1:
私は小さなころから、
― 優れた戦士は神にも認められ、一族とドロウを守護するものとなる。それがドロウレイスだ。―
この言葉を幾度となく父から聞いて育った。
父・クァークスはラッシャキン族長と兄弟弟子で、共に先代の族長の愛弟子。その力を研鑽し合った仲だった。
まだ二人とも若いころに、森で大型のキマイラと遭遇し、父は右腕を失った。
父はそのこと自体は後悔していなかったが、自分がドロウレイスになる資格を失ってしまったことを、とても悔やんでいたらしい。
母・デルリアの妹カルレア様はラッシャキンの最初の妻、つまり、コマリ様の母にあたる。
ドロウは男系家族なので、縁としては遠いのだが、私とコマリ様は従姉妹にあたる。
この事実をコマリ様は知らない。
族長とカルレアはもちろん知っているが、母方の従妹はドロウの社会では『同じ氏族のもの』と同義だ。
語られる日が来るかは分からない。
私は小さいころから父に武術を仕込まれた。
才能は十分にあったようで、40を迎えるころには片手の父と互角以上に戦えるようになったために、ラッシャキン族長から指導を受けるようになった。
同じ師から技を受け継いだ父と族長は非常に似た戦い方をしていた。
手数の多さでは族長が、一撃の重さでは父が勝り、手ほどきを受けた私には、二人の実力には差がないことを感じていた。
ただ、私が女であったこともあり、力では父にも族長にも敵わない。
だから私は手数とその太刀筋に磨きをかけた。
50を迎えたある日、コマリ様が生まれた。
その数日後、族長に呼ばれて任務を与えられた。
私はその日から、コマリ様に仕える小姓となった。
最初は特に何かすることがあるわけではなく、カルレア様のお手伝いをする日々だった。
だけどそれが私には新鮮だった。
幼子が育つ様子を目の当たりにするのは、小さな発見の積み重ねだった。
それから10年の月日が流れた。
イシュタルが小姓となったのはこの頃だ。
修練と小姓を務める日々。毎日がいっぱいいっぱいだったが、充実していたと思う。
この頃にはコマリ様は私を姉様と呼んでくれた。
私には姉妹はいない。ドロウで兄弟姉妹がいることの方が珍しいのだ。
今思えば、母とカルレア様は姉妹。姉妹がどういうものかを知っていたからこそ、私をコマリ様の小姓にしたのだと思う。
私は私の仕えるこの小さな姫様が、とても愛おしかった。
族長の娘、いずれは蠍神に仕える巫女となられる。
いつしか私は父の影響もあって、同じく蠍神に認められた戦士、ドロウレイスを目指すようになっていた。
「私、ドロウレイスになります」
私がそう言ったときの父の顔をはっきりと覚えている。
とてもうれしそうだった。
厳しい父だったが、愛情は惜しみなく与えてもらったと思う。
この頃になると、私は父と立ち合って、勝てるようになっていた。
一撃の重さは父にはどうやっても敵わない。だが、速度では凌駕し、その太刀筋を見切れるようになっていた。
父に勝てるのは嬉しかった。父はとても褒めてくれた。
でも、父に右腕があったなら、私はまだまだ勝てなかっただろう。
優れた技量をもって、強い父が私如きに負けてしまうのが、少し悲しくもあった。
私は族長に尋ねたことがあった。
族長は強い。父は強かったが腕を失い、ドロウレイスになる資格を失っていたが、族長はなぜドロウレイスにならないのかと。
その時の答えも覚えている。
族長を辞めるわけにはいかん。そもそも俺は性格的に不真面目だから向いていない。
お前はクァークスの娘だ。真っすぐな性格だから向いているかもしれんな。だが、技は俺に近いから俺の弟子だ。
師匠からの忠告だ。お前はドロウレイスになれるだろう。だが、あえてその道は選んで欲しくない。出来るならコマリの側に仕えて守ってやってほしい。
私にはこの忠告の意味が解っていなかった。
