霊気
U字のベルトコンベアーからゆっくりと、黄色い箱が流れてくる。箱とぴったり同じ大きさで、中に茶色の錠剤が入った小瓶を入れる。
たったそれだけのお仕事。
コミュ症でブスで学歴もスキルもない私が、月収五十万稼げるたった一つのお仕事。
私はユニクロのヒートテックを二枚重ね着して、ノースフェイスのロングダウンジャケットを着て、分厚い靴下を履いてワークマンの厚底のブーツを履いてる。
唯一の同僚で、真向かいに座っているミチコさんは赤いヘルメットをかぶり、白のロングダウンを着ている。驚くほど細い体なので、まるでマッチ棒みたいなミチコさん。
私の職場は、正方形の氷の中みたいだ。
黄色い箱には「あったか血流」という黒のゴシック書体で簡素に商品名がある。裏には小さな小さな文字で成分が書かれ、下に※印つきで「健康補助食品です」と書かれている。つまりこれは薬でない、冷え性に効くと謳っているサプリメントだ。前は「あったかくなーる」でオレンジ色の箱だったんだけどね。
私たちが寒さに震えながら氷漬けの部屋で梱包した商品は、安いテナントの健康食品専門店で売られる。なんと朝八時から高齢者が並んでいるという。
「最近はね、若い娘さんのお客さんが増えたそうですよ。ですけれどね、常連のおじいちゃんもおばあちゃんも、ぽちゃぽちゃしてたのが人相変わるほど痩せてしまったね、最近では来なくなったそうよ」
そう言ってミチコさんはヘルメットの中で、ふふふ、と笑い声をこもらせる。ヘルメットごしに聞こえるミチコさんの声はこごもって、水の底から聞こえてくるようだ。
そうですか、と私は答える。
「若い娘さんの間でね、これ飲んだら痩せるって噂でねぇ、てっくとっく、なんだったけ、ぱずる? かなんかしてね、それで売れてるそうよ。冬のボーナスが増えたらいいねえ」
ミチコさんが言いたいのは、ティックトックでバズってる、だろう。それは私も見た。いつの時代も女性はとにかく痩せたがる。カリカリに骨が見えるぐらい。確かにこの薬には痩せる効果がある、それはミチコさんと私を見たらわかるだろう。
氷の部屋で精製された「冷気と霊気」がエネルギーを吸い取っていく。ぼったり太った私の体はカリカリに痩せた、この薬で痩せても美人にはなれないことを、悲しいかな、私は証明してしまっている。
「あの社長ですから、冬のボーナスはどうでしょう」
私は言った。ミチコさんも私もお金に困っているから、こんな詐欺でしかも健康を損ねる仕事をしている。私は毒親の、ミチコさんは毒夫の借金がある。
「そうねえ、がめついよねえ。霊気で人を弱らせて、一時の効果だけのこんな物作ってねえ。麻薬物質ではなく、霊気が中毒成分だなんてねえ。ここから出たいって人の亡くなった人の魂、強いねえ」
ミチコさんがヘルメットを傾けて、壁をみる。
ここは正確に言うと氷の中のようではない。人の肉と臓器と骨がみっちり詰まって冷凍されている。体内から出た内蔵がそのまま残っている。どのような理由かわからないが、第二次世界大戦で亡くなった人の遺体が地下で氷漬けとなり、この部屋ができたそうだ。
初めてここに来た時は盛大に吐いてしまったのに、慣れとは怖いものでいつの間にやらカラフルな床と壁模様に見えてきた。それに不謹慎だが、動いていないのに色鮮やかな生命力を見せつけてくる、氷漬けの心臓は美しくもある。
「霊気と冷気。生きたい生きたいもっと生きたかったっていう魂の霊気。私は霊感なんてないからわからないけど、たまに冷気を調整しに来る霊媒師の人、ダウンベストに半袖ですもんね」
私は箱に小瓶をいれて言う。
とても心身ともに悪い健康補助食品、私は毎日、手首を動かすだけで詐欺に荷担している。
最初に感じたこの部屋の気持ち悪さ、吐き気を催す詐欺手法、それらに五ヶ月も経てば感覚は麻痺してしまい、ずっと欲しかったノースフェイスのロングコートを買った私はクズだ。
「ねえ、不思議よねえ。霊気が人の体に入ったら血液そのものが熱くなるなんて、信じられないわあ。だからってこれを飲んで試そうとは思わないけどねえ。あの霊媒師の人、頭はツルピカで寒くないのっていっつも笑えちゃう」
マチコさんが笑う。
はあ、と私は返す。顔が隠れた人と話をするのは疲れる、顔色をうかがわないと、私はろくに言葉が出てこない。
「でも、こんな体に悪いもの、いつか売れなくなるんじゃ・・・」
「人の体に悪いものは、売れるのよ。人の体によくないものに、お金が使われているのよ」
はっきりとマチコさんが言った。
翌日、赤いヘルメットが黒いベルトコンベアの横に転がっていた。
氷の壁はさらにカラフルになっている。
「ごめん、しばらくは一人で頼むわ。求人、すぐ出すよ」
久しぶりに会った人事部の部長が愛想なく言った。
「いいです、一人で・・・仕事、慣れて早くできるようになりましたし・・・二人分、働きますからお給料あげてもらったら」
私が言うと、部長は気味悪そうに私を見てから、うなずいた。
「ああ、それなら。まあ、お願い」
「はい」
私はふかふかの新しい座布団をパイプ椅子にしいて、座る。両親は借金が減っていくごとに、増やしていく。
はたして、私はいつまで、ここで稼げるかな。
時々、カラフルな氷付けの心臓が、どくとくと音をたてている気がする。
終