第20話 モンブラン侯爵令息は、モブ
「お嬢様、ちょっとよろしいですかな」
「じいや?」
ユリウスにもらった本を抱えて廊下を歩いていると、階段を上がってきたじいやに声をかけられた。
「いま、ご当主様にお客様がいらっしゃっているのですが、お嬢様にご令息の相手をしてほしいと仰せでして」
「令息ぅ?? 私そんなお友達いたかな」
「いえ、初めましてかと。というのはバルディシア侯爵家のご令息で、卿がお嬢様の博識を知って是非にと」
私もヴィオレッタも他貴族との交流はほとんどない生活だったから、友達なんて数える程もいない。
もっぱらいつもは兄達とポチ、メイドやじいやと過ごす日々だ。それで十分だと思ってる。
だから今さら年頃の男子となんて、どうやって接すればいいのかわかんないし、正直困る。
「兄さま達は?」
「ご当主様の言いつけで、ユリウス様はポチ君と訓練場で手合わせを。アレクシス様は会談に同席されています」
「なんでそんな組み合わせ!? ユリウス兄さまに剣で、アレクシス兄さまに難しい話? 相性が悪いんじゃ……」
「当主様が、それぞれの欠点をなくすべきだとおっしゃられて……」
な、なるほど。
潔癖なユリウスが体を動かして汗をかく姿も、アレクシスが厳格な会談の場で冷汗をかいている姿も簡単に想像できてしまう。南無。後でおいしい紅茶を淹れてあげよう。
侯爵家の三男だとじいやは言ったけれど、原作のゲームにはそんな貴族令息の攻略キャラはいなかった気がする。
攻略対象と言ったらまずユリウスとアレクシスでしょ?
あと会っていないのは、王太子と学園の教師役……くらいだったっけ。
じゃあ、私と同じモブの立場なのかもしれない。
正直ユリウスにもらった本をいち早く読み込みたかったけれど、困り顔のじいやがお願いしてくるのに嫌とは言えない。
「わ、わかったわ。この本置いたら行くね」
「お嬢様! ありがとうございます! 中庭におられますので、早くお越しくださいね!」
いつもどこか冷静なじいやが珍しく満面の笑みで言う。執事の仮面がなければ床に座り込んでこちらを崇めてきそうな勢いだ。
……なんだか嫌な予感がする。
◇◇◇
嫌な予感ってのは、あたるもんだ。
部屋に本を置いて中庭に向かうと、怪獣がいた。
中庭に設えられたガーデンチェアに座ってふんぞり返っているのが件の令息……だよ、ね?
繊細なつくりの椅子がギシギシと泣いているのが聞こえる……。
なんというか、デ――いや、たくましい体格をしていらっしゃる。
明るい茶色のツンツン伸びた髪も相まって栗みたいだな、と思う。いや、それは栗に失礼かもしれない。
彼に言われるがままに茶菓子をあくせく運ぶメイドが可哀想だ。
「ふん、伯爵家のシェフってのはこんなもんか。ボクんとこのシェフに教えてもらえよ。……おい、ケーキまだか?」
「…………」
ああ、間違いない。彼は正真正銘のモブだ。こんなふとましくて失礼な攻略対象なんて、いてたまるか。
テーブルにはところせましと茶菓子が並べられ、三段重ねのスリーティアーズにはサンドイッチまでのっている。
これ以上必要だと言うのか! 私はケーキは体重を気にして1週間に1個だけって決めているのに!
うらやまけしからんだよ!!
「ご、ごきげんよう。フィオレンツァ伯爵家のヴィオレッタと申します」
「んぁ? ああ、ひみが!――んんっ、ごほん」
令息は口に詰め込んだクッキー(たぶん4枚は入ってた)を飲み下すと、服についた食べかすを払って立ち上がった。
「ボクはヴァルディシア侯爵家三男、オルフェリウス・ミカイル・ヴァルディシアだ!」
「……はい?」
「オルフェリウス・ミカイル・ヴァルディシア、だ!」
「オルフェ……?」
「オルフェリウス・ミカイル・ヴァルでぃっ……いった! 舌噛んだ!」
いけない、思わず何度も聞き返すと言う無礼を働いてしまった。
シルエットからして威圧感のすごい彼が、その上こんなにも、えっと、壮大なお名前をしているとは思わなかったもので。
もう絶対覚えられないしいいや。マロンと名付けよう。家名はモンブラン侯爵、略してモブ侯爵だ。
自分の名前だと言うのに舌を噛んだ彼は、口元を抑えたまま涙目でこちらを睨みつけている。
びし! という音が付きそうなほど勢いよく、こちらに指を突き付けた。ぽよんと二の腕の肉が揺れている。
「無礼だッ! ……うっぷ、ボクは侯爵家の人間だぞ!」
「ええ、存じておりますが、それが何か」
思わず冷たい声が出てしまった。背後でじいやが息をのむ音がする。
だけど、なんだかイライラしてしまったのだ。なんだこのガキンチョは!
「き、君のその態度はなんなんだ! 公爵家の人間か!? それとも王家か!? しょせん伯爵家の女ごときが――」
「お言葉ですが」
地団太を踏みながらとんでもないことを口走る令息に、周囲から冷ややかな視線が注がれる。
散々こき使われたメイドも、じいやも、もちろん私も一様に冷たい目をしていた。
超絶アウェイなこの屋敷で、よくもそんなに大きな口が叩けるもんだ。
「あなた様が侯爵家に生まれたのはただの身分であって、それ以上でもそれ以下でもありません」
「なん、だって?」
「あなたが努力をして掴んだものではない、ということです。それを何も持たないあなたが己の権力と思いあがるなんて……」
令息は呆然とした顔でこちらを見ていた。脂肪に埋もれそうになっていた目が少し見開かれる。
「――すっっっごくかっこ悪いですね」
言ってやった!
私には精いっぱいの攻撃だ。
ふふん、と腕を組みながら、次は令息がなんて返してくるかをシミュレートする。
ああ言ってきたらこう、こう言ってきたらこう。――完璧だ。
だけど目の前の令息は、ぽかんとしたまま動かない。
あれ? あれ? やりすぎたかな。
えっと、どうしよう。一応フォローでも入れておくべき??
「ええっと、貴族を率いていく立場の重責を今一度認識されれば、きっと素敵な大人の男性になれるかと思いますわ」
精いっぱいのフォローでも微動だにしない。せっかくひねり出したフォローの言葉が言い損じゃない。
試しに目の前でぶらぶらと手を振ってみると、びくりと身体を跳ねさせた。ちょ、びっくりさせないで。
そして、急に斜め下を向きながら、鼻をこする。ちょっと頬も赤い気がする。
あれ? なんかおかしいぞ? まさか――。
「へへっ、おもしれー女」
「――はあぁっ!?」