族長に何と答えたのかも覚えている。
「はい。立派なドロウレイスになって、コマリ様をお守りします」
私の言葉に族長は笑っていた。
私は苦笑いというものを知らなかったのだ。
さらに10年の年月が過ぎる。
この頃になるとドュルーワルカの戦士たちで私に勝てる者はいなくなっていた。
唯一の例外が師匠。
族長は私と同じスタイルで戦う。速度だけなら互角だと思う。
だが、私よりも一撃が重く、さらには予想できない動きの攻撃が飛んできた。
どうやったらそんなことが出来るのか、私には理解できなかった。
稽古では、受けに回ったら最後、早く重たい攻撃が続いて捌ききれなくなるか、予期せぬ一撃を喰らって、そこから連打されるか。
いつも同じようにやられてしまう。
伸び悩んでいたと思う。
そんな時に族長がアドバイスをくれた。
「少しだけ筋肉を増やせ。増やし過ぎるなよ?お前の最大の武器はその速度だ。筋肉をつけることで、もう少し速度が上がるのと、一撃の威力を上げられる。柔軟性に関しては俺よりもお前の方がある。だからそろそろセオリー以外の体の使い方を覚えろ」
私は訓練の密度を上げて、内容を見直した。
今までできなかったことが出来るようになるために。
そして、ついにその時が来た。
私は80歳になって、成人の儀式を済ませるとその足で族長に願い出た。
「ドロウレイスにご推挙ください」
ドロウレイスになる方法は一つしかない。
族長に推薦されたものが、6つの試練に挑む。
すべての試練を乗り越えたものが、ドロウレイスと呼ばれるようになるのだ。
その間は試練を伝えに来る相手、報告する相手以外との接触は認められない。
族長は私に言った。
「ドロウレイスは一族の誉れ。その試練は容易ではない。だが、お前はそれを超えられるだけの力量を持っているだろう。
だがあえて問う。お前はドロウレイスの試練を受けるのか?」
「重ねてお願い申し上げます。ドロウレイスへのご推挙を賜りたい」
私に迷いはなかった。
「……そうか。ならば推挙しよう。数日中に試練が伝えられるだろう。仕来たりは心得ているな?」
「はい」
「ならば試練に備えるが良い。コマリの小姓の任を解く」
「はい」
会話はそこで終わった。
族長が去った後に、そこに残っていたコマリ様が目に入る。
悲しそうな顔をしていた。
「巫女姫様。今までのようにお傍仕えはできませんが、私は試練を乗り越えて戻ってまいります。
ご心配は無用です。私はすぐにあなたをお守りするために戻りますから」
「姉様、私の側にいてはくれないのですか?」
「しばしの別れです。私はすぐに戻ってまいります」
「ヴェル姉様に蠍神の加護がありますように」
コマリ様が私の手を握り、祈ってくださった。
この方の期待に応えたい。父様の期待に応えたい。
そう思いながら私は一礼してからその場を去った。
試練に向かうために準備をする必要があった。
一度試練が始まってしまえば、誰かと接触する事は全て禁じられる。
密林を一人で生き抜き、試練をこなさなければならない。
それまでに必要となるものを持ち込むことは、違反には当たらない。
私は最小限の食料と水。数種類の薬と毒。
矢と、少し多めの矢じり。使い慣れたダガーとドロウロングナイフ。
短弓を準備する。
私はその速度が身上だ。重い鎧は使わない。
大蠍の外殻で作られた軽装の鎧を身にまとい準備のすべてが整う。
あとは試練の内容が伝えられるのを待つだけだった。
それから二日後の夜。
夜鷹が私の部屋の窓辺に舞い降りる。
そしてその夜鷹はこういった。
「南に向かい4日進め。そこで出会うものと戦い、勝利せよ」
私は黙って頷いて、窓から外に飛び出す。
夜の闇に紛れ建物の陰を渡り、誰にも知られることなく村を出てから、深い森へと入った。
休憩を挟みつつ、昼夜を問わず移動を続ける。
