そんな寂しい生き方をしないで
魔術院の調査隊が到着し、私は『仮面の魔女』と共に、廃れた駐車場から去っていった。無論、ラスティアから距離を置くためである。
彼女にとって、今の私は今後のためにも距離を置くべきと、私自身がそう判断したからだ。
内心、私はこれでいいとも思っている。それが彼女の、今ある幸せに支障がないのなら、義理の姉としてこうするべきだと。
「これでよかったの?」
「あぁ、今の私に、彼女の側にいる権利はない。彼女が今ある幸せを守れれば、私は側にいるべきではないんだ」
「そう。では、私の工房へ行きましょうか。あの方から継承するものはまだあるわ」
「そうだな。『仮面の魔女』、案内を頼む」
『仮面の魔女』は亜空間を展開し、私をあの駐車場まで来た時と同様、案内をする。亜空間に入ろうとした時、後ろから誰かが来るのを感じる。
その人影はなんと、ラスティアだった。どうやら、私のことを探していたみたいだ。
「待って! 義姉さん、どこへ行くの?」
「どこって? 君には関係ない。私はもう、君とも会うこともないだろう」
「なんで? 義姉さんはなんで、そんなことを考えるの?」
彼女の問いに、私はしばし沈黙する。もう私は、ただの人間じゃないことを伝えるべきかどうかを言うべきか、自問自答をする。
「なんでって? もう私は人じゃないからだ。ここにいるのは、君の義理の姉の皮を被った、ただの化け物だ。君の知る義姉さんはもう、この世にはいないんだ。だから君とは距離を置かせてもらう。だたそれだけだ」
「どうして? どうして、義姉さんはそう考えるの? 私は義姉さんとまだ一緒にいたいのに?」
「君がどう言おうと、私の考えは変わらない。もう済んだ? なら、私はお暇させてもらうよ」
私は彼女との別れを言い、その場を離れる。すると、彼女が私の後ろに抱きつきて来た。それと同時に彼女が泣いているのか、涙のような水滴を感じる。
「どうして……? どうして、そんなことを言うの? どんな事実であっても、義姉さんは義姉さんだよ?」
「……今更なにを言っても、もう私は人じゃない。君の幸せに、私は不要なんだ」
「違う!? なにがどうあろうと、姉さんは姉さんだよ!! だから、そんな寂しい生き方をしないで!! 私が姉さんを支えるから!! たとえ姉さんが『魔女』になっても、私が側にいるから!! それが私にとっての幸せだから……!」
号泣しながら話す彼女の言葉に、私は黙り込む。私が想像していた以上に、ラスティアは私のことを見ていたのだ。婚約者であるロイ以上に、私が彼女にとっての大切なのだ。
私は抱きついている彼女の手をどき、彼女の頬を撫でる。多量の涙を流しながら、ラスティアは私と目を合わせる。
「ごめん。君をこんなに泣かせるとは。私は、どうしようもない姉だな」
「姉さん?」
「帰ろう。私たちの家に」
「え?」
「帰るんだよ。私たちの家に。それと、髪を切ってほしい。この長さでは、鬱陶しいしね」
ラスティアは、私の言葉で笑顔になる。
「うん! 帰ろう。私たちの家に!」
ラスティアに導かれるように、私は帰路につく。すると、後ろから『仮面の魔女』が現れる。
「なんだ、まだ人間らしさは残っていたのね」
「そうみたいだ。どうも、彼女を見捨てられなかったらしい」
「そう。なら、私は失礼するわ。アル、その思いが、あなたをまだ『人』として保てていることを覚えておきなさい。私にはもうない感情だけど、まだあなたなら、その感情はあるはずよ。あなたにとっての家族がいるなら、ね」
「あぁ、大切にさせてもらうよ」
そう言い、『仮面の魔女』はその場から去る。私は、ラスティアの声が聞こえた方に向かうのだった。
――――――――――――――――
数時間後――――――――
灯りがついていながらも、静寂な部屋にハサミで何かを切るような音が響く。それと同時に、何かが落ちる感覚も感じる。
「どう? まだ切ったほうがいい?」
「もう少し短くして。後ろ髪はちょうどいいから、前髪をもう少し」
