第12話 もしかして好き……?
「頑張るだけじゃ、お前の隣にいられないんだ」
ポチの言葉に、私は思わず息を飲み込んだ。
相変わらず見つめてくる瞳は、獲物を前にしたオオカミの様に鋭い。
食べられちゃうんじゃないか、なんてそんなことを思ってしまうくらいの強い瞳だった。
「私に無理やり連れてこられたのに?」
「……無理やりじゃないさ」
そう呟くと、静かな湖面に視線を移した彼は、遠い目をした。
何かを話そうとして口を開いては、言葉を探すように閉じる。
「ヴィオレッタの騎士になることを選んだのは、まぎれもなく俺の意志だ。俺がそうしたいと思った」
彼は何度も悩みながら、ぽつぽつと話し始めた。
「――あの頃の俺は組織に嫌気がさしていた。ただ、どうしても逆らいきれなくて、ずっと諦めてた。……お前に会うまで」
「わたし?」
「そう。初めて会った路地裏で、お前自分がなんて言ってたか覚えてるか?」
口元に微笑みを浮かべながら、問いかけてくる。
まるでいたずらをしているときのような笑みだ。
「お、覚えてない。あの時は必死だったし」
「だろうな。お前は『こんな幼い子に手をあげるなんて』と言っていた。どう見てもお前の方が”幼い子”なのに」
あの時は必死すぎて忘れていた。私がこの世界では10歳だってこと。
思わず「……あ」とこぼした私に、くすくすと笑いながらポチは語る。
「馬鹿だな、と思った」
「な、なによ……私なりに必死だったのよ」
「ああ。それで何をしているのか聞いたら、俺を助けたいんだと言っていた」
「確かにそれは言ったわね」
「馬鹿だな、と思った」
「なっ!?」と声を上げた私を、ポチはアハハと声をあげて笑う。くしゃりと歪んだ顔には年相応のあどけなさが残っている。
ひとしきり笑い、ふうっと息を吐くと、また湖面を見つめた。なんだか今日は遠い目ばかりしている。
「それから、俺が死ぬんじゃないかと心配してた」
「……うん」
「馬鹿だなあ、と愛しくなった」
繋がれていた手がゆるりと動いて、指を絡めてくる。 隙間を埋めるようにぎゅうっと握りこまれて、心臓がどくんと跳ねた。
思わず顔を上げると、いつの間にかこちらをじいっと見つめている彼と目が合う。ぐっと彼の顔が近づいた。
「――ヴィオレッタ」
「……はい」
「お前の、一番近くにいさせてほしい。俺はきっと、これから誰よりも強くなると約束する。お前にもう寂しい思いはさせない」
私も死にそうなくらい寂しかった、と彼に伝えた記憶が脳裏に蘇る。
ポチに嫌われてはいないだろうと思っていたけれど、こんなにも思いを寄せてもらっていたなんて、知らなかった。
いつも鋭い瞳が、こちらを窺うようにひそめられている。
ポチを助けてからいつも疑問に思っていた。
――ヴィオレッタだったら、路地裏にいた彼を助けたんだろうか?
私がしたことはきっと、シナリオにないこと。原作での彼の人生はどんな人生だったんだろう。どんな人生であれ、私が関わったことで彼の人生は変わってしまった。
このまま原作のシナリオを変えて私が学園に通うのなら、魔法の扱えない彼はきっと傍に居続けることはできない。
学園に通う4年間、彼は私の帰りを待っていてくれるだろうか。
私の幸せは夢にまで見た学園生活を送ることなのか。それとも、傍に彼がいることなのか。
「い、一番近くっていうのは、騎士として?」
「……もしもそれ以上を望んでいる、と言ったら?」
彼がどんな気持ちでその言葉を口にしたのか、今の私には見当もつかない。
覗き込んできた鈍色の瞳が淡く揺れている。
彼はそっと手を伸ばし、とんっと私の肩を押した。
ブランケットへ倒れこんだ私に覆いかぶさってくる。
整った顔立ちと褐色の肌が目の前に迫って、心臓が耳のすぐ近くにあるんじゃないかってくらいにうるさい。
思わず「ま、待って」と叫ぼうとした口を、彼の大きな手のひらで塞がれた。
――あれ?
ちょっと苦しいくらいの力で掴まれて違和感に目を瞬く。すぐ近くにある彼の瞳が鋭く光っていることに気が付いた。
視線は、湖を背にした向こう側へ注がれている。
その時、すぐ近くにつないでいた馬が大きく嘶いた。
ドスンと地面に大きなものが落ちたような音がする。
「な、なに……っ!?」
「――馬がやられたな」
チッと舌打ちをして、さらに深く覆いかぶさってくる。もうほぼ抱きしめられていると言って差し支えない。
さすがの私でもこの状況では跳ねのけることもできず、なされるがままだった。
「走れるか」
「う、うん」
耳のすぐそばでポチの声がして、反射的に頷いていた。
「合図をしたら、馬とは反対方向へ。林に入っても振り返らず走れ」
「ポ、ポチは……?」
「大丈夫だ、一緒に行こう。――1人にはしない」
彼の胸元に縋りついて「約束だよ」と呟くと、ふっとこぼすような吐息が聞こえてくる。
頭を撫でた手つきは柔らかくて、胸のざわめきが深くなる。
「行くぞ――今だ!」
ポチの合図に急いで起き上がると、地面を蹴る。
彼も後ろに続いている気配はするけれど、振り返る余裕はこれっぽちもない。
敵が放つ矢をポチが短剣で弾く甲高い音が響いて、一層走る足に力を込めた。




