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酔っ払い聖女、世界を救う(修正作業中、破棄予定)

作者: 小鳥遊ゆう



エルノア王国は長年にわたる戦争と魔物の侵略で疲弊していた。

王国の都には今も戦の爪痕が生々しく残り、住民たちは絶えず貧困と病に苦しんでいた。


王子アレクシウスは、そんな国の未来をどうにかする方法を探し続けていた。彼の頭に浮かんだのは、古代の魔法書に記されていた「聖女召喚の儀式」だった。


伝説によれば、聖女は異世界から降り立ち、絶望的な状況を一変させるほどの力を持っているという。しかし、その聖女は通常の人々とは異なり、神のような存在であり、王国にとって救世主となるはずだった。アレクシウスは、その伝説を信じていた。



「この儀式が成功すれば、きっと国は救われるはずだ!」



王子は心の中で強く誓い、精一杯の覚悟を決めて魔法書を開いた。彼は王国の一番奥にある古代の魔法陣が眠る地下室へと向かう。そこには、先代の王たちが使った、忘れ去られた魔法の遺産が眠っていた。



地下室に入ると、古びた魔法陣が地面に描かれていた。まるで時代の隅に追いやられた存在のように、埃をかぶっていたが、それでもその形状はしっかりと保たれている。王子はためらうことなく、儀式を開始する。



「聖女よ、異世界より降臨せよ!」



アレクシウスは呪文を唱え始める。目の前の魔法陣が次第に青白く輝き始め、その輝きはだんだんと強く、激しくなっていく。王子の心臓は高鳴り、全身が震えだした。その瞬間、空間が歪み、魔法陣の中から眩い光がほとばしり、何かが現れた。



――そして、光が収束する。



王子が目を開けると、そこに立っていたのは……。



「うぇーい!?」



目の前に現れたのは、意外にも酔っ払っている男だった。おそらく異世界から来た人物に違いないが、王子が求めていた聖女とはあまりにもかけ離れた存在だった。


男はよろけながらも、片手にワインの瓶を持ち、どこか自信満々な顔をしている。



「おっ、これは……異世界ってやつか?」男はフラフラと周りを見回し、王子を見つけるとニヤリと笑った。「おう、坊ちゃん、いい場所に来ちゃったな。」



王子は呆然とその男を見つめ、言葉を失った。異世界から召喚された聖女が、こんな酔っ払った男であるはずがない。これは一体どういうことなのだろうか?



「おい、君! 何者だ!?」



王子は声を荒げて問いかける。


酔っ払いの男は手を振り、ぐらつきながら答える。「ん? 俺? 聖女ってやつだろ? 召喚されたってことで、よろしくな!」


男はにっこり笑って肩をすくめた。


王子は目を大きく見開いて、その男が自分の求めていた聖女だとは到底信じられなかった。



「なぜお前は酔っているんだ! それに、聖女は女性だろう!」



「おう、そうかもしれないけどさ。魔法ってやつがうまくいってないんだろ? 俺もよく分かんないけど、こんな感じで来ちまったんだよ。」


酔っ払い男はぶらぶらと歩きながら、まるで何も気にしていない様子だった。


王子は心の中で叫んだ。この男が聖女? 



あり得ない! 



しかし、この瞬間、彼は気づかされる。もう後戻りはできないのだ。王国の命運を背負って、これからどうするべきか。王子は一度深呼吸をしてから、男に向かって言った。


「君、少なくともこの国のために何かしらの力を見せてくれ。できるだろう?」


酔っ払い男は肩をすくめて、「さぁな。でも、せっかく来たんだし、ちょっと見せてやるか。」と言って、王子に向けておどけた。






次の日から、王子と酔っ払い男の奇妙な冒険が始まった。


王国には、数々の問題が山積していた。まずは魔物の侵入だ。王国の辺境では、未だに魔物たちが村々を襲い、民を苦しめていた。王子はこの問題をどうにか解決しなければならないと考え、兵を連れ、男と共にその村へ向かうことを決めた。



「さて、魔物退治か。どうする?」



王子が尋ねると、酔っ払い男はワインの瓶を軽く振って、「あー、それならこうするんだよ。」と不敵な笑みを浮かべた。


その後、男は何も準備せずに魔物の巣に突入していった。王子が驚いて後を追いかけると、なんと男は魔物たちに向かって「おい、ちょっと酒飲まねぇか?」と声をかけたのだ。


王子は思わず立ち止まった。


まさか、この酔っ払いが魔物を倒すつもりではないだろうな? 