4日間は移動し続けなければならない。
シンプルで具体性に欠ける指示内容だが、ドロウレイスに求められるのは単純な強さじゃない。
どんな環境、状況でも正確に判断し、確実に実行すること。
今それを試されている。
移動の4日目の明け方近く、風に乗って灰の臭いがした。
密林地帯で野火は殆どないし、実際森の中は平静を保っているように感じる。臭いも強くない。
小規模の火。誰かが焚き火をしていると考えるのが自然だ。
指定された場所の近くだから、それがターゲットである可能性が高い。
私は慎重に周囲を確認しながら臭いのする方、風上へと移動した。
人の気配がある。
見通しの悪いジャングルで、夜明け前。
視界はあまり役に立たない。
五感を研ぎ澄まし、周囲の気配を探る。
風、木々のざわめき、虫の声、いくつもの複雑に混じり合った臭い。
それ等から導かれることは、
この先50メートル前後に、複数人が野営している。
不意を衝くには絶好のタイミング。だが、相手の数が正確には分からない。迂闊に打って出ては仕損じる可能性がある。
そう判断して、接近しながら回り込む。
自分の気配を消した状態で慎重に移動していると、近くに別のものの気配を感じた。
正確な場所は特定できないが、かなり近くにいる。奴らの見張りだろうか。
腕のいい暗殺者か歩哨だろう。
下手に動けば発見される恐れが高いと判断し、身をひそめたまま息を殺す。
意識だけを集中して、大体ではあるがそこに存在する気配の位置を追い続ける。
動いた。
前方20mに3ないし4人、そこに接近しているのが一人は隠しきれない殺気が漏れている。
私はその殺気の主に細心の注意を払い、その動きに合わせてながらゆっくり移動する。
集団を目視できる位置を確保した。
人間4人のグループ、冒険者と呼ばれる連中か。
座ったまま居眠りしている奴が見張りだろう。
反対側から接近する殺意は、この状況を私よりも早く確認し、襲撃を敢行するつもりのようだ。
あれは私の獲物だ。
強い感情が私を突き動かそうとするが、呼吸を整えて押さえつける。
本能で戦ってはならない。
指示された内容は、遭遇したものと戦い、勝て。殺せではない。
私に求められるのは、戦って勝つこと。
ならば今、私が戦うべき相手は一人だけ。
状況を見守り続ける。
「ん?」
小さな声を漏らして見張りの男が立ち上がった。
周囲の異変を感じたのだろう。
だが次の瞬間。
「ごふっ?!」
その男の喉元を正確に矢が貫き、言葉にならない声をあげた。
周囲に横になっていた他の3人が飛び起きると同時に、私から一番遠くにいた者が、大きな声を上げる。
「ぐああああっ」
断末魔の叫びに他の二人は武器を抜いて、近接での戦闘が始まった。
私は気配を消したまま、その騒乱に紛れて一気に移動する。
数度の攻防でジャングルは静まり返っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そこに一人だけ残った黒っぽい衣装の人物の荒い息だけが聞こえている。
私はその男の背後に立ち、ドロウロングナイフの切先でその後頭部に触れた。
「……」
荒い呼吸がぴたりと止まる。
私は告げた。
「勝負はついた。蠍神に誓い敗北を宣言せよ。そうすればお前は死なずに済む」
私の声に男が生唾を飲む。
状況を理解したようだ。
その暗殺者はゆっくりと両手を上にあげるが、その動きの意図は降伏ではない。
私は反射的に身をかわす。
もちろん、妙な動きを見せた瞬間に、一撃で止めを刺すこともできたが、そうはしなかった。
その時、私に向けられた殺意を背中に感じたのだ。
どこからともなく飛来した一本の矢が、振り返った男の口元から頭部を貫く。
寸前まで私の頭のあった場所を矢が通過したのだ。
私は自分の見落としを恥じていた。
