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第25話 強い彼、強がりな彼

 じいやが用意してくれた日傘をさしながら、訓練場へ向かう。

 訓練場と言っても、だだっ広い空き地に練習用の人形が数体設置されているだけ。

 いつもは騎士団のメンバーであふれかえるそこも、訓練の終わった今は静まり返っている。

 

 ――その隅っこにポチはいた。


 人形に向かって鋭く打ち込む彼。

 以前訓練を見学したときには、アレクシスが傍にいたけれど、今は1人だ。


 兄達がいなくなって寂しくなっちゃうのはきっと、私だけじゃなくてポチもだ。

 もっと会いに来ればよかったと、彼の姿を見て今更思った。


 自主練が終わるのを少し離れた木陰で待っていると、視線に気が付いたポチが振り返る。

 私がそっと手を振ると、焦ったように剣をしまって小走りで駆け寄ってきた。

 訓練終わりだからか、息が切れているし、額には汗もにじんでいる。


 持ってきたハンカチを彼に渡すと、木陰に並んで座った。


「――来てたなら声、掛けろ」

「だって、頑張ってたから」


 汗をぬぐいながら、息を整えている。木々の葉を揺らす風が2人の間を吹き抜けていった。

 

 彼の息が整うのを待って、私は切り出した。


「ポチ、私に何か話したいこと、ない?」


 額にハンカチを当てていた手が止まる。

 ゆっくりこちらを振り返る彼は、怪訝そうに眉をひそめていた。


 それを見て、気が付く。


 最後にポチの笑顔を見たのはいつだったっけ。

 湖に出かけて襲われた日、その翌日迎えに来てくれた彼はとろけそうな笑顔を向けてくれていたのに。

 

 急にポチが遠くなってしまったみたいで、胸の奥がざわざわする。


「……ない」

「うそ! だって話したいことがあるって言ってた!」

「あれは、もういい」


 そう返しながらも、ポチの手は耳のピアスへと伸びていく。

 金色の蛇を撫でつつ、どこか焦点の合わない目をしている。


 知ってる。ポチがピアスを触るときは、組織のことを考えている時だ。


「ねえ、ポチ。私ってそんなに頼りない?」

「…………」


 たしかに、アレクシスみたいに力が強い訳じゃないし、ユリウスみたいに策略に長けているわけでもないけど。

 でも、それでも、ポチの一番傍にいるのは私だと、そう思っていた。


 じいやには話してたのに、私には話してくれない――こんな考え方は間違ってる。


「ごめん。変なこと言っちゃった。……わたし、戻るね」


 私は何を思い上がっているんだろう。ポチはポチなのに。たとえ彼の人生を変えたのが私でも、彼の全てが私のモノになるわけじゃないのに。

 自分が恥ずかしい。


 私は立ち上がると、自分でスカートの土を払う。

 横から伸びかけていた手には見ないふりをする。

 

 踵を返して、屋敷に戻った。

 後ろから聞こえる「おい、待て」という言葉も、聞こえないことにした。



 ◇◇◇



「あああああぁ」

「おはようございま――何なさっているんです、お嬢様。今日はお祭り初日ですよ。さあさ、お仕度しませんと」

「……行きたくないわ」

「毎年楽しみにしてらっしゃったじゃないですか、もう」

 

 もう親の顔より見ている侍女が、カーテンを開きながら急かしてくる。

 そんな中で私は、まだベッドから動けずにいた。


 ポチと話した――いや、話せなかったあの日からあまり眠れていない。

 

 ポチと会わない以外はいつも通りの毎日だったのに、身体が地面に沈み込みそうなほど疲れがたまっている。

 入学の目処すら立たない焦りからか、みんなが寝静まった後に本を読みふけることも増えた。


 どうにかこうにか言うことを聞かない身体を持ち上げて、いつも通り鏡台の椅子に座った。


「……あ、あら? お嬢様どうなさったんですか!?」


 鏡の中の私は、ひどい顔をしている。



 ◇◇◇

 


「お嬢様、今日のお出かけはお止めになったほうがよろしいかと」


 化粧を終えて出かける支度をしていると、私の顔色を見たじいやがそんなことを言う。

 たしかに、体調はすこぶる悪い。でも、今日は街で第一騎士団のパレードがある。

 騎士ではないけれど、ポチも手伝いとして一緒に歩くはずだ。


 正装している彼を一目でいいから見てみたい。まだ騎士の制服は着れないだろうけれど、それでもきっとかっこいいはず。

 

 行進する彼に、かっこいいねって言って、そしたら、きっとポチは少し恥ずかしそうにする。

 そしたら、私は、また前みたいに話せる気がする。


「パレード、見たい」

「しかし、顔色が……」

「お願い」


 基本じいやの忠告は守ってきたけれど、今日は譲れない。

 明日剣術試合が始まってしまえば、きっと忙しいポチとはしばらく話せなくなる。

 勝ち進んでいけば、決勝戦は最終日。1週間近くも話せない。


 毎年、私とお兄さまたちとポチでお祭り行ってたから、一人は寂しい。早く仲直りしなくちゃだめだ。


「……パレードを少し見たら、帰ってくると約束してください。私もついていきましょうか」

「んーん、大丈夫。じいやは剣術試合の準備があるでしょ」

「ええ、そうですが……」


 無理やり笑顔を作って「大丈夫」と繰り返すと、しぶしぶ引き下がってくれる。

 一緒に行く侍女は不安げで、じいやから良く私の様子を見ておくように言いつけられていた。

 


 ◇◇◇



 馬車から降りると、街は普段とは打って変わって賑やかな様子だった。

 立ち並ぶ家々の窓辺が花で飾られ、あちらこちらで歌や踊りが始まっている。

 まだ朝だと言うのに酒を酌み交わす声が響いて、すでに出来上がっている男たちが笑い声をあげていた。


「お嬢様、身体がつらくなったら、パレード前でも屋敷に戻りましょうね」

「わかってるわ」


 パレードが始まるまでまだ少しある。

 きょろきょろと辺りを見回してみると、開店準備を終えた商人たちが客を呼んでいた。


「始まるまで、少し店を見てみましょうか」


 私の視線に気が付いた侍女が、はぐれないように手をつないでくれる。

 商品が並べられた一角へ連れて行ってくれた。


 私に気が付いた店主が声を張り上げる。


「ああ、これはフィオレンツァのお嬢様! 今年はいくつか魔道具が手に入りましてねぇ!」

「魔道具?」


 「ええ、たとえば……」と言って見せてくれたそれは、小さな箱だった。

 店主が蓋を開いて魔力を流し込むと、中央の円盤に小さな女の子のホログラムが現れてくるくると踊りだす。

 同時に、澄んだ音色の懐かしい音楽が流れてきた。


 前世でいうオルゴールによく似ている。


「これは王都で最近流行っているものでしてね。中央の映像は自分のイメージで変えられるのですよ」


 店主がそう言うと、私の手のひらにオルゴールを乗せてくれる。瞬間、ホログラムが小さな犬へ変わった。

 音楽に合わせて、小さく吠える犬。その姿がどこか、ポチに重なった。




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