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5:


 その後しばらくの間は、誰とも接することなく、ジャングルの中で一人暮らしていた。

 特にすることはない。

 飢えたら獣を狩り、疲れたら休む。

 ただそれだけ。

 考えることは極力避けた。

 私は決して強くはない。自分の弱気に勝てる気がしなかったからだ。

 どうしても、ろくでもない考えが頭をよぎるときは、無心になれるまで、いや、無心になどなれないので疲れて倒れるまで剣を振るい続けた。


 そんなことをしているうちに、自分の中にある今までなかった力を自覚する。

 一つは私は実態を持たないもの、亡霊だとか、霧と化した魔獣だとかを、切る能力。

 もう一つは私の存在を相手に認識させなくする能力。

 どちらもドロウレイス(悪霊)の呼び名に相応しい能力だ。全てのドロウレイスが同じ力を持つのだろうか。

 『岩を砕く者』は私にも超常能力が与えられたはずだが、それは彼には分からないと言っていた。

 ドロウレイスは蠍神の祝福によって、何らかの力が与えられ、それは他の者には分からないという事だ。

 強力な力であるが、私はこれを使わないと決めた。

 蠍神の加護など必要ないと思っていたし、なによりこの力を使うと、蠍神の気配を強く感じるのだ。

 正直言って気分が悪い。


 私の中には自分自身へと、蠍神に対する怒りが常にある。

 そしてドロウレイスとして生きねばならない使命がある。

 私はドロウレイスではあるが、蠍神への信仰はほぼ失ってしまった。

 自分でも皮肉なことだと思う。




 ひと月が過ぎたころ、ラッシャキンが私を探して森に入ってきた。

 威圧する気配を垂れ流し、「薔薇(ロザ)どこにいる?」と大きな声で叫んでいた。

 これでは狩りにならない。

 私は族長の前に立ち声をかける。


「族長、何かの嫌がらせですか?」


「本気で気配を消されると、俺でもお前を探すのに骨が折れる。この方が早いだろ?」


 族長は冗談とも本気ともとれる調子で答えた。


「その『薔薇』とは私のこと、でよろしいのですね?」


「ああ、何のことかはよく分からんが、『密林の薔薇』は長くて呼びにくい。別にいいだろう?」


「族長がそう思われるのでしたら、私は構いませんが、私の名は『密林の薔薇』です。公ではそう呼んで頂かないと」


「分かってる。場所はわきまえる。で、お前に用があるから来たんだが、話をしても大丈夫か?」


「はい。でなければのこのこ出てきませんよ」


「そりゃそうだ。用件はコマリのことだ。正式に蠍神(スコルピウス)の巫女となるための訓練を始めたいのだが、うんと言わん。

 『姉様が戻ってきているのにお会いできないうちは嫌です』の一点張りだ。

 挙句の果てにはお前を探しに森に行くと言い出す始末で困ってるんだよ。何とかしてくれ」


「よろしいのではありませんか?蠍神の巫女などにならなくても」


「おい、言葉を慎め。我々の暮らしは蠍神への信仰があってのものだ。一族の立場というものもある。

 俺には嫡男がいないからな。まあ、巫女と言ってもいずれは婿を取ることになるだろう。心配はいらんさ」


「族長も随分と不敬なことをおっしゃっているように聞こえますが?」


「親の本音だ。神の妻になると言えば聞こえがいいが、実のところは貢ぎ物だろうよ」


「まあ、そんなところでしょうね。私はドロウレイスになる以前にコマリ様をお守りすると誓っております。

 相手が蠍神であろうと、その誓いは有効ですから」


「そりゃ心強いが……実際そうもいかんだろう。お前にも立場ってもんがある」


 族長の口ぶりからして、私が蠍神に盾突くことが何を意味するのかを知らないようだ。

 まあ、ドロウレイスにならねば知れないだろうとも思う。


「それはその時になったら、という事です。形式上は伝統にのっとってコマリ様には巫女になっていただく方が良いですね」


「その通りだ。だからすまんが、顔を出してやってくれないか?それでコマリの気が済むのならそれに越したことはない」


 私は考える。

 私は母を殺した。私の母はコマリ様にとっては叔母だ。ましてやカルレア様から見れば姉の仇。

 どの顔を下げて会えばいいのだろうか。

 俯く私に、族長が声をかけた。


「難しいことは考えなくても大丈夫だ。今は何も触れないでいい。コマリも大人になるころにはちゃんと理解できるはずだ。

 何より、お前も自分を責めるな。義兄(あに)上も義姉(あね)上も納得の上でのことだ。

 この上お前まで失ったら……誰よりコマリが悲しむ」


「はい。ですが私はドロウレイス。それは曲げられません。その話もコマリ様にしたいと思います」


「……そうか。それも必要かもしれんな」