この場にいるのが、私ともう一人だけだと思っていたのだ。
実際にはもう一人いた。いや、さらに潜んでいる者がいるかもしれない。
転がるように茂みの中に身をひそめ、そのまま気配を消し移動する。
私は試練の内容を完全に理解できたと思う。
ここには同じタイミングで試練に挑む者が、集められている。
そして、その中で最も優れていることを示すこと。
それが試練の目的だ。
そこに転がった奴は試練に臨むには未熟過ぎた。
だが、私を狙って矢を射ったものは、私と互角かそれ以上かもしれない。
少なくとも状況判断において、私は後れを取ったのだ。
通常であれば2射目3射目を放ってくるところだが、それを奴はしなかった。
闇雲に打てば自分の位置を知らせることになる。
仕留められれば問題ないが、それで仕留められるのであれば初撃で倒せただろう。
冷静な判断だ。
私はその場に伏せたまま、体の力を抜いて静かに呼吸する。
森は一族の母。私は身をゆだねた。
1時間が過ぎた。周囲に日が差し込み始める。
森は静かだ。時折吹く風が木々を揺らしざわめくが、鳥や虫たちは何事も無いように歌い、さえずる。
4時間が過ぎた。
血の匂いを嗅ぎつけた、ダイアウルフや、大蠍などが集まり、転がった犠牲者で宴を行っている様だ。
敏感な魔獣たちも、私のすぐわきを通っても私に気がつかない。
口に渇きを覚え、空腹感もある。
深い密林は、至る所に濃い影を作っている。日もずいぶん高くなったようだ。
一瞬もう奴はいないのでは?
そんな考えがよぎる。
だが、私はそのまま動かないことを選択した。
さらに3時間。明け方の戦闘から8時間ほどが過ぎた。
時間の感覚には自信がある。
暗闇の中に何時間いようとも、時間の感覚は狂わない。そう訓練したから。
魔獣たちの宴は終わっており、周囲は静まり返っていた。
脱力し、体に負担がかからない……微塵も動かないのだ、負担が無い訳がない。
特に足先や指先が酷く痛み、自分の体ではないように感じる。
そろそろ限界が近い。
そう思ったとき、私の右前方の茂みにわずかな動きがあった。
風に木々が揺らされた程度の小さな動き。
だが、今感じている風や動物の動きとは明らかに異なる。
思っていたよりもはるかに近い距離に、奴はいる。
私は確信した。
急激に暗くなり、ジャングルに突然の雨が降り始める。
大粒の雨が木々の葉を激しく打ち付け、雷が鳴り響く。
すべての音が雨によって入れ替わった。
稲妻の光が、茂みの中の何かに反射した。間違いない。
私は地面の上を伏せた姿勢のまま前進する。
匍匐前進で進み続け、目標まで推定2m。
ゆっくりと姿勢を起こししゃがんだ状態になる。
肩や膝が酷く痛む。だが、一撃を入れる力はあると判断した。
稲光と僅かに遅れて落雷の音。
私は茂みに向けて飛び出した。
わずかな気配に向けて、ドロウロングナイフを振るう。
手ごたえを感じたが、浅い。
目の前にドロウの青年が驚きの表情を見せているのが見えた。
私の一撃は彼には届かずに彼の手にしていた短弓の蔓を切ったのだ。
渾身の力を込めて私は2撃目を相手に突き立てる。
奴は咄嗟に剣を抜こうとしたが間に合わなかった。
スコールで灰色に染まった世界に、深紅の血飛沫があがる。
驚きと恐怖の表情を浮かべたまま、青年は喉を貫かれその場に崩れ落ちた。
私は呟く。
「そんな顔で見ないで。お互い様なんだから」
周囲の気配を確認して、奴から使えそうな装備を回収する。
先に死んだ連中からも使える物は回収した。
魔獣は死体に用があるだけで、装備までは食べはしない。
一通り価値のあるものは回収した。
もちろん周囲への警戒は怠らない。
不意に雨が止み、夕日が差し始める。
前方から気配を隠すこともなく近づいてくるものがいる。
まだ少し距離がある。
そう判断して、その方向に20mほど全力疾走し、再び周囲に溶け込むように気配を消す。
