継承と覚醒
『仮面の魔女』の手引きにより、私は自身の精神世界に入っている。もちろん、それはただ来ているわけではない。そう、私の中にいる奴に会うためだ。
話によると、奴は私の精神の中で鎮座しているらしい。それが、私の力と何らかの関係があるのは明白で、その為にも、奴と直接会うことが必須のようだ。
暗い空間を歩いていると、そこには宮殿のような広間と、7つの扉が私を囲うように並んでいた。
「この中に、奴がいるのか?」
聳え立つ扉を目の当たりにし、立ち竦む。この扉の中に、奴がいるのかと思うと、後戻りはできないのだと感じる。
すると、赤の扉が開き、光が扉の中に差し込んできた。私は、その光に導かれるように扉の中に入る。扉の中に入ると、玉座の鎮座する一人の女性が暗い部屋の中にいた。
「あれは、一体?」
私は鎮座する人物に目を向ける。すると、女性が目を開けると、私は強力な重圧に圧倒される。
「平伏せよ。誰の許可を得て立っている?」
「この重圧……! これが、『虹の魔女』?」
「ほう。我が魔力を前にして、ただではひれ伏せんとは。なるほど、貴様が、我が器か」
『魔女』は、玉座に座ったまま私を見下ろす。しかし、余りにも強大な魔力を前にして、私は片膝をついてしまった。
「だが、まだ未熟のようだ。その程度では、我が受肉するには脆いな」
「……お前が、『虹の魔女』か?」
「ほう? まだ元の魂は僅かながら顕在か。通りで、我の受肉が手間取ったわけか」
「手間取った? どう言うことだ?」
「本来、転生の術式を行使した際、元の魂は死を迎え、代わりに去し魂がその身に定着するのが決まりであるが、どうやらイレギュラーが起きたらしい。今の貴様は、我と元の魂が混在している状況だ。どちらかを捨て、どちらかを受け入れなければ、遠からずして、貴様は虚無になろう」
奴が言うように、今の私は元の魂の人格と、奴の人格の一部が混在としている状況らしい。そのどちらかを受け入れると同時に、どちらかを捨てなければ、私は廃人のまま生を過ごすことになるようだ。
「だが、廃人となれば、貴様は永久と廃人と過ごさなければならんぞ?」
「どう言う意味だ?」
「わからんか? 貴様はあの病院とやらで目覚めてから、人ではなくなった。つまりは老いもこなければ、貴様に死も来ない。その体のまま、この星と共に過ごさなければならんのだ」
「まさか、不老不死ということか?」
「そうだ。もう貴様には死すら来ない。貴様の周りが老いて死ぬ中、貴様はその体のまま、友、肉親と別れることなろうよ。それも、ただ人としてでなく、廃れた傀儡としてな」
奴の一言で、確信する。どうやら、私はすでに人の身ではないようだ。あのバス事故で、全身を損傷した私は、確かに死んでもおかしくはなかった。だが、結果として私は生き延びた。いや、違う。生き返ったと言っていいだろう。その対価として、私は『魔女』の記憶とかつての記憶が入り乱れ状態になり、今に至るのだ。
そして今、私は選択を迫られている。どちらかを受け入れ、どちらかを捨てる。言わば等価交換だ。その選択に、どちらも受け入れることなんてものはない。最も、私ははなから答えは決めている。誰かを守れるのなら、その選択に悔いはない。
「どちらかを受け入れば、私は廃人にならなくて済む?」
「そうだ。貴様が『人』か、『魔女』か、そのどちらかを選べば、廃人とならなくて済むだろう。さぁ、どうする? 『人』として生きるか、『魔女』として、その身を我に献上するか?」
奴からの最後の選択が迫られる。だが、私は答えをとっくに決めている。
「私は、『魔女』として生きる。ただし、それには条件がいる」
「ほう? では、その条件とは何だ?」
「いや、条件じゃない。取引だ。私の『人』としての記憶をお前に捧げる。その代わり、お前の力を私によこせ。それが、私が『魔女』として生きる条件だ!」
私の提示した条件に、奴は玉座のから笑みを浮かべる、それと同時に、玉座から立ち上がった。
「ふ、ふふふふふ。ふはははははは!! 気に入った!! 我をここまで昂らせたのはいつ以来か!! いいだろう。その条件、のんでくれよう!!」
奴は、階段を降り、私に近づいてくる。近くで見る奴の顔は、私と瓜二つであった。だが、奴の目はどこか吸血鬼のような眼孔をしている。この目はどこか身に覚えがあった。
「では、お前に中の『人』としての全てを対価にし、我が力の全てをくれてやろう。だが、全てが入るわけではない。『真のグリモワル真書』を集め、我が力を覚醒せよ。今のお前では、我が力の断片しか使えん。『真のグリモワル真書』を集めればその都度得られるだろう」