 私は族長と共に村に戻った。




「あねさま~!」


 はっきりとした大きい声が村の外に近づいた頃に聞こえてきた。

 村の入り口のところにコマリ様の姿が見える。

 自然と顔がほころぶ気がした。


 私が族長と共に村に近づくと、番兵たちが一斉に膝をつく。

 すると族長が声をかけた。


「よい。『密林の薔薇』堅苦しいことは好まんそうだ。普段の俺と同じ程度に敬意を示せば十分だ。ただし場はわきまえろよ」


「はい、ではそのように」


 私はホッとする。前のようだと何かの都合で村に来るたびに、跪かれても、こっちが困る。

 私はコマリ様の前に膝をついて言った。


「コマリ様、お悔やみを申し上げます。叔母上様の葬儀に参列しませんでしたこと、お詫び申し上げます」


「姉様、お悔やみを申し上げるべきなのは私です」


「いえ、私は『密林の薔薇』です。今の私はデルリア様の娘ではありません」


 その言葉にコマリ様はショックを受けたように見えた。


「コマリ様、ドロウレイスとはそう言うものなのです。その点はご理解ください」


 私の言葉にコマリ様は何か思ったようだ。

 何か意を決したように


「はい、わかりました。姉様」


 と答えた。


「姉様と呼ばれては困ります。私は『密林の薔薇』。せめて『薔薇』とお呼びください」


「いいえ、何と名前が変わろうとも、姉様は姉様です」


 私はコマリ様の言葉がとても強く、そして暖かいものに感じた。


「コマリ様には参りました」


 私は笑ってそう返す。

 心の中に小さな罪の意識を感じる。

 だけど、私の気持ちや存在などどうでも良いほどに、コマリ様を護りたいと思った。


「コマリ様、私の務めの都合、以前のようにコマリ様の側仕えはできませんが、いつ如何なる時も私がコマリ様をお守りします。

 姿が見えずとも、あなたと共にあることをお忘れなきよう」


「ありがとうございます。姉様、一緒にいて下さることが私はとてもうれしいです。ずっと一緒にいてくださいね」


 そう言ってからとコマリ様は私に抱き着いてきた。

 コマリ様が赤子の頃から知っている。随分と背も伸びられた。

 本当に大きくなられた。

 私は思った。

 母も……デルリア様も、同じような気持ちでおられたのだろうか。

 少しだけデルリア様の気持ちがわかる気がした。

 コマリ様が私を救ってくださったのだと思った。


 族長宅を訪れてから、一刻ほどゆっくりした時間を過ごす。

 こうやって豆茶を楽しむのは、もう思い出せないほど昔のような気がした。

 コマリ様が試練の話を聞きたがり困ったが、ドロウレイスの掟で話せませんと断り、その場を凌いだ。


 その日を境にコマリ様は巫女としての務めを果たされ始めた。

 そのころから私もコマリ様を『巫女姫様』と呼ぶようになった。

 時折は集落を訪れることにした。

 昼間は集落付近に身を潜め、常に警戒をする。

 夜の時間になれば遠出をして朝までには戻る。夜間は族長が在宅なので、警護の必要はないだろう。

 今の私でも族長に勝てるかは怪しい。

 その族長を誰が倒せるというのだろうか。夜はコマリ様は安全だ。


 ドュルーワルカの村はドロウの氏族の集落の中で最も北に位置しており、人間たちと接触する機会も多い。

  多いと言っても年に数回程度だが。


 夜間に遠出をするのは、大型の魔獣や予期せぬ接触を避けるため。

 ドュルーワルカの集落には人間の奴隷が数名いる。

 いつ頃からかは分からないが、周囲に不用意に近づいた人間を捉えて奴隷として使っている。

 ドュルーワルカはドロウの中では穏健な方で、むやみやたらに人間を捉えて奴隷にしているわけではない。

 警告し、立ち去ればそれでよし。

 だが、警告に従わない、あるいは攻撃してきた場合は容赦しない。

 結果として生け捕りになった者は奴隷として使われることになる。


 捕虜にした人間の年齢と寿命を聞いて驚いた。

 奴らはどうやっても今の私の年齢に達することはないらしい。

 そして捕まるほとんどが20~30歳。巫女姫様よりも若いのだ。

 だが、中には熟練のドロウの戦士と互角に戦うような奴もいる。

 私は人間を何と形容してよいかわからない。短命で哀れな種族なのか、恐ろしく成長の早い脅威と見るべきか。


 何度か人間と接触している中で、比較的に友好的と言える連中に会ったことがある。

 彼らは警告を受けたら、すぐに謝罪して去って行こうとしたのだ。

 私は思い切って話しかけて『薔薇』の意味を教えてもらった。

 ジャングルに咲くことはない赤い大輪の花だそうだ。

 花は美しいが、茎に茨のような鋭い棘があり、危険な女性の例えとしてもつかわれると聞いた。

 蠍神はこれを知っていたのだろうか?