しかし、酔っ払い男は一向に気にせず、酒を投げるように魔物たちに渡し始めた。


すると、驚くべきことが起きた。魔物たちは酔っ払い男の目の前に集まり、ワインを飲み始めたのだ。しばらくすると、魔物たちは酔っ払い、戦意を喪失して倒れ込んだ。



「え、えぇっ!?」王子は目を見開き、言葉を失った。



酔っ払い男は満足げに肩をすくめ、「ほらな、酒さえあればどうにでもなるんだよ。」と得意げに言った。


王子は呆然としながらも、彼が本当に魔物を無力化したことに驚愕していた。その隙を逃さず、兵たちが魔物の息の根を止めて回った。



「こんな方法で……本当に魔物を倒すとは。君、ただの酔っ払いじゃないのか?」



酔っ払い男はニヤリと笑った。「ただの酔っ払いだよ。でも、酒はすごいんだぜ。」






酔っ払い男の予想外の力で、王国の辺境の村は救われ、王子アレクシウスの評価も急上昇した。


しかし、王国の民の中には、聖女と呼ばれた男の力を理解しようとする者もいれば、ただの酔っ払いだと疑念を抱く者もいた。


とはいえ、彼が示した魔物の退治という結果は、王国の未来に希望を与えるものとなった。



その数日後。



王国の北端の村から届いた報告は、王国全体に衝撃を与えた。流行病が急速に広まり、村人たちが次々と倒れていくという。


王宮の医師たちも魔法使いたちも手をこまねいていた。薬草も魔法の治療法も効果を見せず、病気はさらに広がるばかりだった。


王子アレクシウスは焦燥感に駆られ、すぐに救援隊を派遣し、王宮の賢者たちと共に村へ向かうことを決めた。しかし、酔っ払い男は一切乗り気ではない様子だった。酔っ払い男が何か手助けすることを期待した者は誰もいなかったが、他に頼れる手がなく、王子はしぶしぶ男を同行させることにした。


村に到着すると、すでに村人たちはぐったりと横たわり、家々の中では苦しむ声が響いていた。長老が王子に話す。



「王子様、薬草も魔法も効かぬのです。これが流行病だということは間違いない。しかし、何が原因で感染が広がっているのか、全く分からないのです。」



王子は眉をひそめ、診療を続ける医師たちを見守っていた。しかし、どの方法も効果が見られず、焦りが募るばかりだ。


そんな中、酔っ払い男がふらふらと現れ、手に持っていたワイン瓶を振り回しながら言った。



「なぁ、こういう時こそ、酒の力だろうが。魔法や薬草もいいが、酒の方が効くに決まってる。」



王子は驚きの表情を浮かべながら、「酒?いったい何を言っているんだ?」と問いかけた。


酔っ払い男はワイン瓶を片手に笑いながら言った。



「まぁ、聞けって。酒ってのは、体をリラックスさせるだけじゃない。感染症ってのは、体が弱ってる時に入り込むんだろう?だったら、酒で体を元気にして、免疫力を高める方がいい。お前ら、魔法だの薬草だのに頼りすぎだ。」



王子は半信半疑だったが、酔っ払い男が言っていることが、もしかしたら一理あるかもしれないという予感を抱く。



「じゃあ、どうするんだ?」王子は問い返した。



酔っ払い男はワイン瓶を開け、村の広場に集まった人々に向かって声をかけ始めた。「よし、みんな! 俺のやり方を信じてみろ! 酒を体に浴びせかければ、病気にならない。誰かが発症しても、他の者に移さないようになるはずだ!」


王子は驚きつつも、酔っ払い男の奇妙な提案を受け入れることにした。最初は無駄なことをしているのではないかと思ったが、村人たちの命を守るために試してみる価値はあった。


