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 ラッシャキンは日が暮れてから集落を出て森に入った。

 北に向かって進む。歩いて半日も行くと、そこはこの辺りでは珍しい高台がある。

 死霊の類が多く出没する忌み地で、夜にそこに近づく者はいない。魔獣の類ですら避ける場所だ。

 そんなところにわざわざ呼び出すのは、果し合いか、それとも絶対に聞かれたくない話をするためか。

 ラッシャキンには心当たりがある。だからこそ行く必要があった。

 夜の密林を黒い影が疾風のように走り抜ける。

 本気の彼なら、1時間もかからずに到達できる距離。

 相手もそれが分かっているからこそ呼び出したのだろう。

 緩やかな登りを少し進むと、急に密林が開け、ごつごつした岩が散在する荒れた土地に出る。

 丘に差し掛かったのだろう。

 瘴気の類の影響か、この丘の中腹より先には植物すら生えていない。

 その先に立つ人物の姿を確認し、速度を落として歩み寄る。


「来てくれたか」


「ああ、他でもない兄弟子の願いを無下にはできん」


 そこで待つ人物はクァークス。ラッシャキンと共に研鑽した兄弟子。ヴェルヴェンの父だった。

 つい今まで戦っていたように、いくつもの傷が見える。


「かなり無理をしたみたいだな。大丈夫なのか?」


「これくらい鍛え直さんと、役に立てんからな。お前のおかげでヴェルヴェンは強くなった。礼を言う」


 クァークスはラッシャキンに向かって深々と頭を下げる。


「なあ、クァークス。本当に行くのか?今ならまだ間に合う。蠍神(スコルピウス)の命とは言え、試練は余りに過酷だ。

 ヴェルヴェンは確かに強い。だが、その強さの根底にあるものは優しさだ。あの子はドロウレイスには向いていない」


「そうかもしれんな。そういう所は俺じゃなくデルリアに似たのだろう。だが、あの子はそれを望んでくれた。

 私の夢がかなうのだ。仮に私が役目を断ったとしても、試練は続く。そうなれば次に白羽の矢が立つのはお前だろう」


「私は一族の長だ。蠍神とて無理はおっしゃるまい……いや、だからこそ私を遣わせられるのか」


「ああ、お前は一族を背負っている。負ける訳にはいかんだろう。だからこそ、私が断ればお前が指名される。

 そうなれば、誰にとっても良い結果にはならん。だから俺が行くんだ。

 何せ家族の問題で済まされるからな。

 勘違いするな、俺はこの時を心待ちにしていたのだ。戦士としての生き方を終えた俺が、今一度戦士として戦える」


 ラッシャキンは黙り込む。

 クァークスのその思いは、ラッシャキンにも理解できる。

 戦うために己が技を磨き、鍛えてきたのだ。

 夜空に浮かぶ月を眺めながらクァークスは続けた。


「一族最強の男が仕込んだ、最高の戦士と戦えるのだ。

 そしてそれが自分の娘なのだぞ?胸が高鳴らぬはずがない。

 今の俺ではもうあの子には勝てんだろう。だが、簡単に負けてやる気は毛頭ない」


 森の中からもう一人、装備を整えた人物が現れた。

 デルリアだ。


「支度は出来ました。そろそろ参りましょうか」


「義姉上?まさか、義姉上もともに行かれるのか?」


「ラッシャキン族長。当然でしょう。これはドロウレイスの試練なのです。あの子は全てを捨て去らねばならない。過去も、自分の血も。

 それ故にドロウレイスは誰からも敬われ、畏れられる」


「分かってはいます。ですが、それではあまりにあの子が……」


 ラッシャキンはそれ以上何も言うことが出来なかった。

 目の前でそう語ったデルリアが、涙を流しているのだ。

 自分が口に出して言うようなことは、二人とも理解しているのだ。


「……一時的にあの子は取り乱すかもしれませんが、あなたや、コマリ様の存在があの子を救ってくれるでしょう。

 身勝手に聞こえるとは思いますが、最後に母として、族長にお願いいたします。

 ドロウレイスとして一族を離れたあとも、どうか見守ってやってください」


 彼女は、言い淀むことなく、そう言うと、深く頭を下げた。

 ラッシャキンには、その決断と覚悟を前にして、言える言葉など残っていなかった。


「……善処します」


 そう答えるのが精一杯だった。

 その声に満足げにクァークスが頷く。


「遅れる訳にはいかんからな。そろそろ出発するか」


 デルリアにそう告げると、デルリアは頷き、歩き始める。

 クァークスは振り返りもせずに、大きな声で言った。


「ラッシャキン、一族と……娘を頼む」


「兄上、良い旅を」


 ラッシャキンはかろうじて聞こえるであろう声で答える。

 そしてそのまま密林へと消えて行く二つの影を見送った。

 無言で天に浮かぶ月を見上げる。

 唇をかみしめ、険しい表情で月を眺め続ける。


 密林の上空を吹く夜風は湿り気を帯び、重く頬を撫でつける。


 彼はそのまま、ただただ何かを見ていた。




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