 いや、知っていたから付けたのだろう。いささかキザな名前だと思った。

 まあ、ドロウでこの意味を知る者はほとんどいないだろう。私が初めて知ったのかもしれない。


 時に人間たちと戦い、時にキマイラのような大型の魔獣と戦いながら8年が過ぎていた。

 周辺調査の任務に出ていた戦士たちが戻ってきたときに、一つの情報を持って帰った。

 その内容を族長から聞いて驚く。


「人間がこの近くに集落を作っているのですか?」


 私の問いに族長が答える。


「集落と言っても100人に満たない規模だ。ここから5日ほど北に進んだ場所らしい」


「他の氏族の集落よりも圧倒的に近いじゃないですか。危険なのでは?」


「人間は能力も傾向も個人差が多きように思える。まあ、100人程度であれば脅威ではないだろう」


 その場に同席していたイシュタルが意見を言い、それに族長が答えた。

 私も族長の意見に賛成だ。放置しておいても害はないように思える。


「人間は繁殖力が強いとも聞く。短期的には問題ないが、先を見すれば脅威とならんとは言い切れぬだろう」


 長老の一人がそう言ったが。

 族長は少し考えた後に、その議論に終止符を打つ。


「短期的には問題ない。であるなら今慌てて事を荒立てる必要もないだろう。

 もちろん継続的に偵察は行うが、明らかな脅威となる兆候がない限りは放置する。あとは……蠍神の意向次第だ。異教徒であることは間違いないからな」


 人間は人間の神を奉じており、我々とは相いれない部分があることは分かっている。

 蠍神からすれば目障りではないだろうか。

 位置的にも何らかの勅命が私に下るかもしれない。

 私は漠然とそんなことを思っていた。




 数か月後、集落に一体のレーヴァが紛れ込んだ。

 森の中で、彷徨うレーヴァに出会うことはある。基本的に無害な連中だ。

 遥か昔に戦争の為に作られた兵士たちと聞いている。長きにわたり動き続けているのは脅威だ。

 彷徨うレーヴァは何を考えているかわからない。

 長老たちからはレーヴァには魂は存在しないと聞いている。彼らは戦うべき相手を失い、仕えるべき相手……はるか遠い我々の祖先たちを求めてさまよっているのだという。

 村に滞在しているレーヴァも確かに無害だ。

 だが、これまで見てきたレーヴァ達とは違うように見えた。

 寡黙で、何を考えているのか分からないのは同じだが、その個体はドロウに興味を持っているように見える。

 我々の話しを理解しようとしているように見えるし、身振り手振りを交えて説明すれば、協力的だった。

 私が直接それを見た時に私は一つ驚いたことがある。

 私が紹介されると奴は、


「ジャングルに薔薇は咲かない。なぜジャングルの薔薇なのか?」


 と人間の言葉で話しかけてきたのだ。

 ドュルーワルカでは人間の言葉を理解する者は少なくない。

 だが、これまでわざわざ人間の言葉で話しかけることはなかった。

 コミュニケーションが取れることは大きな驚きだった。


 巫女姫様はそのレーヴァをとても気に入られた様子だった。

 理由まではわからない。

 少なくとも話が合うとか面白いという事ではないはずだ。巫女姫様は人間の言葉をご存じない。

 当然ながら奴隷と接することなどないお方だ。覚える必要もない。