男は村人一人一人に、酒を頭から浴びせるよう指示を出した。最初は村人たちも困惑していたが、次第にそれが効果を持つことを理解し、村全体に広がっていった。


そのうち、男が言っていた通り、酒を浴びた者たちは次々と感染を免れることが分かった。ワインが直接的に治療をしたわけではないし、どうしてワインを浴びて感染から免れるのか王子には意味が分からなかったが、感染を防ぐ効果は確かにあったのだ。



村の長老が驚きながら言った。「これは……まさか、本当に効くとは!」



王子もその様子に驚きを隠せなかった。「どうしてこんなことを……」



酔っ払い男はにやりと笑って言った。



「感染症ってのは、空気中に漂う病原菌によって広がるもんだ。酒のアルコール成分には、その菌を殺す力があるんだ。つまり、空気の中に菌を広げさせないようにすれば、感染は防げるってわけさ。」






その後、村人たちは次々と元気を取り戻し、流行病の感染が収束していった。酔っ払い男の方法が本当に有効だったことが証明され、王子アレクシウスもその結果を受けて驚きと共に学びを得た。


王子は酔っ払い男に感謝の言葉を述べながら、深く思った。



「まさか、こんな方法で病気が防げるとは……。酒を使うという発想がなかった。」



酔っ払い男はにっこりと笑い、「まぁ、酒の力ってのは、時には便利なもんだってことさ。魔法や薬草だけに頼らず、あらゆる方法を試すべきだよ。」と言った。


その後、酔っ払い男の名は「酔っ払い聖女」として村に伝えられ、王国でもその方法が広まり、流行病の予防法として浸透した。



そしていつの間にか、酔っ払い聖女は姿を消した。














※※※
















その翌日ー。




薄暗い光が窓の隙間から差し込み、白いカーテンをぼんやりと染めていた。鼻を突く消毒液の匂いと、どこかで流れているモーツァルトのようなクラシックの旋律が、世界を曖昧な膜で覆っていた。




「また夢を見てたのかい?」




静かな声がした。柔らかな口調のその女の声は、男にとって聞き慣れたものだった。




「……ああ、あの世界の続きだ。魔法陣が光って、王子がいて……俺は“聖女”になってたんだ」




男──佐藤真人は、ベッドの上で小さく笑った。


頭に巻かれた包帯が僅かにずれていることに気づいた看護師が、手慣れた動作で巻き直す。彼女の名は吉岡美智子。精神科病棟で働いて十年になるベテランの看護師だ。



「聖女なのに、男で、酔っ払ってるんだって?」



「そうだよ。ワイン片手に魔物を酔わせて倒すんだ。村人を救って、流行病も止めたんだぜ。酒を頭からぶっかけてな。アルコール消毒ってやつさ」



彼は得意げに笑っていた。だが、その笑いには、どこか痛々しい影があった。



吉岡は静かに頷き、彼の手をそっと握った。



「ねえ、真人さん。昨日のこと、覚えてる?」



「昨日……?」



彼は目を細めて天井を見上げた。天井の染みが魔法陣のように見えた。


昨夜、彼は病棟の消毒用アルコールを盗み、病室で「聖女召喚の儀式」を行ったのだ。病院中が騒ぎになり、夜勤の看護師が彼を取り押さえた時、彼はこう叫んでいた。



「オレは王国を救ったんだ! 聖女だ! もう一度、アレクシウスのもとへ戻らないと!」



それは初めてではなかった。彼は定期的に“異世界”の話をし、誰かを救っていると語った。そして必ず、酒が“力の源”として登場した。



「どうしてお酒にこだわるの?」



「うーん……」



真人は一瞬言葉を詰まらせ、目を閉じた。



「……昔、父親がよく酒を飲んでた。酔うと優しくなった。仕事で疲れてても、酔ってる時だけは、笑って話を聞いてくれた。……酒って、そういうもんだと思ってたんだよな。悪いもんじゃない、って」



