第13話 絶体絶命のピンチ
目前へと迫った林にほっとしていると、「ぐっ」とくぐもったポチの声が後ろから聞こえてきた。
「ポ、ポチ、大丈夫!?」
「――振り返るな! 行けっ!」
振り返りかけた身体を押しとどめて、無理やり前を向く。
足ががくがくと震えて崩れ落ちそうになるのを、ポチの一喝を聞いてどうにか堪えた。
全神経を後ろから続く足音に集中させる。
不規則ながらも聞こえてくる足音があることを確認して、林の中へと駆け込んだ。
「ポチ! ポチ! 大丈夫だよね!?」
「――大丈夫だから、叫ぶな。足を止めるなよ」
敵から矢が飛んでくる心配がなくなったからか、ポチが速度を上げて横に並んだ。
ぜえ、ぜえ、と息を切らしている私の背中を支えるように手を添えてくれる。
そのうち、雨が降り出した。
あんなにも晴れた空だったのに、静かに降りだした雨は服を濡らして重くする。
視界も急に日が陰ってはっきりとしない。
「――っ!」
走り続けた足が限界を迎え、張り出した木の根につまづいてしまう。
ばちゃっと音がする。服が濡れて気持ち悪い。
息を切らした喉が痛んで、まともに話すことすらできない。
「……掴まれるか」
「ごめ、ごめん、ね」
ポチに背負われて近くの大きな木の根元に下ろされる。
見上げると、幾重にも葉が重なって雨を防いでくれていた。
大きな幹にもたれかかっていると、横にポチがどかりと座った。
手に握っていた小さなナイフを懐にしまうと、ふうっと長く息を吐く。
さすがの彼でも疲労の色が濃い。ただ、それだけじゃない気がして、私は顔を覗き込んだ。
「何だ」
「ケガ、した?」
「……してない」
返答までのわずかな間と、逸らされた視線が物語っていた。
ポチの濡れた身体をペタペタ触っていると、左の上腕あたりで身体が強張る。
暗い中で目を凝らすと、服の一部に穴が開いていた。
「矢が当たったの?」
「……あたってない」
そう言って傷口を隠すように体勢を変える。
ポチはわかっていない。そんな態度で私がどんな気持ちになるのか。傍にいたいと言うのなら、彼に分かってもらわないといけない。
ポチの懐へ無遠慮に手を突っ込み、先ほどしまった小さなナイフを取り出すと、スカートの中で汚れていなさそうな部分に切り込みを入れて割く。
びりっとあたりに響いた音を聞いてポチは目を丸くしていた。
「バカはあなたよ」
「何を……っ」
傷を覆うように袖をまくり上げ、その上からきつく布を巻き付けていく。
「ポチはバカだわ。私のこと全然わかってない。アレク兄さまの方がまだマシなくらい」
ポチは大人しく腕を差し出しながら、アレクシスの名前を聞いて、むっとしている。どうやらライバル意識があるらしい。
私は布を巻き終えると、雨で冷えたポチの手をぎゅっと握った。心なしか私の手は震えて止まらない。
さっき走っていた時に後ろから聞こえたポチのうめき声。
どんなに不安で苦しくても、走るのを止められない状況と、この生で初めてすぐそこに感じる死。
振り返ってポチが死んでたらどうしようって思った瞬間を思い出す。
「心配くらいさせてよ。心配もしちゃだめなんて言われたら、わたし、どうしたら……」
潤んでくる視界。
そっとポチの頬に手を伸ばして、ゆるりと撫でる。じんわりと伝わる温かさで彼がまだ生きていることを実感した。
「わかった。わかったから、泣くな」
「バカ」
「わかった、俺はバカだな、それでいいから泣き止んでくれ」
珍しくあわてた彼にぎゅうっと抱きしめられる。とくんとくんと聞こえる心臓の音が心地いい。
「……すまなかった。手当、ありがとう」
耳元で聞こえた声に胸の奥があたたかくなる。
あやすように背中を叩かれ、体力的に限界だった身体はゆっくりとまどろんでいった。
◇◇◇
そうしてどれくらい経っただろう?
雨の勢いが弱まったころ、ガサリと草をかき分ける音がして飛び起きた。
ポチが私をかばうように前に立ち、音のする方向をにらみつけている。
すぐにでも動けるように手を握られた。
「――――ああ、いた!」
だけど、草むらから顔出したのはユリウスだった。
頭のあちらこちらにつけた葉っぱを払いながらこちらへ向かってくる。
「兄さまっ!」
「おう、怪我ないか?」
ポチの背中から飛び出して駆け寄る。大きな手のひらでぐりぐりと頭を撫でられた。
「私は大丈夫、あの、守ってもらったから。でも……」
ポチを振り返って、布を巻かれた腕を指す。
ユリウスには隠したかったのか、ポチは気まずそうに視線をそらした。
「……そうか。よく守ってくれたな」
「い、いや……」
「――2人とも無事でよかった。馬が倒れていたのを見た時は正直肝が冷えた」
そう言って声をあげて笑う。さっきまで不安でいっぱいだった心が少し軽くなっていった。




