第14話 ひとりぼっちはさみしい
雨が上がったのは夕方に差し掛かったころだった。
追手も雨で足を止められていたらしい。
少しでも体力を回復しようと眠っていた私を起こしたのはユリウスだった。
「起きろ、追手だ。行くぞ」
木々の奥から、硬い金属がぶつかる乾いた衝撃音が響く。ポチが敵と刃を交えていた。
「ポチは……?」
「……アイツなら大丈夫だ。急げ」
――キン。
ユリウスが片手に握った剣を軽く振ると、2つに切れた矢が足元にぽとりと落ちる。
明らかにこちらを狙いすまして射られたものだった。
「チッ」と舌打ちが聞こえた瞬間、ぐっと胸元の服を握られ引き起こされる。
「――走れッ!」
ドンっと背中を押されて、体勢を崩しながらも必死で足を動かした。
日もだいぶ落ちて暗い中を進んでいく。一歩間違えれば崖の下に真っ逆さまの道を、できる限りの力で走った。
敵はどれくらいいるのか、気配を探ってもはっきりとしない。
後ろでは追いかけてくる敵とユリウスが刃を交わす音が鳴り響いている。
原作では剣が得意じゃないと言っていたのに、私を守るために必死になって戦ってくれている。
「おい!」
「ああ、ポチか。……そっちはどうだ?」
「3人はやった。あと2人いたはずだが――」
「十分だ、よくやった」
2人の声に安堵して、思わず振り返った瞬間。
「――ヴィー! 前だ!」
視線を戻すと、暗い影から伸びた刃が目前に迫っていた。
「くそっ」とユリウスの声がする。ぐっと後ろへ腕を引っ張られると、前髪が切れそうなほど近くを刃が通っていった。
ポチが追手の首にナイフを突き立てようとするも、もう一人の追手に腕を掴まれて制されてしまう。
「あ、あ――」
体勢を崩した拍子に、濡れた地面を足が滑った。
落ちる、と思ったときにはもう遅かった。ぐらりと視界が揺れて、身体が宙に浮く。
「ヴィオレッタ!」
聞いたことないほど切迫したポチの声。
こちらに気をとられた瞬間に追手がポチの剣を弾くのが見えた。
「ポチ! 兄さま!」
無意識に伸ばした私の手をユリウスが空中で掴み取った。そのまま腕の中へと引き寄せられる。
「――使えッ!」
ユリウスが片手に握っていた剣を空高く投げる。
ポチは地面に突き刺さったそれを引き抜くと、迫り来る追手へと向き直った。
私が視界に収められたのはそこまで。
拠り所のない浮遊感の中で、必死にユリウスの服を握りこむ。
「大丈夫だ。大丈夫だからな」
ぎゅうっと抱え込まれたまま、衝撃に備える。
眼前に水位の増した大きな川が迫っていた。
ユリウスが私をかばうように空中で体勢を変える。
それでも川にたたきつけられた衝撃はすさまじく、私はいとも簡単に意識を手放してしまった。
◇◇◇
気が付くと私は暗闇にいた。
周りには何もなく、どこまで続いているのかもわからないような闇だけが広がっている。
なんとなく手のひらを見るとヴィオレッタの手よりもずっと大きい。
その場でくるりと回ると、セーラー服のプリーツがひらりと舞った。
ぺたぺたと顔を触ってみる。凹凸の少ない日本人らしい平凡な顔だ。
生前には見飽きていた18歳の自分の姿だった。
ああ、夢でも見てるのか。
……それとも、ヴィオレッタの方が夢だったのかな。
幸せな夢だった。無力だったけど、大好きなゲームのキャラ達に囲まれて、寂しいなんて感じる暇もない日々だった。
あの日々が死ぬ前に見る走馬灯だったとしたら、この人生に何も悔いはない。
いや、あるかも。
やっぱり学園生活を送ってみたかったし、初恋の彼にもまだ会えてないし、思いを伝えてくれたポチに返事もしてない。
死ぬ前に見る夢だったとしても、みんなにもう一度会いたい。久しぶりに感じる独りは寂しすぎる。
そう思った時だった――。
ぼんやりと目の前に光が浮かび上がる。
ぽわぽわと漂っていた光はやがて、3人の人影に変わっていった。
ユリウス、アレクシス、ポチ。
後姿の彼らは何か話しているようで、私の存在に気が付いていない。
「兄さま! ポチ!」
駆け寄りながら、声の限りに叫ぶ。
「ユリウス兄さま、ポチ、怪我はない? 大丈夫だった!?」
振り返った彼らが怪訝な顔をして顔を見合わせている。
3人が声を合わせて、言った。
「――お前、誰だ?」




