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第18話 あたたかい春の星

「……ヴィオレッタ、起きられるか」


 揺さぶられて目を開けると、眩しいくらいの光が窓から差し込んでいた。

 ぴかぴか光る精霊もそばを飛び回っている。


「……追手?」

「いや、違う。お迎えだ」


 へ? と体を起こすと、アレクシスが手を引いて立ち上がらせてくれる。

 乱れた髪を手櫛で治していると、彼はほこりの着いたスカートを軽く払ってくれた。


「お迎え? 天国への?」

「そんなわけあるか。……ユリウスが来てるぞ」


 勢いよくアレクシスを振り返ると、彼はゆったりとした笑顔を浮かべている。

 

 助かった! 助かったんだ。

 安堵と喜びで飛び上がりそうになる。


 次の瞬間、私は小屋の小さな扉へ全速力で走っていた。


「兄さまっ!!」

「おはよう、ヴィー。迎えが遅くな、って……?」


 扉を開くと、眩しい光の中にユリウスと数人の騎士がいた。向こう側には馬車も見える。

 

 私は小屋から出た勢いのまま、思わずユリウスに飛びついてしまいそうになって、目の前で急ブレーキをかけた。


 潔癖な彼にいきなり抱き着くのは、さすがにダメだよね。

 あぶないあぶない。やらかしてしまうところだった。


「なーに遠慮してんだっ!」

「――きゃっ!」


 小屋からいつの間に出てきたのか、アレクシスに背中をとんっと押されて、よろける。


 わ、あっぶな! と思った瞬間、ユリウスがしっかりと抱き留めてくれた。

 久しぶりに感じる清潔な衣類の清々しい香りと、案外力強いユリウスの腕。


「――相変わらず元気そうだね、アレク」

「おう。出迎えご苦労」


 お願いだから、私を抱きとめたまま話を続けないでほしい!

 

 もぞもぞと動いて、顔だけアレクシスを振り返ると、いたずらっ子のような彼の笑顔が視界に映る。


「兄さまったら何をするの! 私お風呂にも入ってないのに、ユリウス兄さまが汚れちゃうでしょ!?」

「だってよ、ユリウス。離してやれば?」

「やだね」

「は、はあ!?」


 な、何を言ってるんだこの兄は! あなた本についた埃でさえ許せないくらいの潔癖症でしょう!?


 ユリウスの顔を仰ぎ見ると、思っていたよりも近い距離に目を瞬く。

 こんなに近いと思ってなかった。ユリウスとこの距離は心臓に悪い。いろんな意味で。


「ユリウスはヴィオレッタのこと汚いなんて思ったことないってさ」

「……”ヴィオレッタ”だって? アレク、君もしかして」

「……ああ、まあな」


 双子あるあるなの? 何か通じ合っている彼らを横目に、私はユリウスの腕から抜け出そうと四苦八苦していた。いや力つっよ!?


「んんんっ。ちょ、兄さま、たすけて!」


 後ろの兄へ向けて手をバタバタさせると、ユリウスが抱きしめる力を強める。

 え、苦しいんですけど!?


「ヴィーと僕との内緒だと思ってたのに……この、いけず」


 いったい何のことでしょうか! 離してください! 耳元でささやかないで!


「……何やってるんだ」


 ユリウスの背後から、聞きなれた声がした。

 もがいていた身体がその声を聞いてピタッと止まる。

 

「ポ、ポチ……?」

「ああ」


 無事だった、生きてた!

 少しやつれているけれど、あきれたように笑ういつもの彼がそこにいる。

 

 その事実がどうしようもなく嬉しくて、無理やりユリウスを引きはがすと、全力で走り出した。


 地面を思いっきり蹴ってポチの腕の中へ迷いなく飛び込む。


「――心配かけた」

「ううん、いい。無事ならいい」


 なんなく受け止められて、肩口に顔を寄せる。ほんのり雨と汗の匂いがした。

 

 そうして抱き合っていると、後ろからアレクシスの声が聞こえてくる。


「こーら、何やってんだ。兄さまは不純異性交遊なんて認めないって言ったよなァ?」


 アレクシスに腕を引かれ、無理やり引きはがされる。

 

 「俺に距離感考えろって言ってたお前はどこに行ったんだ」と耳打ちされて、顔が熱くなる。

 生きていたことに安堵したんだとはいえ、迷いもなく飛び込んでいった自分に、自分自身が一番びっくりしている。


 はしたないと思われたかも。


 ちらっとポチを見ると、とろけそうなくらいに優しい笑顔をしていた。

 初めて見る顔に、さらに頬が熱くなって、思わず両手でおさえる。


 やっぱり、ポチって私のこと、好き?


 彼が私を好きだっていうその事実だけで、彼の動作のひとつひとつが気になって仕方がない。


「そうそう。ポチ君も、もう少し馬車で寝ていてよかったんだよ? 寝不足でしょ」

「いや、平気だ」

 

 ちょっと不満そうなユリウスが腕を組みながら言う。

 よく見ると、ポチの目の下には隈ができていた。

 

「……大丈夫だった?」

「ポチ君、夜通し屋敷まで走ってきたんだよ」

「夜通し!?」


 驚きの声をあげた私に「大したことじゃない」とポチが言う。


 そんなわけない。よく見れば手も足も傷だらけ。

 あんなにも雨でぬかるんだ道を夜に駆けるのがどんなに大変なことか、私にだって想像できる。


 ポチはそんな私の頭をぽんっとひと撫でするとアレクシスに向き直った。


「……剣、返す。助かった」

「いや、いい」

 

 ポチが腰に挿していた剣を返そうとするけれど、アレクシスは受け取らなかった。


「……根性なしって言って悪かったな。その剣はやる。使え」

「そ、れは……」

「わあ、やったね、ポチ!」


 ポチはただ呆然と剣を見つめていた。

 けれどその瞳は、年相応の少年のように期待感でいっぱいだった。


 アレクシスがポチに剣を使えと言ったということは、騎士を目指してもいいと許しをもらえたという事。

 それは、第一騎士団での訓練を受けられるという事た。


「いい、のか?」

「言っとくが、俺はまだヴィオレッタの傍にいることについては認めてないからな。明日から覚悟しとけ。第一騎士団の訓練でへばるなよ」


 そう言って、アレクシスはポチの肩を叩いて笑った。

 ばしん、という音と共に、ポチの細身の体が揺れる。


 ポチが騎士としての一歩を踏み出したことが、私は自分のことのように嬉しい。

 アレクシスの前では特に表情が乏しい彼に代わって、私は心の底から笑顔を浮かべた。



 

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