体中が痛いが、そんなことを言ってはいられない。
死体が転がっているのを発見されれば当然警戒される。
その前に私は決着をつけるべきと判断したからだ。
待つこと3分。
近づいてきていた気配が、動くのを止めた。
「見事だ。第2の試練を申し渡す。これから24時間。ここを中心に半径1km内に侵入したものを何人たりとも排除せよ」
男の声だ。
その男は地面に旗を突き立て、そのまま踵を返し去っていった。
第1の試練は終わったのだ。
私は革袋から水を飲み、干し肉をかじって流し込む。
そして再び気配を消し、歩き去った男の追尾を始める。
あの男はこれから24時間、何人たりとも排除せよといった。
宣言後に第2の試練は始まっていると考えるべき。つまりあの男は排除せねばならない。
すぐに後を追ったため、男の気配を捉えるまで時間はかからなかった。
密林の中を歩く男の後姿が見える。
距離40m。私は躊躇することなく短弓を引き絞り放った。
矢は木々の間を抜けて、男の首元に命中したと思った。
だが、そうはならなかった。
男は振り向きざまに矢を切り落としたのだ。
2の矢、3の矢を放ちながら接近する。
男は足を止めてその手にしたドロウロングナイフで矢を捌ききった。
短弓を投げ捨て、私もドロウロングナイフを抜いて切りかかる。
これも余裕を持って捌かれた。
かなりの実力。試練を伝えに来たのだ、おそらくはドロウレイス。
私はドロウレイスになるためにこの男を排除せねばならない。
右手にドロウロングナイフ、左手にダガーのスタイルで挑む。
私は師匠譲りの変幻自在の戦闘スタイルで、右に左に緩急を交え、次々と打ち込んでいく。
男は右手一本でその攻撃をかわし続けた。
この男は強い。
それでも!
私は節々が傷む体に鞭を打って、攻撃の速度を上げる。
両手の刃だけでなく、蹴りや含み針といった暗器も用いる。
驚くべきことに、その男はそれを余裕をもって凌いで見せた。
私は焦りを覚える。片手一本ですべての攻撃を防がれた。
これがドロウレイスの実力か。
だけど、師匠より強いとは思わない。ならば勝つチャンスは必ずある!
私は一度飛び退いてから、ダガーを投げつけて再度懐に飛び込む。
足払いからの首を狙った一撃。だが私のロングナイフはこれまで同様に男のロングナイフによって防がれた。
だが。
左手に隠し持ったダガーを胸元に突く。
取った!
だが奴の左手に握られていた、蠍の尾と呼ばれる短剣によって止められたのだ。
素早くダガーを手放し、距離を取る。
蠍の尾は剣折りと呼ばれる短剣の一種で、刃と平行に伸びたもう一本の短いブレードで相手の剣を固定したり場合によっては折ったりするための武器。あの状況でダガーを押さえられては、身動きが取れなくなる。
「第2の試練は合格だ。これより24時間の休息を与える。十分に休め」
私は男がそう言って刀を鞘に納めた瞬間に、再び切り込む。
完全に不意を突いたはずなのに、奴は私を見て笑った。
そして私のロングナイフは空を切り、男の姿が忽然と消えた。
「試練の理解は満点だ。いい腕だが、戦闘能力はまだ足らん。精進しろ」
周囲のどこからともなく、男の声が聞こえたが、どこからしたものかわからない。
警戒していると突然男の気配が完全に消えた。
武器を構えたまま、私はしばらく動けなかった。
慎重に先ほどの旗を確認に戻る。
地面に突き立てられた旗は消えていた。
私は武器を収めて、腰を下ろす。
完全に警戒を解くことはできないが、あの男の言葉は事実だと信じるしかなかった。
だが、油断はできない。
私は周囲の比較的高い枝に登り、体を休めることにした。
警戒しながらでも24時あれば休息が取れる。
想像以上に疲弊しているようだ。
私は瞑想の状態に入る。
ドロウは眠らない。
ただ休むだけだ。