吉岡は黙ってうなずいた。記録によると、真人はアルコール依存症と双極性障害の診断を受けていた。過去には家族との関係も断絶しており、複数回の自傷未遂歴もある。


だが──彼が語る“異世界”の話には、一種の希望があった。滑稽で、荒唐無稽で、酔っ払った妄想と笑う人も多かったが、吉岡には分かっていた。彼はそこで「英雄」であり、「救う者」であり、「愛される存在」だったのだと。



「ねえ、もしその異世界が本当にあったとしたら、今も誰かが待ってるかもしれないね」



「……ああ、きっと王子が探してるよ。“酔っ払い聖女”って呼ばれてさ。酒さえあれば、なんだって解決するんだ」



「その世界では、お酒を飲んでも怒る人はいないの?」



「いないよ。みんなで酔っ払って笑うんだ。魔物すら酔いつぶれて、世界が平和になるんだぜ?」



そう語る真人の横顔は、どこか少年のようだった。


吉岡はふと立ち上がり、窓を開けた。外は柔らかな春の日差し。遠くで誰かの笑い声が聞こえる。



「ねえ、真人さん。今日の午後、グループで『創作療法』の時間があるんだけど……あなたの異世界の話、みんなにしてみない?」



「オレの話を?」



「うん。聖女の話、王子の話、村を救った話。あなたが見てきた世界を、紙に書いて残すの。どう?」



真人は目を丸くしていたが、やがて小さくうなずいた。



「……分かった。やってみる。誰かが覚えてくれてるなら、消えなくてすむもんな」



吉岡は笑顔を浮かべた。


──その午後。創作療法の時間、真人は色鉛筆と白紙を前に、黙々と「王国」の地図を描いていた。中央には城、東には魔物の谷、北には流行病に苦しむ村。そして、酒樽とワインボトルが転がる、ひとりの男の姿。



その男は「救世主」でありながら、「聖女」と呼ばれていた。



「この人が君?」



「ああ、酔っ払いだけどな。世界を救ったって、誰も信じないけどさ……」



「でも、君は信じてるんだろ?」



「もちろん」



真人は笑った。今は、薬も飲み、規則正しい生活もしている。外の世界では「ただの患者」だが、内なる世界では──「伝説」だった。



夜。病棟の消灯時間が近づく。



カーテン越しに見える月が、やけに青く感じられた。ふと、耳元で誰かの声がした気がした。





──聖女よ。再び我が王国に降臨せよ。





「……また呼んでやがる」



彼は小さく笑った。両腕を胸の前で組み、そっと目を閉じる。





静かな夜の病室に、ほのかにワインの香りが漂っていた。




王国は、長引く戦争と魔物の侵攻により、国力を失っていた。王国の都には今も戦の爪痕が生々しく残り、貧困と疫病が蔓延する中、住民たちは希望を見出せずにいた。


若き王子アレクシウスは、この絶望的な状況を打破すべく、ある禁断の書物に希望を託した。そこに記されていたのは「聖女召喚の儀式」。


伝説によれば、異世界から降り立つ聖女は、国を救うほどの奇跡の力を持つという。だが、その伝説はあまりにも現実離れしており、信仰心と理性の間で葛藤するアレクシウスの心を揺さぶっていた。それでも、他に道はなかった。


「この儀式が、王国を救う唯一の手段だ」


王子は決意を胸に、王家の最も古い地下室へと足を踏み入れた。そこは、先代の王たちでさえ封印した、忘れられた魔法の遺産が眠る場所だった。


埃にまみれた床には、古代の魔法陣が静かに描かれていた。アレクシウスは躊躇なく、その中心に立ち、儀式の呪文を唱え始める。


「聖女よ、異世界より降臨せよ!」


魔法陣は次第に青白い光を放ち、その光は激しさを増していった。空間が歪み、視界が真っ白に染まる。アレクシウスの心臓が激しく脈打ち、その瞬間、光が収束し、目の前に何者かが現れた。


そこに立っていたのは、王子が思い描いていた聖女とはあまりにもかけ離れた、ひとりの男だった。


「うぇーい!」


男は酩酊し、足元が定まらない様子でよろめいている。手には安物のワインボトルが握られ、その顔はどこか自信に満ちていた。


「おっ、これは……異世界ってやつか?」男はあたりを見回し、アレクシウスを見つけるとニヤリと笑った。「おう、坊ちゃん、いい場所に来ちまったな」


アレクシウスは言葉を失った。聖女は神聖な存在であり、女性であると信じられていた。目の前の男は、そのすべての前提を根底から覆す異物だった。


「おい、君! 何者だ!?」


声を荒げる王子に対し、男は肩をすくめて答えた。


「俺? 聖女ってやつだろ? 召喚されたってことで、よろしくな!」


男はにっこりと笑う。その無神経な態度に、アレクシウスの脳裏には様々な疑問が渦巻いた。


なぜ男なのか? なぜ酔っているのか? この儀式は失敗したのか?


