第17話 私をヴィーと呼ばなくなった彼
「いいなあ、私も早く精霊と契約したいな」
宙をふわふわと飛び回る青い光を見ながらそう呟く。
「……精霊と契約すると足かせも増えるけどいいのか?」
「足かせ?」
「やりたい仕事はまずやれないだろうしな」
精霊と契約――魔法が使えるようになる人間はほんの一握り。
大陸中の適合者が集うことになる学園でも総生徒数は4学年合わせて100人にも満たない。
卒業後は、ほぼ強制的に王宮配属の魔法使いになるのが習わしだった。
「俺は別にいいんだ。もともとこの家に生まれた以上、王宮で働くのは覚悟していたし。でもヴィオレッタはそうじゃないだろ? やりたいこととか、なんかないのか」
やりたいこと。私のやりたいことなんてあれしかない。
「虹色のキャンパスライフ?」
「いや、おまえなあ……」
呆れたようにアレクシスが笑う。
失敬な! 私の転生前からの最大の夢だぞ。
「勉強して、マナーも完璧に覚えて、精霊と契約して。それでね、学園に行くの。お兄さまたちと一緒に」
「…………」
「そしたら、きっとヴィオレッタも一人じゃなくて寂しくないよ?」
「……一人が寂しいのはお前もだろうに」
あーやだやだ。湿っぽいのが苦手だなんて言う割に、湿っぽくしてくるのはどっちだ……うーん、私か?
アレクシスは寝台にドカッと腰かけて後ろに手をつくと、天井を仰いだ。
「……ポチのことはいいのか?」
「…………」
ポチのことを思い出して言葉に詰まる。
最後に見た彼は、使い慣れていない剣を片手に、2人の追っ手と向かい合っていた。
矢が当たった左腕は、応急処置をしたとはいえ使い物にはならない。
今頃無事にどこかで眠れているかな。
「ポチ、大丈夫だよね?」
「そんな簡単には死なない男だろ、アイツは。朝になったら探しに行こう」
「うん……」
アレクシスは根拠もないのにそんなことを言う。
私はそれでもやっぱり不安が拭えなくて、そっと寝台の上でぎゅっと足を抱えた。
湖の岸辺でまっすぐ私を見つめていた彼の姿が脳裏によぎる。
直接的な言葉はなかったけど、あれはたぶん、告白だった。
「……なんだ、顔が赤いな。なんか言われたか」
アレクシスを見ると、眉間にしわが寄っている。機嫌があまり良くなさそうだ。
「ひみつ」
「ったく、その顔じゃ白状してるようなもんだ。お兄さまは許さないぞ、不純異性交遊だ、お前にはまだ早い」
「私、中身は18歳なんだけど?」
「ぐっ……じ、18歳だって早いだろうが!」
くすくす笑っていると、もう言い返せなくなったのか唇を突き出して渋い顔をしている。
「生意気だ」なんて言いながらおでこを小突いてくるあたり、本当に私のことを妹として扱ってくれるらしい。
アレクシスはまっすぐだけど、まっすぐすぎる――いわゆる頑固なところがある。
こんな風に本当の私自身が、彼と笑って冗談を言い合えるようになるとは思っていなかった。
◇◇◇
いつの間にか眠っていたらしい。
明け方、窓の外が白んできたころに目を覚ますと、アレクシスは椅子に座ったまま、窓の外を眺めていた。
手元には眠ってるのか、じんわりとゆっくり光る精霊がいる。
いつものおちゃらけた雰囲気はなかった。
「……もっと一緒にいられると思ってたんだがなあ」
ぽつりと独り言をこぼすと、こつんと窓ガラスに額をつけた。
聞いていたいような、でも耳をふさいだ方がいいような気もして、結局私は身動きをとることができなかった。
アレクシスは深くため息をつく。
「ヴィー、ごめんな。もっともっと甘えさせてやればよかった」
喉がひゅっと鳴った。
やっぱりアレクシスはヴィオレッタを探している。
私の存在を認めて、妹だと言ってくれたけど、それとこれとは別の話なんだろう。
彼のヴィオレッタはずっと彼女だったんだから。
――ごめんなさい、私が来たからあなたの大好きなあの子じゃなくなっちゃった。
その事実が今さら重くのしかかってくる。
また鼻の奥がつんと痛みだす。彼に見つかるわけにはいかないと狭い寝台の上で寝返りを打った。
シーツを深く被る。口元を覆って涙をこらえていると、物音に気付いたアレクシスが声をかけてきた。
「……ヴィオレッタ、起きたのか?」
床板がきしむ音がして、すぐ近くにアレクシスの気配がする。
私は布を引き寄せるとぎゅっと目をつむって、ひたすらに寝たふりを続けた。
「寝てる、か」
寝台が沈み込む感覚がして、彼がそこに座ったことを知る。
大きな手のひらが、そっと頭を撫でた。
「おやすみ、ヴィオレッタ。――今度はいい夢を」
小さな小屋にアレクシスの声が染み込んでいく。
私は気づいてしまった。
彼が、私を"ヴィー"と呼ぶのを辞めたこと。
彼の中でのヴィーに、今までもこれからも、私では決してなれないことに。