私がラスティアにそういうと、ラスティアは私の前髪は調整しながら切る。そして、前髪を切り終えると、手鏡を後ろに出しながら、私の髪を見せる。
「どうかな?」
「うん。悪くない。さっきよりは、髪を鬱陶しく感じなくなったよ」
「本当? よかった」
魔力の活性化の影響により、非常に伸びた髪をラスティアによって、散髪してもらった。先ほどよりも、短くなったが、それでも平均的な長髪となった。
「でも、切った時の感じは凄かったよ。上質な絹を切っていたみたいな感じだった」
「そこまで私の髪質はよかったのか?」
「うん。こんなに綺麗な銀色の髪なんて、滅多に見ないもの」
自分の髪と顔を見て、初めて実感する。まるで、自分でも驚くほどに人形みたいな容姿だったことに、自分で驚く。その姿は、自分でも納得いくような姿だった。
ラスティアは床に落ちた髪をまとめ、袋に入れる。そして、私のベッドに倒れる。
「もう姉さんは、私の知る姉さんではないんだね?」
「あぁ。君が知っている姉さんはもういない。それでも、君は私を姉さんと呼ぶのか?」
「当然だよ。誰が何言おうと、姉さんは姉さんだよ。たとえ、『魔女』になったって、姉さんなのは変わらないんだから」
彼女の言葉に、私は驚く。ラスティアは、自分がどの立場に居ようと、私についていく気でいるみたいだ。
「変わらないっか。でも、君には婚約者がいるだろう? 彼はどうするんだ?」
「ロイはいいの。お母様が、『元老院』と勝手に交わされた約束なの。如月家と『元老院』との密約で、結ばれた私たちは本当に愛し合えない。ロイが本気でも、私はそうじゃないの。それなら私は、姉さんの従者でいたい。その『魔女』と言うものがどんなものでも、私は姉さんの側にいたいの」
「そうか。でもいいのかい? 私が行こうとしている道は、『元老院』と対立してもおかしくない道だ。君の母親がどうなっても、生きられている保証はない。私が進もうとしている道は、そう言う道なんだ」
私の重い言葉に、彼女は動揺をしていない。どうやら、ラスティアはとっくに答えを決めているみたいだ。
「それでもいい。姉さんが孤独になるくらいなら、私は姉さんについていく。さっきも言ったよね? そんな寂しい生き方をしないでって。私が姉さんの側で、姉さんの居場所を作る。そのためだったら、私は勝手に結ばれた婚約だって無かったことにする」
彼女の目は、迷いの無い目をしていた。私がもう人間では無いことを受け入れ、ついていくと決めていたのだ。私はそれに根負けし、彼女がついていくことを承諾する。
「好きにするといい。ただし、君自身が力をつけことが前提条件だ。私はそこまで、面倒を見られないからね」
「いいの?」
「あぁ、もう何言っても意味がないからね。それに、君が側にいるならなんだか安心する」
「姉さん……」
ラスティアは、安心したような表情を浮かべる。すると、安心したのか、疲労から寝てしまったようだ。
私は、彼女に毛布をかけ、ベランダに出る。椅子に座ると、亜空間から誰かが現れた。
「終わったの?」
「あぁ、彼女ならもう寝ているよ」
亜空間から、『仮面の魔女』が現れる。彼女は私とラスティアが話し終わるのを待っていたようだ。
「そう。なら、話ができるわね。彼女がいると、今後の話ができないですもの」
「話って、なんだ?」
「三日だけ時間を頂戴。それで、あなたの力を今の限りで解き放つわ。その後は、『真のグリモワル真書』を集め、地道に覚醒するしかないわ」
「わかった。なら明日にでも頼む。どうも、しばらくはここも慌ただしくなりそうだ」
私がそう言うと、『仮面の魔女』は亜空間に入り去っていく。それを見届けた私は、ベランダから月を見る。
そして、私は眠れない睡魔の影響か、月が暮れるまでベランダに居るのであった。
次回は早ければ1週間後位になります。
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