しかし、この瞬間、彼は気づかされる。もう後戻りはできないのだ。王国の命運を背負って、これからどうするべきか。王子は一度深呼吸をしてから、男に向かって言った。


「君、少なくともこの国のために何かしらの力を見せてくれ。できるだろう?」


酔っ払い男は肩をすくめて、「さぁな。でも、せっかく来たんだし、ちょっと見せてやるか。」と言って、王子に向けておどけた。


男の口から発せられた「召喚された」という言葉だけが、この奇妙な状況の唯一の根拠だった。




翌日から、王子と「聖女」を名乗る酔っ払い男の奇妙な冒険が始まった。王国に山積する問題の中でも、最優先とされたのは魔物による村の襲撃だった。


「魔物退治か。どうする?」アレクシウスが問うと、男はワインボトルを軽く振り、「あー、それならこうするんだよ」と不敵な笑みを浮かべた。


男は魔物の巣窟へと向かった。王子は兵を連れ、男と共にその村へ向かうことを決めた。


その後、男は何も準備せずに魔物の巣に突入していった。王子が驚いて後を追うと、男は魔物たちに向かってこう呼んだ。


「おい、ちょっと酒飲まねぇか?」


王子は呆然とした。魔物を倒すどころか、酒を勧めている。酔っ払い男は、酒を投げるように魔物たちに渡し始めた。魔物たちは男の周りに集まり、差し出されたワインを飲み始めたのだ。やがて、魔物たちは次々と酔いつぶれ、戦意を失って倒れていった。


「な、なんてことだ……!」


呆然とするアレクシウスを尻目に、男は得意げに肩をすくめた。


「ほらな、酒さえあればどうにでもなるんだよ」


王子は呆然としながらも、彼が本当に魔物を無力化したことに驚愕していた。その隙を逃さず、兵たちが魔物の息の根を止めて回った。


王子は、この男がただの酔っ払いではないことを悟り始めていた。彼が持つ「力」は、魔法とは異なる、もっと身近で、しかし誰も思いつかないような奇策だった。


その後、酔っ払い男の予想外の活躍により、王国の辺境は平和を取り戻した。彼の評判は「酔っ払い聖女」として民の間に広まり、人々の心に希望の光を灯し始めていた。




次の問題は食糧問題だった。王国の中心部にある穀倉地帯の村が、正体不明の害虫の大群に襲われ、収穫を目前にした作物が壊滅的な被害を受けようとしていた。農民たちは絶望し、アレクシウスに助けを求めてきた。


「魔法使いが呪文を試しても効果がなく、害虫は増える一方だ。どうすれば…」


アレクシウスが頭を抱えていると、男がまたふらりと現れた。


「なんだ、虫けらを退治したいって話か?」男は王宮の酒蔵から持ち出したらしい、瓶の酒を飲み干しながら言った。「そりゃあ、酒があればなんとかなるだろ」


王子は呆れて言った。「酒で虫が退治できるとでも言うのか?」


「退治するんじゃねぇ。おびき寄せるんだ」


男は王子と村の代表者を連れ、畑へと向かった。そして、農民たちにこう指示を出した。「畑のあちこちに小さな穴を掘って、そこにこの酒を注ぎ込んでくれ。そして一晩待つんだ」


半信半疑のまま、言われた通りに作業を終えると、翌朝、信じられない光景が広がっていた。酒を注いだ穴には、害虫の死骸がびっしりと詰まっていたのだ。夜の間に酒の匂いに誘われた害虫たちが、次々と穴に落ちて溺死したらしい。


