妄想不動産
不動産屋「いらっしゃいませ。こちら『妄想不動産屋』です。何か物件をお探しでしょうか?」
客「えーっと、そろそろ引っ越したいなーっと思ってはいるんですが、なかなか引越し資金が貯まらなくて……」
不動産屋「ええ、ええ」
客「今はとりあえず妄想だけにしておこうかなと思って来ました」
不動産屋「ありがとうございます。他の不動産屋は冷やかしNGですからね。そういったお客様のために私たちがいるわけですから、ご来店していただいて大変嬉しいです」
客「はい、数日前に別の不動産屋に行ったんですが、すごく嫌な顔をされて不快な気持ちになったんですよね」
不動産屋「ええ、ええ。あの人たちは実際にある物件を売ることしか考えてませんからね。仕方ありません。それでは早速物件を妄想していきましょうか? お客様はまずどこにお住まいをお探しですか?」
客「そうですね……職場が渋谷にあるので、電車で一本で行けて、家賃相場が安いエリアを考えてます」
不動産屋「おっと、お客様。そんな考え方じゃダメですよ」
客「はい?」
不動産屋「ここは妄想不動産屋ですよ。こんな物件があったらいいなと、自由に自分の都合だけを考えたらいいんです。職場が近いんだったら、渋谷を中心に物件を考えてみませんか?」
客「すみません。ちょっといつもの物件探しの考え方に引きづられてました。そうですよね。じゃあ、場所は渋谷で、徒歩は5分くらいですか? 駅周辺は家やマンションはありませんし」
不動産屋「ないなら、作ればいいんです。ここは大胆に渋谷駅直結にしちゃいましょう。それだと外に出ずに電車に乗れますからね」
客「なるほど……。確かに渋谷駅直結だったらこれ以上ないくらいにいい物件ですね。それでお願いします」
不動産屋「間取りはどうでしょう? 100LDKとか500LDKとかが人気ですよ」
客「一人暮らしなので、できればそこまで広くない方がいいです。10LDKくらいにしておいてください」
不動産屋「ペットはどうします?」
客「別に飼ってはいないんですが。ペット可がいいですね。ふと思ったんですが、ペット可って言い方がなんだか上から目線じゃないですか?」
不動産屋「確かにそうですね。大家さんから飼ってもいいよって許可を与えられているみたいな感じがします」
客「なので、『ペット可』ではなく、『ペットをできれば飼ってください、お願いします』にしておいてください」
不動産屋「承知しました。条件に追加しておきますね。コンビニとかスーパーはどの辺りにあった方がいいですか?」
客「家を出たくないので、家の中にコンビニとスーパーがあって欲しいです」
不動産屋「築年数は?」
客「新しければ新しいほどいいです」
不動産屋「では、築一日にしましょう」
客「家具家電付きとかって条件つけられますか?」
不動産屋「うーん、備え付きの家具家電だと、自分の好みに合わないものになっちゃう可能性があるんでお勧めできないんですよね」
客「なるほど」
不動産屋「なので、家具家電付きじゃなくて、好きな家具家電をプレゼントにしましょう」
客「ありがとうございます」
不動産屋「最後に、一番大事な家賃について決めちゃいましょう」
客「渋谷駅直結で100LDKですもんね……。でも、ここは妄想不動産なので、月三万円でどうでしょう?」
不動産屋「お客さん、もっと自分に正直になってもいいんですよ?」
客「え……それじゃあ、家賃は無料……?」
不動産屋「無料でいいんですか? ここは妄想不動産。こんな物件だったらいいなと思ったことをおっしゃってくれたらいいんです」
客「だったら……家賃はマイナス100万円とかってできますか? つまり、毎月住んでるだけで100万円もらえるっていう条件なんですが」
不動産屋「もちろんです。みなさんそうされてますよ。それではあらかた条件は決まりましたね」
客「ありがとうございます」
不動産屋「確認のために、振り返りましょうか。えー、立地は渋谷駅直結徒歩0分で100LDK。ペットをできれば飼ってください、お願いします。コンビニとスーパーは家の中にあって、築一日。家具家電はお好きなものをプレゼント。そして家賃はマイナス100万円ですね」
客「ちょっと欲張りすぎですかね?」
不動産屋「いえ、むしろ控えめな方ですよ。まあ、物件は条件だけじゃなくて、相性もありますからね。それでは、物件の条件も決まったので、一度内見に行ってみましょうか。電車で渋谷駅まで一緒に向かいましょう」
客「はい、お願いします」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「銀座線でいきましょうか?」
客「そうですね。それが一番近いですし」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「お客様は、出身どちらなんですか?」
客「出身は佐賀なんです」
不動産屋「あ、そうなんですか。私の義兄も佐賀出身なんです」
客「そうなんですね、奇遇ですね」
不動産屋「行ったことがないので、一度は行ってみたいんですよね」
客「ぜひぜひ」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「渋谷駅なので、降りましょうか?」
客「え? あ、はい」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「……」
不動産屋「……」
客「えっと、すみません。妄想不動産を利用するのは初めてなんで的外れな質問かもしれないんですが……」
不動産屋「なんでしょう?」
客「この内見の下りって必要ですか?」
不動産屋「妄想とは言ってもある程度のリアリティは必要ですから」
客「それはそうですけど……。こうしてお店の椅子に座ったまま、電車に乗って内見に行く時の再現をしなくても」
不動産屋「そうおっしゃるお客様も多いです。であれば、これで妄想は終わりにしちゃいましょうか。どうでしょう? お楽しみいただけました?
客「ありがとうございます。はい、楽しかったです。また機会があればやってみたいですね」
不動産屋「そう言っていただけて光栄です。それでは本日のサービスは以上になりますので、お支払いの方をお願いします」
客「はい」
不動産屋「妄想サービス料など諸々込みで合計金額はこちらになります」
客「……」
不動産屋「お支払い方法はカードでしょうか? カードの場合、一括にしますか? それとも分割払い?」
客「一つ聞いてもいいですか?」
不動産屋「なんでしょう?」
客「これってまだ妄想の中ですか?」
不動産屋「やだなあお客さん」
客「ははは……」
不動産屋「これは現実ですよ」




