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4:


 『密林の薔薇』の足取りは自然と軽くなった。

 無事にドロウレイスと認められた。胸を張って帰れる。

 彼女は誇らしさと、喜びで自然と昂揚していた。

 途中休憩を取り、簡単な食事を取ったが、毒の影響も完全に抜けている様だ。


 蠍神の祝福を受けてドロウレイスになったことで、その能力は自覚できるほどに向上していた。

 以前に比べて遥かに持続力があって、より速く走れる。

 より高く跳べて、力強さも増していた。

 これなら師匠にだって勝てるかもしれない。


 自然とラッシャキンやコマリ、父と母の顔が……思い出せなかった。

 父と母のイメージはあるのに、はっきりと顔を思い出せないのだ。

 だが、それほど気には留めなかった。

 会えばちゃんとわかるし、何も困らない。


 『密林の薔薇』は帰路を急いだ。


 移動すること4日。

 彼女はドュルーワルカのテリトリーに入る。

 試練に赴いた時よりも圧倒的に早かった。

 夕暮れの時刻に村の入り口に差し掛かった。

 

「止まれ!何者か!」


 歩いて近づく『密林の薔薇』を見つけた番兵が声を上げる。

 一族の戦士たち。二人とも知った顔だ。ついこの間まで私を子ども扱いしてた。

 『密林の薔薇』はそんなことを思いながら歩き続ける。そして、声をかけた。


「私です。今戻りました」


 その声を聞いた二人の番兵は、その場に跪き言った。


「ようこそお越しくださいました」


「ようこそって、そこはおかえりではないのですか?」


 私はそう言ったが、


「いえ、族長より失礼のないようにと言われております。

 ご案内しますので、こちらに」


 そう言うと私の前を先導するように歩く。


「族長の元に行けというなら、行きます。場所はわかってますから」


 番兵には彼女の声が届いていないかのようだった。

 もう一人が数歩先に進んで、触れの声を上げた。


「『密林の薔薇』の御来村である。一同表に出て敬意を示せ!」


 その声に、それぞれの家の中にいた村人たちが玄関先に出てきて、跪く。

 『密林の薔薇』にはそれが、気恥しく、落ち着かないものであった。

 そもそも彼らがなぜ『密林の薔薇』という名を知っているのか。この名を受けてから、最短で戻ってきたはずだ。


「なぜ『密林の薔薇』という名前を知っているのですか?」


 彼女のすぐ前を歩く番兵に尋ねると、彼は小声で答える。


「昨日、蠍神の司祭が村に来られて、あなたが明後日には到着するだろうと教えて下さったのです」


 私はこんなことは望んではいない。族長に言って態度を改めてもらおう。

 だが、今は我慢。ドロウレイスの誇りを持たないと。

 そんなことを思いながら『密林の薔薇』は村の中へと進んでいった。

 ラッシャキンの家に案内されると思っていたが、集会所に案内されるようだ。

 公式な手順、そう言うことなのだろう。


 扉が開かれて中へと案内される。

 見慣れた集会所。突き当りの族長の椅子には誰も座っていなかった。

 左手には二つの棺が見える。誰かの弔いだろうか。

 一族の葬儀には立ち合ったことがある。その時とは比べ物にならないほどの立派な棺だ。


「今族長が参りますので、今しばらくお待ちください」


 番兵がそう告げる。

 そこで待つ時間は長くはなかった。

 右手の通用口からラッシャキンが早足で入ってくる。

 そして彼は族長に椅子に座るはず、彼女はそう思っていたが、ラッシャキンはそうはしなかった。

 彼女の目の前に跪いてから言った。


「『密林の薔薇』の御来村を歓迎いたします」


「族長、堅苦しいのは抜きにしてください。無事にドロウレイスと認められて戻りました」


「あなたの偉業、そしてもたらされた一族の栄誉。お慶び申し上げます」


 その言葉は小刻みに震えていた。


「族長?」


 彼女は問いかけるが、ラッシャキンは膝をつき頭を垂れた姿勢のままで答えない。

 肩が小刻みに震えている。

 彼は顔を上げようとはしない。どうしても『密林の薔薇』と目を併せられなかったのだ。


「もう、そうやって人を担いで何が楽しいんですか。偉い人ごっこは十分ですから。

 私は父と母に報告するために、家に戻ります!」


 彼女は踵を返し、走り出した。


「報告って、お前……!」


 ラッシャキンは慌てて立ち上がり、声をかけるが『密林の薔薇』には届かなかった。

 彼女は扉から外へと駆け出していく。

 彼はその背を追った。


 村中は静かになっていた。

 父親と母親のいる家へと走る。

 父も母も喜んで褒めてくれるはずだ。

 家の前にたどり着いたが、明かりはともされていなかった。

 父も母も休んでいるのだろうか?

