第2話 私ってば転生しました
夢を見ていた。
花に囲まれた、それはそれは見事な庭園で天使に出会う夢だった。
金色でふわふわくるくるの髪。五月の葉のような深い緑の瞳。午後の光に照らされる彼の背中に、小さな羽が見えた。
彼はなんだか少し怒った顔をしていたけれど、私は天使に会えたのが嬉しくて、手当たり次第に花を摘んでは彼に投げつけた。
深い意味はない。ただ、花びらが舞っていたら彼が更に綺麗になるかなと思っただけ。
彼はすごく驚いた顔をして、また少し怒って、それからくしゃりと顔を歪めながら楽しそうに笑った。
笑った顔は、さらに天使みたいだった。
それから一緒に時を忘れて遊んだ。
彼は、遊び疲れて急に動けなくなった私を背負って、父のところまで運んでくれると言った。
彼の背中に乗りながら探してみたけれど、確かに見えたはずの羽はなくなってて、すごく残念に思った。
心地いい揺れの中で目をつむっていると、不意に彼は言う。
「――――」
その言葉が何故だかうれしくてうれしくて。幼い私は、彼のことが大好きになった。
彼はあの時なんて言ったんだっけ。
◇◇◇
目が覚めると、まだ夜更けの時間だった。
ベッドの上から部屋を見渡すと、部屋中お城のような調度品で一式揃えられているのが見えた。
窓から差し込む月明りに照らした手のひらは、私の記憶よりもずいぶんと小さい。
どうやら本当に転生したらしい。
覚えているのは、バイト帰りに道路へ飛び出した猫を思わず追いかけ、トラックのライトを浴びたような記憶まで。
大学入学を間近に控えた18歳、冬の終わりだった。
「いてて……」
背中の痛みに耐えつつベッドから降りると、部屋の隅に置かれた全身鏡の前に立つ。
映りこんだ少女――ヴィオレッタは、腰まで伸びた紫の髪を三つ編みに束ねており、暗闇の中でもその金の瞳だけは丸く月の様にきらめいている。
あんなに外で駆けまわっていたのにちっとも焼けていない白い肌と、キズ1つない身体をもっていた。
怒りを覚えた私はぎゅっとこぶしを握る。
力が入りすぎてわなわなと震えたそれを床に打ち付けた。5歳児の渾身の力で放たれたそれは絨毯に当たり、とんっと軽い音がした。
「こんの……無課金美少女めっ!!!」
無課金でこれか!? これなのか!? この世界のスキンケアは原料そのままの草練ったやつなのにぃ!?
生前は大学デビューを目論み、バイトを掛け持ちしては毎日働きづめだった。
ダイエットも死ぬ気で頑張ったし、メイクや服の研究だって欠かさない。その為にたくさんのお金を使った。
友人の隣に立っていたくて、そりゃあもう頑張っていた。
だけど、どうだ! 思う存分食べて寝ている少女の方が可愛いし華奢、圧倒的一軍である。
異世界パワーだとでもいうの?
私の人生計画はいとも簡単に狂ってしまった。
猫を助けるためとはいえ、すべての努力が水の泡。夢のキャンパスライフも遥か彼方へ旅立っていった。
絶望。はてさて絶望だよ。
私は絨毯の上に大の字で寝転がると、さめざめ涙を流した。
ゲームの世界でキャンパスライフを堪能すればいいじゃん! と思うかもしれないが、そんな簡単な話じゃあない。
そもそも、ヴィオレッタはこの世界が舞台となったゲーム『ルミナス・ハーツ』にほぼ出てこない、いわゆるモブキャラだ。
何が悲しいかな、攻略対象である兄達のセリフ「お転婆でバカな妹に手を焼いているんだ」でしか存在が示唆されないモブ中のモブだ。
どうせならヒロインが良かった。攻略対象たちを次々と手籠めにしていく彼女になれたら、なんて妄想をしたこともある。
したことあるなんてものじゃない、毎晩のようにしていた。ええ、楽しかったです。
ヴィオレッタはそもそも学力や魔法の資質が足りず、原作の舞台である学園には通うことができない設定だったはず。
お転婆で、わがままで、すぐに手が出る。そんなめちゃくちゃな妹を手なづける方法を、ヒロインに相談する……兄達の攻略ルートでそんな会話イベントがあった。
「なんでヴィオレッタなのよ……」
お先真っ暗だ。もう絶望だ。
ゆっくりと上体を起こして、もう一度鏡を見つめる。鏡の中の白くて丸い頬をつうっと撫でた。
そこにいるのは冴えないクラスメイトAなんかじゃない。
キラキラまんまるで意志の強そうな瞳。髪はゆるりとカーブを描きながら波打っていて、顔立ちは幼いながらも、どこか大人っぽい雰囲気を醸し出している。
圧倒的に『持っている側の人間』だ。
「……きゃわいい」
ま、いいか。なんて現金な自分が顔を出す。
可愛い顔と細身な体。このままいけば誰もが振り返るような美少女に育つ、かもしれない。
魔法の資質……はわからないけれど、学力なら今からでも持ち直せるはずだ。なんたってまだ10歳だし。生前は勉学にも忙しい華のJKだったのだから。
ここはひとつ前向きに考えてみよう。
原作ヒロインの様にきらびやかな学園生活ではないかもしれないけれど、この顔と体があって、かつ横暴な性格さえ治せばさほど酷いことにはならないはず。きっと。たぶん?
それに、原作ヒロインの様に魔物に立ち向かったり、魔王を倒す旅もしなくていい。命の危険がない。これはものすごい利点だ。
そう思うといいことしかなくない?
少し努力は必要かもしれないが、努力することは得意中の得意。勉学だって、魔法の修行? だってこなす自信はある。
まだ10歳。これから頑張れば兄達と同じ学園にも通えるかもしれない。
攻略対象の彼らとヒロインの日常をすぐそばで見ながら、虹色のキャンパスライフを送ることも夢ではないかもしれない。
そう考えてみると、ある意味モブとして生まれてよかったとまで言える。オタク冥利に尽きる。
転生前はみんなに引かれるんじゃないかと隠していたこの趣味、この人生ならさらけ出しても構わないんじゃないだろうか。
え、最高じゃない? 幸せじゃない? いや、幸でしかない。
こうして私の人生の目標は定まった。
勉学に励み、修行の方法かなにかを探して魔法を使えるようになること。
兄達と同じ学校に通い、攻略対象の日常とヒロインの恋と世界の行く末を見届けること。
私自身も虹色のキャンパスライフを思う存分に堪能すること!
なんかきらびやかな天井を見ながらそんなことを考えていると、まぶたが重くなってくる。
さすが子供。昼過ぎからこんな時間まで眠っていたのに、また眠くなるなんて。
絨毯がふかふかで気持ちよすぎるのがいけない。
ううん、せめてベッドで寝たいんだけど……。
結局、抵抗むなしく絨毯の上で眠ってしまったらしい。
明くる朝、第一発見者のメイドは悲鳴を上げたという。いやいや、死んでないって。




