第11話 よくもだましたな!(赤面)
「君は知らなかったんだね。ポチってこの世界では”愛しい人”って意味だよ」
――はい!?
「え、あ、へ?」
「ポチ呼びを許してたんだから、彼もそういう事だよね?」
ユリウスから放たれた言葉で、顔へどんどんと血が集まるのを感じる。
い、い、愛しい人ですって?
じゃ、じゃあ、そんなの、お兄さまたちの前で恋人を紹介したようなものじゃない!
肉親の前で”ダーリン”って呼んでいるのと何ら変わらないじゃないのよ!
アレクシスの前で言った言葉を思い出す。
『えっと、兄さま、あのね。ポチ(ダーリン)を私の騎士に――』
あああああ。
叶うなら、彼に名付ける前の自分に戻りたい。これはアレクシスに怒られたって仕方ない!
彼にしてみれば、自分のいない間に妹に悪い虫がついていたようにしか見えないはず。
「よ、」
「……よ?」
「よくも騙したわねっ!!!」
「いや、なんでよ」と言いながら笑うユリウスの胸板を、ぽこぽこと力の入らない拳で殴りつける。
八つ当たりだとは重々承知しているが、この羞恥をどこに逃がせばいいの!
しばらくユリウスには身代わりになっていただきました。ぽこぽこぽこ。
◇◇◇
決闘の日から一週間。ポチもアレクシスも、私の前に顔を出さなかった。
ユリウスによると、アレクシスはあの日私に向けて殺気立ってしまったことを後で猛省していたらしい。
もともとケンカしてたもんだから、余計にこじれてしまった。
「まずは、まだこじれてなさそうなポチ君から攻略する?」とユリウスが言った一言で、屋敷からほど近い湖に出かけることが決まった。
私と、ポチと、案内役としてユリウス。馬2頭に別れて1時間半の距離だった。もちろん兄権限により私とユリウスが同じ馬。
木立を抜けると、開けた草原が見えた。見渡す限りの湖が広がっていて、湖畔には白い小花まで咲いている。まるで絵本の世界だった。
澄んだ空気を思いっきり吸い込んで、うんと伸びをする。
「うーん! いい空気! ね、2人もこっちに……」
伸びをしたまま振り返ると、それぞれ馬のそばで微動だにせず明後日の方向を見ていた。
いや、確かに決して気安いメンバーではないけれど、もう少しこちらに寄り添ってくれてもいいんじゃないでしょうか。兄さまが企画したくせに!
伸ばした腕をため息とともに下ろすと、馬の背に積んだ荷物から大判のブランケットを引っ張り出した。
ばさりと広げて敷くと、真ん中に腰を下ろす。
「こっち、来て」
両隣をバシバシ叩いても動かない2人。なおも叩き続ける私。はたから見たら大変シュールな絵面だ。
諦めない私に根負けしたのか、2人は馬を近くの木に結ぶと、私を挟む形で隣に座った。
ただ、このメンツで並んでも会話がない……のよね。
ポチもあまり話す方じゃないし、ユリウスも私には優しいけれど、もともと人見知りというか、人嫌いなところがある。
ここまでの道のりもずっと沈黙だった。
この空気どうしてくれよう。
「……あー、いいところだよね、景色もいいし。少し馬に乗ってこようかな」
「兄さま?」
――おかしい。
なんかこの兄、朝から変だ。
じいやが護衛をつけるべきだと言ったのを断っていたのも、今思えばすごく変だ。剣の腕はからっきしなのに、まるでアレクシスみたいなことを言っていた。
毛先がくるっと外向きにはねていて、目の下にほくろさえあれば、今の彼はアレクシスそのもの。
じいっと見つめてみると、気まずそうに視線をそらした。頭の後ろで腕を組みながら、下手な口笛でも吹きそうな雰囲気さえする。
少し馬に乗ってこようかな、だなんて。いくら私とポチを二人きりにさせたいからと言って、いつもの彼ならもっとスマートに抜け出しているはず。
……熱でもあるんじゃないだろうか。
「兄さま、熱でもあるんじゃない? そんな調子で馬に乗って大丈夫?」
「……大丈夫だって」
「私も一緒に行――」
立ち上がろうとしたとき、反対からぎゅっと手を握られる感触がした。
握られた手をたどっていくと、そっぽを向いているポチがいる。髪の隙間からちらっと見える耳がなんだか赤い。
「ポチ?」
「その名前はやめろ」
「……湖一周してくる。それじゃ、またあとで」
え、お兄さま!? なんて言う暇もなく軽やかに馬に飛び乗ると、振り返らずに去っていく。
ぽかん、とその後ろ姿を見送っていると、ぐいっと繋がれた手が引かれた。
振り返ると、ポチがこちらを見ている。
長い足を片方抱え込むように立てて、膝に頬を乗せている。上目遣いはずるくないですか。
見とれてしまって動けないでいると、また手を引かれた。
「……行くな」
「は、はい」
導かれるままに浮かせかけた腰を下ろすと、ほっとしたのか、ポチは一つ息を吐いた。
2人の間に沈黙が流れて、何を話せばいいのかどんどんわからなくなる。
決闘のこと? でも負けてしまった彼にその話をするのは気が引ける。
アレクシスのこと? いや、彼にとってはあまり好ましい相手ではないだろうし……。
そんな中で口を開いたのはポチの方だった。
「……見苦しい姿を見せた。すまなかった」
「そんなこと、ない」
もともと感情を読み取りづらい声だなと常々思っていたけれど、今日の彼は特にそうだ。
淡々としていて、静かで、まるで目の前にある湖のような、そんな話し方をする。
彼はじいっとこちらを見つめていた。
つないだ手から彼の心臓の音まで伝わってくるような静けさに、心がざわざわして落ち着かない。
「勝ちたかった」
「すごく頑張ってたのわかったよ」
「頑張るだけじゃダメなんだ」
ぎゅっと握られた手に力がこめられる。
今日は兄さまだけじゃなく、ポチまでなんだか変だ。
こちらを穴が空くんじゃないかって程に、じいっと見てくる。
居心地が悪くなって、そっと視線を外すと、それを許さないとでもいうかのように覗き込んできた。
「頑張るだけじゃ、お前の隣にいられないんだ」
ポチの言葉に、私は思わず息を飲み込んだ。




