第1話 突然ですが
――突然ですが皆さま、わたくし、庭の木から落ちました。
フィオレンツェ家の静かな庭園の一角で、メイド達の悲鳴が上がった。
小さな頃から登り慣れた木だったのに、いつの間にか枝がもろくなっていたらしい。
あ、と思った瞬間にバキッと音が鳴って、身体が宙に浮いた。
ぐらりと傾いて、視界いっぱいに太陽と自分の長い紫の髪が広がる。
何もつかめない小さな手のひらと、地面に叩きつけられた背中への衝撃。一瞬で視界が白んでいった。
きーんと鳴り響く耳鳴りの中で、あわただしい侍従達の声が聞こえる。
ああ、こんなところで死ぬのかしら、わたくし。
地面に体を横たえたままでいると、ふと過去の記憶が脳裏によみがえってくる。
これがいわゆる走馬灯というやつでしょうか。
夜中にベッドから抜け出して厨房に忍び込んでは、つまみ食いをしたこと。
赤ん坊のころから世話をしてくれている執事や乳母を変なあだ名で呼んでは困らせていること。
……父にせがんで連れて行ってもらった王宮で、庭園の花を片っ端から引きちぎったこと。
あら? わたくしってば、ろくなことしてませんね。
いえ、きっとわたくしの10年という短い人生にも、素敵な瞬間があったはずです。
うーんうーんと唸りながら、必死に脳内の記憶を探る。
顔をしかめて唸り続ける様子に周りは一層あわただしくなっていった。
ああ、そうそうこんなこともありました。
学校帰りにハンバーガー屋さんでポテトを摘まんで語り合った放課後。
ポテトをたんまり食べたくせに、みんなに置いて行かれたくなくて必死にダイエットをしたり。
……内緒で夜更けまでお気に入りの乙女ゲームに没頭したり。
いやいや、これいったい誰の記憶ですか?
痛みに耐えながら薄目を開くと、太陽を遮るようにわたくしを覗き込む影。
見慣れた紺に近い青色の髪と、金色の瞳の人物が2人――双子の兄達でした。
「大丈夫か、ヴィー」
「しっかり。今医者を呼んでる」
そっと抱き起され、兄達の顔をじっと見つめる。
酷く打った背中と肺が痛くて「けほっ」と咳をした。
生まれてからずっと見てきたはずの兄。
なのに、なんだか違和感を覚えて震える手を伸ばすと、そっと握られる。
「に、いさま?」
「ああ、ヴィー、ヴィオレッタ。大丈夫、大丈夫だからな」
ヴィオレッタ。
その名前を聞いた時、どくんと胸の奥底が鳴った。
ぞわぞわぞわっと鳥肌が皮膚を這い上ってくる。
――あ、私、転生してるじゃん。
これ、ゲームの世界じゃん。
目の前の兄達こそが、私の大好きだった乙女ゲームでの攻略対象だ。
青いサラサラの髪でほんの少し吊り目がちな兄のユリウスと、少し毛先がくるっとしていて、右目の下にほくろがある以外はそっくりな弟のアレクシス。
気が付くと、2人の端正な顔にはさまれていた。
え、あ、ちょっと無理かも!
ただでさえ男性に対して耐性がないのに、いきなり美少年サンドイッチは心臓に悪すぎる!
思わず逃げ出そうと無意識に体をひねった。
「――いっつぅ!」
「こら、動くな!」
アレクシスにこれ以上動かないようぎゅっと抱きしめられ、今までろくに異性と触れ合ってこなかった私は「あ、あ、」と意味のない音を口にした。
そんな私の額に、ユリウスが手を伸ばす。
「お前はいつも兄様を心配させるね。大人しくしてなさい」
顔色を見ようとしたのか、ユリウスの指先が顔にかかった髪を払う。近づいてきた顔に思わず渾身の力でのけぞった。
触れ合った肌から伝わる鼓動と、額を撫でる指先。
私のキャパシティはいとも簡単にオーバーヒートした。
「おっ」
「「……お?」」
「――――おーまいごっど!」
「「おー、まい? なんだって?」」
ぷしゅう。
音を立てそうなほどにゆで上がった脳みそは、そこで意識を失った。
第一話、読んでいただきありがとうございます!
本日は4話まで更新予定、その後しばらくは毎日朝夜に1話ずつ更新予定です。
ぜひ、ブックマークをしてお待ちいただければ幸いです。
少しでも『面白い!』と思っていただけましたら、↓の『☆☆☆☆☆』を
タップして評価をおねがいします。
☆1つだってかまいません、私の執筆の原動力になります!
完結まで、応援どうかよろしくお願いいたします。
夏野にに




