第22話 おもしれー女は加速する
「ユリウス兄さま! ちょっとこっち来て!」
マロン君の傍にいたユリウスを呼び寄せて、アレクシスの隣に立たせる。
怪しい。アレクシスは何だか覚悟を決めたような顔をしているし、ユリウスは何が何だか分からないようでぽかんとしている。
「うーん?」
「なんだなんだ、どうかしたのか」
「マロン君は黙ってて」
「マロン君? マロン君とは誰だ?」とうるさい彼をポチに押し付ける。
羽交い絞めにして口元を抑えるのはちょっとやりすぎな気がするけど、まあいい。静かになった。
「……ユリウス兄さま」
「んぁ?」
「魔法理論構築の祖は誰ですか?」
「……わからない」
「アレクシス兄さまわかりますか?」
「フロレンティス・ヴァルトハイム。国歴158年に彼が提唱した魔法理論によって精霊の存在が確立され、以後学問としての基礎を築いた偉大なる学者だ」
綺麗な即答。はい、チェックメイトです。
「兄さま達、入れ替わってるー!!!」
「ふが!?」
私にびしっと指をさされた兄ズは、頭を抱えて天を仰いだ。
後ろから何か鳴き声を聞こえたような気がして振り返ると、マロン君がふがふが言っている。ポチの浅黒い手が口元に食い込んでいた。
「だから! あれだけ僕が、『ヴィーは聡いから会わないように気を付けろ』って言ったのに!」
「いや、お前がオルフェリウスの名前を忘れるからだろ!?」
目の前でケンカが始まってしまった。
そっか。お父様からの言いつけでそれぞれいつもと違う場所に行ってたのに、入れ替わっていたのがバレたら怒られちゃうかも。
「あ、ごめん。兄さま達怒られちゃう? 私全然考えてなかった」
「いいんだよ、ヴィー。君は何も悪くない。悪いのはこの鳥頭」
「ああ、もう、わ、悪かったって!」
イライラした様子のユリウスがパチンっと指を鳴らすと、青い光が宙に浮かび上がる。
空中にあふれた水の粒子がアレクシスとユリウスの髪を撫でていった。いや、アレクシスにはちょっと乱暴に水を叩きつけている。
青い光が消えるころには、すっかりいつも通りの2人に戻っていた。
「にしてもよくわかったな、ヴィオレッタ。数年前はバレなかったのによ」
そう言って歯を見せて笑うアレクシス。
たしかにあの時はわからなかったけれど、もうそれから3年も経っている。私自身だってヴィオレッタ歴は3年半弱になった。
さすがにそのくらいわかるよ。
「アレクシス兄さまはちょっとおつむ弱いけど、他人を自分以上に大切にしてくれる人。名前を忘れるわけないし」
「……ヴィオレッタ」
アレクシスは私の返答に目を丸くした。呆然とした顔で立ち尽くしている。
「ユリウス兄さまはね、名前を覚える気がなかったりして少し冷たく見えるけど、大事だと思ったものは誰より大切にしてくれるの。私のこともたくさん守ってくれた」
「……ヴィー」
今度はユリウスが目を見開いている。彼にしては珍しく言葉が続かないようで、口を開いたり閉じたりしていた。
「”私”だって、もう立派に兄さま達の妹だもの。見分けられるよ」
中庭が静まり返る。
本音を言うのはちょっと気恥ずかしくて、私はそっと視線を伏せた。
「あ、あは、あはは、は!」
「……え?」
初めに口元を手のひらで覆って笑い出したのはユリウスだった。アレクシスもつられたのか、お腹を抱えて笑い出す。
ぽかん、とした私にじいやがあたたかな眼差しを向けてくる。
「に、兄さま?」
「は、腹いってぇ! ア、ハハ!!」
「ふふ、ふ。あはは、は!」
何が何だかわからない私と爆笑している兄達。それを見守るじいやの図。
ポチなら何かわかるかと振り返ってみる。だけど彼はマロン君を羽交い絞めにしながら、興味なさそうにぼんやり見ているだけだった。なんだマイペースだな。
ひとしきり笑うと、2人して目じりに浮かんだ涙を拭った。
笑いがまだ収まりきらないのか、「ひいっ」とか「はあっ」とか繰り返している。
「――ふう。そうだね、ヴィーも僕らの大切な妹だ」
「そうそう。ヴィオレッタもしっかり妹らしくなってきたじゃん」
そんなことを言いながら、2人で目を合わせる。
ユリウスはゆったりと腕を組んで、アレクシスは眩しい笑顔を浮かべながら、片方の手を腰に当てた。
「「まったく、おもしれー女!」」