「まさか……本当に酒で害虫を退治するとは」王子は目を見開いた。


男はニヤリと笑った。「あー、酒の甘い匂いは虫にとっちゃあ、たまんない誘惑なんだよ。こうやっておびき寄せて、一網打尽ってわけさ。物理攻撃ってやつだ」



しかし、その数日後、王国の北端の村から届いた報告は、再び王国全体を絶望の淵に突き落とす。原因不明の流行病が急速に広まり、村人たちが次々と倒れていくというのだ。


王宮の医師や魔法使いたちも手をこまねき、薬草も治療魔法も効果を見せなかった。焦燥感に駆られたアレクシウスは、村へと向かうことを決意する。だが、その場にいる誰一人として、酔っ払い男が助けになるとは思っていなかった。しかし、他に打つ手はなく、アレクシウスは渋々、男の同行を求めた。


村に到着すると、苦しむ村人たちの姿が広がっていた。長老は憔悴しきった顔で王子に訴える。


「王子様、薬も魔法も効かぬのです。流行病に違いありませんが、感染経路が全く分からないのです……」


誰もが絶望する中、酔っ払い男がふらりと現れ、手に持ったワインボトルを振り回しながら言った。


「なぁ、こういう時こそ、酒の力だろうが。感染症ってのは、体が弱ってる時に入り込むんだろう?だったら、酒で体を元気にして、免疫力を高める方がいい。魔法や薬草に頼りすぎだ」


「酒だと? 何を言っているんだ!」王子は驚きを隠せない。


男は笑いながら言う。


「酒ってのはな、体をリラックスさせるだけじゃない。酒のアルコール成分には、その菌を殺す力があるんだ。空気中に菌を広げさせないようにすれば、感染は防げるってわけさ」


半信半疑ながらも、アレクシウスは男の提案を受け入れた。村人一人ひとりに、酒を頭から浴びせるという奇妙な指示。最初は困惑していた村人たちだったが、次第にそれが効果を持つことを知る。男が言う通り、酒を浴びた者たちは感染を免れ、病の蔓延は収束していった。


その様子を目の当たりにしたアレクシウスは、驚きと共に男の言葉を深く考えていた。


「まさか、酒がこのような形で役立つとは……」


「酒の力ってのは、時には便利なもんだってことさ。魔法や薬草だけに頼らず、あらゆる方法を試すべきなんだ」


男はそう言って、ニヤリと笑った。その後、酔っ払い聖女の噂は王国中に広まり、流行病の予防法として定着していった。


そして、酔っ払い聖女はいつしか王国から姿を消した。







薄暗い光が差し込む病室の白いカーテン。鼻を突く消毒液の匂いと、どこか遠くで流れるクラシック音楽の旋律が、世界を曖昧なものにしていた。


「また夢を見ていたんですか?」


静かな声がした。柔らかな口調のその声は、男にとって聞き慣れたものだった。看護師の吉岡美智子。


「……ああ、あの世界の続きだ。夢じゃない。魔法陣が光って、王子がいて……俺は“聖女”になってた」


男、佐藤真人はベッドの上で小さく笑った。頭に巻かれた包帯が僅かにずれていることに気づいた吉岡が、手慣れた動作で巻き直す。


「男なのに聖女で、酔っ払ってるんですって?」


「そうだよ。ワイン片手に魔物を酔わせて倒すんだ。害虫も酒の力で追い払った。村を救って、流行病も止めたんだぜ。アルコール消毒ってやつさ」


彼は得意げに笑っていたが、その瞳の奥には、どこか痛々しい影が揺れていた。


吉岡は静かに頷き、真人の手をそっと握った。


「ねえ、真人さん。昨日のこと、覚えてますか?」


真人は目を細めて天井を見上げた。


昨夜、彼は病棟の宿直室からワインボトルを盗み、病室で酒を飲んで、暴れたのだ。看護師に取り押さえられた際、彼はこう叫んでいた。


「オレは王国を救ったんだ! 聖女だ! もう一度、アレクシウスのもとへ戻らないと!」


吉岡は診察記録を思い出していた。真人はアルコール依存症と双極性障害の診断を受けていた。父親が酒乱で、幼い頃から暴力を受けていた過去。その一方で、父親が酒を飲んでいるときだけは、笑って話を聞いてくれたという記憶。彼にとって、酒は「善」であり「力」だった。