 巫女姫様にとって、あのレーヴァはペットのような存在ではないかと想像する。

 私の目から見てもあのレーヴァの行いは、時に小さな子供のようにたどたどしい。


 族長もその様子をご覧になっていたようで、最終的には巫女姫様がそのレーヴァと行動を共に去れることをお許しになった。

 無害、そして忠実と判断したようだった。


 平穏な日々がまたしばらく続いたが、森を回っているときに私は一羽の鳥と出会った。

 空から舞い降りてきたその鳥は、猛禽のようであったが、全身が漆黒の羽毛で覆われており、この近辺では見たことのない種類だ。

 その鳥は私のすぐ先に降り立つと、首をかしげるそぶりをする。

 黒い瞳が日の光を反射し、キラッと輝く。

 私がそれを見たと同時に怪異が起きた。

 瞬間に世界が闇に包まれたように感じる。まるで外界と遮断されてしまったような……試練の後に入った箱の感覚に近い。

 明らかにその時と違うのは私の目にはその黒い鳥がはっきりと見えていた。

 さらに低い声が響き渡る。


「汝、西に向かえ。到る時、啓示を与えん」


 声が終わると、同時に元の森の中へと景色が変わる。

 全力をもってその威圧に耐えていたために、荒くなった呼吸を整える。

 私にはこれが『勅命』であることは理解できた。

 勅命が来るのであれば人間を始末せよと来るのではないかと思っていた。

 面白くはないが、相手は神だ。

 私はドロウレイスである以上、それに従わねばならない。

 私は暫く任務のために村を離れることを族長に伝えて西に向かった。




 途中休息を取りながらも、昼夜を問わず移動し続けて、10日目。

 私はそこで再度勅命を受ける。

 いや正しくは任務の終了を告げられたというべきか。

 全く意味が分からない。

 真っ当な信徒なら「余人には神の御心は計り知れぬ」とでも言うのだろう。

 いや、私は信心などないが、やはり同じように思う。何を考えているのか分からないという意味では同じだ。

 私は村へと引き返す。

 ここに来るまでよりも、早く。

 もとより早く済ませて帰りたいとは思っていたが、この意味のなさが私には言い表せない不安を感じさせていた。


 帰りは8日で移動して村に戻る。

 その足で族長の元を訪れた。


「『薔薇』か。戻ったのだな」


 集会所の族長の椅子に座ったまま口にしたその言葉には、あまりにも力がなかった。

 族長は椅子に腰かけたまま前かがみ気味で、急に500歳も老け込んだように見える。

 明らかに、ただ事ではない。


「何かあったのですか?」


 私の問いかけに、族長は少し間を置いてから答えた。


「……コマリが……神に召された……」


「そんな、蠍神は慣習を無視したという事ですか?!

 族長、それをお許しになるのですか!」


「許せるわけがなかろう!

 だが、逆らうこともできん。逆らえば一族は途絶える。俺にはどうすることもできんのだ!」


「でしたら私が参ります。力尽くでも巫女姫様を取り戻しに…」


「行くな。行ってはならん」


「私はすでに一族から離れております。私一人が反旗を翻しても集落には被害は及びますまい」


「それで、その後どうするというのだ?

 ここに連れ帰るのか?それとも一生逃げ回るのか?

