまった。

 



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