「どうしてお酒が好きなんですか?」吉岡は優しく問いかけた。


「……昔、父親がよく酒を飲んでたんだ。酔うと、優しい人になった。仕事で疲れてても、酔ってる時だけは、笑って話を聞いてくれた……酒って、そういうもんだと思ってたんだよな。悪いもんじゃない、って」


真人が語る“異世界”の話は、滑稽で荒唐無稽だった。しかし、吉岡には分かっていた。彼が語る世界では、彼は「英雄」であり、「救う者」であり、「必要とされる存在」だったのだと。


「ねえ、真人さん。あなたの異世界の話、みんなにしてみませんか?  創作療法で、ノートに書いて残すの」


真人は目を丸くしていたが、やがて小さく頷いた。


「……分かった。やってみる。誰かが覚えててくれるなら、消えなくてすむもんな」


吉岡は笑顔を浮かべた。その午後、真人は色鉛筆とノートを前に、黙々と「王国」の地図を描いていた。中央には城、東には魔物の谷、北には流行病に苦しむ村。そして、酒樽とワインボトルが転がる、ひとりの男の姿。


その男は「救世主」でありながら、「聖女」と呼ばれていた。





夜。病棟の消灯時間が近づく。カーテン越しに見える月が、やけに青く感じられた。


ふと、耳元で誰かの声がした気がした。


──聖女よ。再び我が王国に降臨せよ。


「……また呼んでやがる」


彼は小さく笑った。両腕を胸の前で組み、そっと目を閉じる。


ほのかにワインの香りが漂った気がした。


その香りは、消毒液の匂いをかき消し、次第に強くなっていった。真人の全身が淡い光を放ち始め、それは部屋の闇を優しく照らした。


包帯を巻かれた頭、点滴の針が刺さった腕……彼の肉体は、まるで淡い霧のように薄れていく。






吉岡の巡回は、それから数分後のことだった。


彼女は病室のドアを開けると、すぐに異変に気づいた。部屋の中に漂う、甘く、どこか懐かしいワインの香り。ベッドの上に吉岡の姿はなく、ただ、一冊のノートだけが残されていた。


窓は閉まり、鍵もかかっている。警備員が常駐し、夜間外出は不可能だ。それなのに、彼は病棟のどこにもいなかった。





真人の失踪は大きな騒ぎとなり、病院は警察に連絡。徹底的な調査が始まった。


当然、廊下の監視カメラの映像が確認されたが、夜通し誰も真人の病室に出入りした形跡はなかった。捜査が行き詰まったその時、映像をスロー再生していた若い警官が奇妙な場面に驚いた。


深夜3時13分。


映像には誰も映っていない。しかし、ほんの数フレームの間だけ、真人の病室のドアがノイズで乱れ、まるで半透明になったかのように向こう側が透けて見えたのだ。そして病室の床に、彼がいつも話していた「魔法陣」のような形の青い光が現れ、一瞬だけ強く瞬いた。その直後、映像は元に戻った。


人間の目では捉えられない、機械だけが記録した異常現象。それは、この世界に干渉した「何か」の痕跡だったのか。警察は原因不明の機材トラブルと片付けた。



数日後、警察から戻されたノートを開いた吉岡は、驚いた。


真人が描いた、ワイン瓶を片手に笑う「酔っ払い聖女」の姿が、まるで、インクが紙から抜け落ちたかのように消えていたのだ。


そして息をのんで見つめる前で、真人が描いた異世界の地図や、人物や魔物、道具の落書きが陽炎のように揺らめきながら、次々と色褪せ、消えていった。


目の前で起きた物理的にあり得ない現象に、彼女は言葉を失った。


真っ白になったノートは、真人が、現実世界との繋がりを断ち切ったからだと、彼はもう戻ってこないのだと、彼女は自然に理解できた。


吉岡は、窓の外の月を見上げた。その月は、まるで彼が去った世界から自分を見つめているようだった。



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