 そんなことを思いながら扉を開ける。


「父上、母上。ただいま戻りました!」


 声をかけるが静まり返っていた。

 中へと入りリビングに置かれた紙を見つける。

 その紙にはこう書かれていた。



 この紙を手に取っているという事は、無事に試練を果たされたことと思います。

 謹んでお祝い申し上げます。

 私の最後の戦いがあなたであることは、私にとっての最大の誉れです。

 どうか、迷うことなく、その務めをお果たし下さい。

 あなたと、一族の名誉のために。


     かつての父 クァークス

     かつての母 デルリア




「どういう……意味?」


 思わず口に出る。

 かつての父、母、というのは、ドロウレイスは一族を離れて独立した存在となることは知っている。

 蠍神の名付けによって生まれ変わるからだ。

 でも、わざわざかつての、って。

 父様は父様。母様は母様じゃない。


 それに……

 最後の戦いがあなたであること?

 意味が分からない。


 自然と膝が震えている。

 震えは全身に広がり、その紙を手にしていることが出来なくなった。

 蘇る第5の試練の記憶。

 あの時の太刀筋を私は知っていた。だからよけられた。

 放たれた矢の気配も知っていた。だから正確にダガーを投げられた。


「うそ……」


 次の瞬間、儀式前の夢がフラッシュバックする。

 首を切った男の最後の声が耳に蘇る。


―見事だ―


「・・・・・・いや・・・・・・そんなのいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 彼女はその場に崩れ落ちた。

 自分に向けられた明確な殺気と、強化薬の高揚感で、気がつかなかった。

 ちがう。気がつかなかったんじゃない。

 気づきたくなかったんだ。

 第5の試練で戦った相手が誰かを。




 息を切らしたラッシャキンが、その場に現れる。

 そこには泣き崩れる少女の姿があった。


「お前は……知らなかったのか」


「族長は……ご存じだったのですね」


「……すまん。クァークスに強く口止めされていた」


 ラッシャキンが自分には向かないと言ったことも、私の言葉に苦笑いしていたことも。

 推挙を願い出た時に、再考を促したことも。

 すべてがこうなることを知っていたことを示していた。


「クァークスはお前に自分の夢を重ねたんだ。俺には兄上を止めることはできなかった」


 ラッシャキンはクァークスの腕が失われたことに責任を感じていた。

 だからこそ、クァークスの願いを断れなかった。


「族長に責任はありません……」


 そう、父と母が死んだのは私の刃によって。

 そしてそれは父と母と私の願いが原因だ。

 だから私はケジメを付けなければならない。

 素早くドロウロングナイフを抜く。


「馬鹿な真似はよせ!」


 ラッシャキンが近づく前にすべては終わった。

 私はそのままためらうことなく、自らの髪の毛を首の後ろで掴み、切り落とした。


「私は、死ぬわけにはいきません。

 私は『密林の薔薇』。

 父と母とヴェルヴェンの願いの為に、そして一族を護るために私はここにいるのです。

 ヴェルヴェンは今死んだのです」


 『密林の薔薇』は向き直りラッシャキンを見つめて言う。

 止めどなく流れ続ける涙を拭うことなく。


「ヴェル……」


 ラッシャキンは圧倒されかねない強い気迫に言葉を続けられなかった。

 『密林の薔薇』はラッシャキンに問うた。


「あの棺は……二人のものなのですね?」


「……ああ、昨日お前の帰還を知らせに来た蠍神の司祭が運んできた。

 戦士を丁重に葬ってやれと言ってな」


「族長お願いがあります。二人の葬儀をあなたの手で取り行ってください」


「ああ、そうする。だが、それでお前はいいのか?」


「はい。私はすでに娘ではありません。一族でもありませんので参列も辞退申し上げます」


「そうか……わかった」


「あと、しばらくは周囲の森の中で暮らします。ですので……」


「わかった。コマリにはそう伝えておこう。コマリには二人の死の原因を伏せておく。それでいいな?」


「ご配慮感謝します。いずれその時が来たら、私自身でお話ししたいと思いますので」


「分かった」


 ラッシャキンはその場から立ち去っていく。

 遠ざかる気配を感じていた。

 『密林の薔薇』はその場に立ったままだった。

 切り落とした、自らの髪の束を握りしめて。




―その夜遅く


 集会所の中は窓から差し込む青白い月の明かりに薄く照らされていた。

 その中に一人佇む影。

 その影は静かに二つの棺を開けてから、その並ぶ棺の間にしゃがんだ。

 

「あなた方の子として生まれたこと、世間知らずな娘だったことをお許しください。

 私はお二人の志を胸に、その務めを果たし続けます。

 どうか、お見守りください。

 さようなら。お父様。お母様」


 手にした髪の毛の束を二つに分けて、それぞれの棺に入れる。


 そして棺のふたを静かに閉じると、その影は揺らめくようにその場から消えた。




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