 どちらも現実的ではない。状況は変わらんのだ」


 私は言葉を失う。

 族長の言うとおりだ。

 助け出したとして、その後どうする。どうすればいい。


「族長!」


 集会所の入り口から番兵の声が響く。


「騒がしい。どうしたというのだ」


 苛立ちを隠さない族長の言葉に、番兵はひるむことなく自らの伝えるべきことを伝える。


「巫女姫様の一行が襲撃されました」


「なんだと?!」


 族長は立ち上がり番兵に駆け寄る。


「スコーロウや直属のドロウたちがいたのだぞ?コマリは無事なのか?」


「伝令によりますと、襲撃者はレーヴァが一体。コマリ様は拉致された模様です」


「レーヴァ一体、だと……」


 愕然とする族長。

 私はこの話を聞いて内心喜んだ。

 あのレーヴァが、やらかしてくれた。チャンスは今しかない。


「私も巫女姫様の捜索に当たります。失礼」


 私はその場から駆け出した。




 あのレーヴァが戦う所は見たことがない。だが、そもそも戦士として作られたであろうことは想像できる。

 スコーロウを始め数名の護衛がついていたのを一人で強奪したのだ。

 護衛たちは油断はしていただろう。蠍神を襲うものがジャングルにいるとは思っていなかったはずだ。

 それを差し引いても、かなりの手練れであることは間違いない。

 ただ、レーヴァの目的が分からない。

 いずれにしろ一秒でも早く保護しなければ。


 私は襲撃現場に急ぎ、そこから痕跡を追い始めた。襲撃よりすでに2日が過ぎている。

 スコーロウの配下たちは西側を中心に広範囲に少数編成の捜索隊を送っている様だった。

 西側により多くの捜索隊が配置されているのは、逃走した先が西側だから。

 痕跡が西側に残っており、水際を移動しているのがわかる。

 だが、あれが西を目指す理由があるだろうか。素人が逃げたように見えるが、私は陽動と判断する。

 どこかで進行方向を大きく変えているはずだ。

 この辺の地形を考えると真っすぐ北上はあり得ない。ドュルーワルカの集落に直接戻ることになるし、さらには死者が彷徨う地域に突入することになる。

 奴は自らの出処に関しては何も言っていなかったが、人間の言葉を喋れた。

 なら奴が目指すのは北一択。

 恐らくは人間の集落に逃げ込むか、さらに北の人間の領土に行こうとしているのだろう。


 私は西に少し進んでから、姿を消す。

 スコーロウ達に先を越されるわけにはいかない。

 奴らも出し抜いたうえで、先に接触し、保護せねば。

 その後のことは……その時に考えればいい。

 私は周囲の気配に注意しながら深い森を一人進んでいった。




 捜索開始から5日目。

 北部で警戒していたスコーロウの手下が、目標を確認して捕獲しようとしたが、返り討ちにあったらしい。

 だが、これでスコーロウたちも目標が北に向かっていることに気がついた。

 急がなければならない。


 情報は即座に入るわけではない。

 スコーロウの手下が交戦したのは二日は前のことだろう。

 そうすると巫女姫様は人間の集落に入ったか。

 それを示すように、人間の集落を監視できる位置に、スコーロウの手下の一団がいた。

 こいつらに直接あの集落を襲撃されたら、巫女姫様の身が危うくなる。

 私はそう考え、その危険を排除するために行動を開始する。


 連中は息をひそめて人間の集落を監視中だ。

 背後は無警戒。

 適度に散ってくれているので、一人一人片付けて行く。

 直衛とはいえドロウの戦士だ。私の敵にはなり得ない。

 音を立てず背後に立ち、死んだことに気づく時間も与えずに始末する。

 6人を順番に片付けて、あとはスコーロウのみ。

 時間をかけ過ぎては逃がしてしまう。

 確実に、仕留めなければ。


 『岩を砕く者』の話が頭をよぎる。

 だが、そんなことを考えている場合ではない。

 最も重要なのは巫女姫様の命。

 スコーロウはドロウの上半身と巨大蠍の下半身を持つ、大型の生物だ。

 だが、上半身はドロウだ。

 正面切って戦えば、その手数やパワーは侮れないが、不意を突けば、弱点はドロウと変わらない。

 私はスコーロウの背後に回り込み、地面を蹴って蠍の胴体部分に飛び乗る。

 何かが乗った感触があったのだろう、スコーロウは振り返ろうとするが……

 それは叶わなかった。

 奴の人間の首が地面に転がった。


 私は胸の痛みと吐き気に襲われる。

 それほどひどくはないが、十分なパフォーマンスを発揮できる状態ではなくなった。

 それが代償か。

 胸の痛みはすぐに引いたが、吐き気と腹部の軽微な痛みが消えない。

 私は少し休むために、木の上に登ってから瞑想に入った。




 それからどれくらいの間、休息を取っていたのかはっきりしない。

 私は人間の集落から聞こえる騒ぎで瞑想から覚めた。

 吐き気は収まり、わずかな腹部の痛みも問題ない。

 私は注意深く集落を観察する。

 大きな歓声が何度か上がった。

 何かの祭り?