「『真のグリモワル真書』? それはどこに?」
「さぁ? だが、お前の近くにあるやもしれん。それと、我からも対価を授けよう」
「対価? 私の記憶だけじゃ足りないのか?」
「新月の刻、無条件で我がお前の血肉を貸すことだ。ただお前に力をやるだけでは、つまらんからな」
どうやら、ただ力を授けるだけでは、『魔女』の力を存分に発揮出来ないらしい。そのためには、『真のグリモワル真書』を全て集める必要があるようだ。それに、新月の時は、無条件で奴に体を貸さないといけない。それは奴が、私の中にいるだけでは満足しないためだ。
「あぁ、構わない。力を貰うのなら、安い対価だ」
「ふふふ……。契約成立だな。では、我が力の継承を行う。我の力を、存分に使うがいい」
奴の魔術によって、私の中に奴の力が流れ込んでくる。そして、同時に私の意識が薄れてくるのを感じる。
「お前はもう、かつての自分ではない。これからは我が名を語るといい。我が捨てた、かつての我が名をお前が名乗れ。さぁ、行くがいい。我が継承者よ。お前が我に代わり、星に仇なす凡愚を打ち滅ぼすのだ」
奴の言葉と共に、私は意識を失う。奴が捨てた名を、私が継ぎ、私が奴にとって変わる、現代の『魔女』として……。
――――――――――――――――――――
目覚めるとそこは、自分の自室だった。ベッドの横に居たのはラスティアではなく、『仮面の魔女』だった。あれから、未だにラスティアは帰ってきていない。館の従者達も、ラスティアが帰ってきていないことに焦り出しているようで、何だが騒がしい。
私が起きたことに、『仮面の魔女』は気づき、私の側によってきた。
「終わったようね。どう、自分の力が覚醒した気分は?」
「あぁ、悪くない。もう、守られるだけの私ではない。今度は私が、守る番だ」
「そう。それで? これからどうするのかしら?」
「まずは、小手調べにラスティアを救いに行く。そして、彼女を攫った奴らを皆殺しにするさ」
「中々過激じゃない。まるで『魔女』ね」
「『魔女』っか。そうだな。もう私はただの人間じゃない。誰かを守れるのなら、たとえ、どんな力があろうとも、安いものさ」
彼女は、私を見てうっとりとしている。どうやら、私が『魔女』であることを受け入れたことが、愛おしく感じているみたいだ。
「それで、どうするの? 『――――』。義妹を助けに行くのかしら?」
「よしてくれ。その名の人物はもう死んだ。この世にはいない人間の名前さ」
「あら、失礼したわ。あなたの名前を聞いていなかったわね。あなたの名前は?」
『仮面の魔女』の一言に、私は笑みを浮かべる。その名は、奴が捨て、奴から私が引き継いだ名前だ。
「私? 私の名は、――――――『アルトナ』。『キサラギ・アルトナ』だ」
私の名乗りに彼女は私の前で片膝につく。その名を聞いた彼女は、一変して態度を変えた。
「我が主。改めて、この時をお待ちしておりました。貴方様の転生を、我ら『魔女』は心よりご祝福いたします」
「あぁ、ご苦労だった。でも、その態度はやめてくれ。むず痒くて仕方ない」
「ふふ。ただのお世辞よ。それで? 私はどうしたらいいかしら?」
「そうだな。君は私の友でいてほしい。君の力が必要なんだ」
『仮面の魔女』は、顔につけていた仮面を外し、私の顔を見る。
「わかったわ。では、あなたの良き友人として、あなたを支えるわ。あなたはあの方の転生者。だけど、あなたはあなた。あなたが望むままに、あの方から受け継いだ使命を果たせばいい。私は、それを全力で支えるわ」
「ありがとう。では、早速だが、この力を試しに行こう」
「そうね。でも、あの方から受け継いだ力を使うには、まだ必要なものがある。あなたの縁が深い魔術師の血が必要になる。あなたの義妹の血を飲むのが一番ね。助けに行くついでで、行くといいわね」
「そうだな。それなら、ラスティアを助けに行くとしよう。だが、肝心の場所がわからない以上、安易に動けないな」
「それなら、私が案内しましょう」
『仮面の魔女』は、壁に歪な穴を展開する。その穴は、歪な形状をしており、穴の奥が暗くて何も見えない。
「この亜空間を潜れば、義妹のところに行けるわ。私が先導していけばいいわね」
「そうしてほしい。では、案内を頼む」
『仮面の魔女』に手を引かれるように、私は亜空間の中に入る。
こうして、私はラスティアを助けに行くのであった。
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