第10話 愛しい人(?)
「……ヴィー、お前。その男誰だ?」
部屋に痛いほどの沈黙が落ちる。
アレクシスはあふれる殺気を抑えようともせずつかつかと歩み寄る。
真正面から顔が重なりそうなほど近づいて、ポチをにらみつけた。
「こ、これにはね、ちょっと事情があって。街で助けてもらったの。それで――」
「そうか。妹が世話になったな。謝礼は弾もう。出ていけ」
ちょ、ちょっと! 予想はしてたけど兄さまったら全然私の話聞く気ないね!?
ポチもポチで何にらみ合ってるの!?
せめて2人を引き離そうとアレクシスの上着の裾をこれでもかと引っ張った。けど全然動かない。いや、体幹強すぎないか?
「えっと、兄さま、あのね。ポチを私の騎士に――」
「ポチだぁ!?」
あふれる殺気をそのままにぐりっと振り返って、私をにらみつける。
そんな変なこと言ったかしら!?
急に振り返るものだから、体勢を崩して床にしりもちをついてしまった。
「いててて……。お名前つけてあげたのよ。名前ないっていうから、ポチって」
「――ほう?」
アレクシスの額に青筋が浮かぶのが見えた。ここまで怒っている彼を私もヴィオレッタも知らない。
救いを求めてユリウスに視線を投げたけれど、あきれ顔で首を振っていた。
「僕もね、その名前はどうかと思うよ。……やっちゃえ、アレク!」
「何よ、みんなして。何でポチじゃダメなの!?」
ついにはユリウスまで状況をあおりだした。遠くで頭を抱えるじいやが目に映る。
私の言葉にアレクシスは額に浮かべた青筋をさらに深めると、ぎぎぎっと壊れた人形の様にポチへ向き直った。
「おい、ポチとか言ったなァ、お前」
「……ああ」
「騎士になるなら、俺を倒してからにしろ。ヴィーの騎士の座をかけて俺と決闘だ!」
ビシ! と効果音がしそうなほど力強くポチへ人差し指を突き付け、もう一方の手でポケットから取り出した手袋を投げつける。
ポチもアレクシスの言葉を鼻で笑うと、私を横目でちらっと見た。
そして「望むところだ」と手にはめていた手袋を外すと、アレクシスへと投げつける。
決闘の合図だ。
乙女ゲーやその他でもあるある、ヒロインを挟んで取り合う決闘シーン。どちらが勝っても負けても大変においしい展開である。
なのに! そのはずなのに! このどうしようもない心のざわめきは何だろう。
どっちにも勝ってほしいし、負けてほしくない。
ヒロインでもないのに、どうしてこんな思いをする羽目になったのか。
◇◇◇
騎士団の訓練場で、真剣を手に2人は向かい合った。
アレクシスが悠々と構える一方、ポチは握り慣れないのか、剣の重さを何度も確認していた。
じいやが立会人として決闘の内容を読み上げる中、ユリウスは私にそっと耳打ちをする。
「どっちが勝つと思う?」
「……ポチに勝ってほしいわ」
「ふふ、それはアレクシスが勝つとわかっている顔だね」
わかっている。いくらポチが強くたって、神童と呼ばれているアレクシスに勝てる見込みはない。
特に使い慣れていない剣の戦いならなおさら。
兄さまも、下手にケガをさせたりしない、よね?
決闘が始まると、ポチの劣勢は明らかだった。アレクシスが踏み込みながら放つ剣撃に防戦一方。
剣の腕はアレクシスに軍配が上がるが、ポチには恵まれた体格がある。だが、リーチの差を感じさせないほどアレクシスの剣裁きは磨き抜かれていた。
「どうした! 騎士になるんじゃなかったのか! そんな剣で彼女のそばにいられるとでも!?」
「……ぐっ」
高笑いしながら打ち込むアレクシス。剣を遠くへ払ってしまえば決着はつくのに、わざとそうしていない。
ポチへ打ち込みながら、己との力量差を見せつけている。
「ああ、そうか。剣は苦手か? 騎士としてどうかとは思うが、まあいい。素手でやろうか」
そう言って、剣を地面に突き刺し、アレクシスは拳を握った。
ポチは戸惑いつつも、同じようにして構えをとる。路地裏で見た時の鋭い目つきが彼に宿っていた。
剣ではなく拳なら、彼のリーチが存分に生かせる――と思ったのもつかの間、アレクシスの振りぬいた拳はポチの顎を捉えていた。
ポチの身体が宙を飛び、地面にたたきつけられる。
勝負は明らかだった。
それなのに、ポチはまだ立ち上がる気でいるらしい。地面に腕をつきながら懸命に体を起こそうとしている彼へ、ゆっくりとアレクシスが近づいていく。
「もういいよ! お兄さま、もうやめて!」
私は思わず走り出していた。
手首をぶらぶらと振りながら、近づいてくるアレクシスからかばうように、ポチを背にする。
普段の彼からは想像もできないほど、アレクシスの瞳は冷たかった。殺気さえ感じる。
「ヴィー、どけ」
「どかないわよ! ポチを殺す気!?」
負けじとにらみ返して叫ぶと、見とがめたじいやから「勝負あり!」の声がかかる。
その声を聞いて緊張を解いたのか、アレクシスは瞬きをすると、私から視線を外した。
「そんな根性なしじゃ、騎士になるどころか剣を握る資格すらないな。……出直してこい」
ポチへ向けてそう言い捨てると、踵を返して去っていった。
私も安心から体の力が抜けて、へなへなと座り込んでしまう。
なにあれ、いったい今の誰だったの……?
あんな殺気、ヴィオレッタに向けたことなんて一度もなかったじゃない。
「そうだ、ポチ大丈夫!? ああ、痛そう……っ」
地面に腕をついたままの彼に駆け寄る。殴られた部分が一目見て分かるほどに腫れあがっていた。
「触るなっ!」
そっと触れようと伸ばした手が、乱暴に振り払われ、宙をさまよう。
ただでさえ彼の鋭い目つきが、威嚇するように開かれていた。
「わ、わたし、ただ、大丈夫かなって。ねえ、ポチ」
「……もうポチと呼ぶな」
「――冷やした方がいいよ、ほら」
やってきたユリウスが投げた氷袋を受け取ると、ポチはすっと立ち上がる。
私には見向きもせずに、足早に走り去っていった。
「な、なんなのよ……」
「プライド。折られちゃったんじゃない?」
へたり込んだ私のすぐ隣にユリウスがしゃがみ込む。
乱れた私の髪の毛を直しながら、つぶやくように言った。
「大好きな女の子の前でコテンパンにやられて。そのうえ、その女の子に守られて、さ」
「私そんなつもりなくて、ただ、あのままじゃお兄さまに殺されちゃうかもって。ただそれだけ、で」
「まあ、彼も。それだけ真剣だったってことかな。もちろんアレクもね」
肩をぽんぽんと叩かれる。
へたり込んだままの私は、ユリウスの言った大事なことを聞き逃していた。
「てか、え!? 大好きな女の子!?」
「……気づいてなかったわけ?」
ああ、そうか。とユリウスが独り言ちている。
ふうんだの、ははーんだの言いながら意味深な視線を投げてくる彼に思わずしがみついた。
「ねえ、どういうこと!?」
「なるほどね? そういうことかぁ」
ああ! じれったい!
いったい、どういうことなのよ!
ゆっさゆっさと彼を揺さぶると、それでもにやにやと笑ってこちらを見つめていた。
「君は知らなかったんだね。ポチってこの世界では”愛しい人”って意味だよ」
――はい!?