 そんなことを思いながら様子を見ていると、数名が南へ向かって移動を始める。

 この位置から細かな特徴までは把握できないが、一行の中に、レーヴァが一体、ドロウと思われる人影が二つあることはわかる。

 私は気から飛び降りて、暗くなったジャングルを彼らに接近した。


 接近している途中で、私はその一団の中にいる大柄な女の戦士が、かなりの使い手だと感じた。

 怪しげなローブの男は呪文使い(スペルキャスター)と思われる。実力まではわからないが、厄介だろう。

 先頭を歩く小人は斥候。私ほどではないにせよ、周囲の探査能力は高いことが予想できる。

 そしてレーヴァと、フードを被っていて顔は確認できないが、背格好や歩き方から巫女姫さまに間違いない。

 その隣のドロウと思っていた者は、髪の色からエルフと思われる。若い男のようだ。

 巫女姫様がエルフと並んで歩くなど……忌まわしい。

 すぐにでも巫女姫様を救い出さねば。


 慎重に距離を詰める。すると、その一団と少し距離を置いて追尾しているスコーロウの部隊を確認した。

 他にもいたのか。

 私は双方の位置を確認しながら慎重に追尾する。

 恐らく襲撃を計画しているのだろう。

 どうする。

 各個撃破した奴らとは違い、一団を為しているので私一人で倒しきれるかは分からない。苦戦は免れないだろう。

 それはあの一団に奇襲しても同じことが言える。戦い方を熟している分だけスコーロウの方が与し易い。

 私は別の策で行くことを決めた。

 スコーロウの部隊にあの一団を襲撃させ、タイミングを見計らい巫女姫様を救出する。

 私は慎重に彼らの追尾を続けた。


 程なくスコーロウ達はその一団に奇襲をかけた。

 スコーロウの部隊はスコーロウの戦士が指揮する小規模の奇襲部隊。スコーロウにドロウが二人と飼いならされた大蠍が2か3。

 私は少し距離を詰めて隙を伺うが、なかなか隙を見せない。

 レーヴァは先に想像した通り、高い戦闘能力を持っているようだった。

 大柄な女戦士は予想通りかなりの手練れで、大蠍やドロウの戦士を簡単に片づけていく。

 魔法使いも的確に術を行使し、周囲に気を使いながらも殲滅火力としての役割を果たしていた。

 斥候と、鎧を着たエルフは戦力として見るべきものはない。

 鎧のエルフは状況を判断しながら、戦線を維持するために治癒の力を使っている。全体の指揮を執っているのもこの男か。

 だが、私にとって一番厄介なのは小人の斥候だ。

 戦闘能力は大したことはない。だが、周囲に対する警戒能力は私に近いものがあると思われる。

 極めて慎重で、周囲に対しての警戒を常に怠らない。


 この戦いは程なく終わるだろう。

 期待したほどにスコーロウたちが役には立たなかった。

 いや、このグループが強いと考えるべきだろう。


 私は再び追尾をして、奴らの隙を伺うことにした。




 奴らを追尾して二日目になる。

 私は違和感を感じていた。

 巫女姫様が一団にとても馴染んでいるのだ。

 最初の野営の際、巫女姫様は進んでその手伝いをしていた。

 エルフの男と妙に親密に接しているように見えるのも腹立たしい。

 だが、確かに巫女姫様は笑顔なのだ。

 よくない兆候を感じる。

 私は次の野営のタイミングで、奇襲して巫女姫様を救助することを決意した。


 東の空が白み始める。

 私は気配を消して、奴らの野営地に近づいた。


 そして、私は、彼と言葉を交わすことになったのだ。

 コマリ様と私の人生が、一族の未来が、大きく変わることを私はまだ知らなかった。


 

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