第86話 自白
稔編が長くなりそうで焦ってます。
稔は、一度覚悟を決めたら後はすぐ行動できるタイプだった。
その覚悟は魅羽に許されたと感じた時にはもう決まっていた。
魅羽にとっては不幸かもしれないと一瞬迷ったが、彼はもう止められなかった。
今ここであのマシンのお兄ちゃんにこれ以上の悪評が集まるのは良くない。
例え自分たちが不幸になろうと、これ以上何の罪も本来は無かった彼が苦しむ必要性は無い。
周りの人間はイライラのあまり口論を始める者が多く、人々はどんどんと荒んでいった。
自分が正義だと信じてやまない人が多い中、稔は勇気を出すほかなかった。
これで楼汰が帰ってくる保証は無いが、少なくとももしこの声が広がればきっと彼にも届くと信じていた。
あれはフェイクだったと、謝罪する勇気を彼は求めた。
喧噪が絶えない避難所内で、赤ん坊は泣き男は騒ぎそれに女が注意しヒステリックな金切り声と野蛮そうな声が争い合っている。
そんな中で笑うユウは異常だったが、兎に角このままではここの民度も悪くなると思った稔。
元よりユウの事は胡散臭いと思っていた。
そもそも、彼は協力を持ちかけてきたもののこちらを助ける事は無く、あくまで自分の利益でしか動いていなかった。
稔にとって彼はどうでもいい存在だった。
後悔するならば妹の事だけだった。
ここでフェイクとバレた場合に間違いなく自分達も非難の的になるだろう。
少なくとも、ユウは終わりだ。
自分達も、きっとただでは済まないだろう。
先ほど魅羽に対し一生をかけて尽くすと誓っておきながら最初に彼女の未来を奪うような真似なのだ。
本当は稔だってやりたくはない。
だが、ここでやらなければ示しがつかない事は分かっていた。
何より、ここで楼汰が帰ってこなければ奪われるどころか未来そのものが無いのだ。
分かってくれず、また喧嘩になる可能性の方が高い。
それでも、今やらなければ誰の未来も守れないとそう感じた稔は魅羽の元に駆けた。
魅羽は既に諦めていた。
唯一、親との対話の後に本心で話せた兄がもう自分の事など考えていないと思ったからだ。
楽しかった記憶を思い出す。
まだ両親が生きていて、兄もあそこまで保身的では無かった時代。
自分は口うるさい妹だと思っていたが、兄は煩わしそうにしながらも自分の事を守ってくれていた。
やらかしたときは一緒に謝ってくれた。
学校で濡れ衣を着せられた時に誰よりも先に自分を信じてくれた。
あの時の兄はもう居ない...。
そう思い体育座りのまま顔を膝に埋める。
【魅羽視点】
.........あの時、私は絶望のあまり何もかも信じられなくなった。
真実すら真実と思えず、兄の言葉ですら心には伝わらなかった。
兄も絶望していたが、私の為に必死で言葉を紡いでくれた。
そのお陰で今の私がある。
だから、あの時私に対し嘘をついてあのマシンの人に憎悪を向けさせた兄の行為そのものには怒りは無い。
そして、それを最近俯瞰してからあのお兄さんの事も嫌いではなくなった。
まだ面と向かって何かは言えないが、いつかはお礼が言いたいくらいには感謝してる。
あの時、もし彼が守ってくれていなければ私は兄すら会えなかったかもしれないから。
さっき兄に謝られて、そこでふと気づいたことだ。
私にとって家族は帰る場所だった。
どんなに学校や塾が辛くても、母が作るご飯で乗り越えられた。
父は普段会社で忙しいのに、そんな中で私の要望に応えて遊びに連れて行ってくれた。
その二人が居なくなった今、頼れるのは兄だけだった。
ここで兄まで失っていたら、ここまで平静にはなれてないと思う。
だからこそ、あのお兄さんへの憎悪は無くなった。
まだ胸の奥底にはわだかまりがある気がするが、これもいつか消えるだろう。
兄は私を諦めたのか、或いは迷っているのか分からないが、もう二度と家族と思えないかもしれない。
......だからあの時の事も謝りたい。
私は憎悪が一時酷いくらい燃え上がった。
憎くて憎くて、全てが憎かった。
ユウさんに動画という方法を教えて貰ったとき、何でもいいから苦しませたいと思った。
勿論目的はあのお兄さんだったが、兄に対しても少しだけ憎んでた。
兄があんな事を言わなければと、本当は思ってた。
だから兄の顔に催涙スプレーを吹きかけた。
あの時の私は、復讐できれば他はどうでもよかったのだと思う。
だから、あの時はただただ私に尽くしてくれてただけの兄に対しスプレーをかけた。
兄が私に誰がかけたと聞いた時、なんでそんな当たり前の事を聞くんだろうって思った。
今思えば狂ってる。
兄が私に愛想を尽かすのも仕方ないような気がする。
いくら自分の感情が振り切れてるからって、兄を巻きこんで酷い事をしてしまったのだから。
あの時の兄が居ないのは、私のせいなんだ。
だから、私は兄に謝りたい。
例えあの時の事でどんなに怒られたとしても、それでも話したい。
その上で、今だけでも一緒に居たいと思う。
稔と合流した魅羽はご飯を食べながら説明を受けた。
今まで自分たちがやってきた罪を告白するというものだった。
彼を脅した事。
フェイク動画を作り上げた事。
そしてそれを歩き回り様々な人に宣言した事。
その全てを白日の下に晒す。
そう話す稔の目の覚悟は決まっていた。
稔は、魅羽に対し謝った。
あれだけお前を苦しめておいて、これからを懸けると誓っておいてなんだが、ここだけは見逃してほしいと。
このままでは魅羽も誰の未来も守れないと。
そう語った。
稔の悔しそうな表情と申し訳なさそうな声色でこれが本心だと気づいた魅羽。
どの道、自分もあのお兄さんにはお礼を言いたかったのだと稔に同意する。
その上であの時の、催涙スプレーについて兄に謝罪する。
謝っても許されないかもしれないが、私があんなことをしなければここまでの事にはならなかったと。
何より、大事な家族にそんな事をしてしまったと。
しかし稔は元はと言えば自分の嘘が原因だから何も問題は無いと謝罪自体を突っぱねた。
何ならばずっとそれで苦しんでいたのかと、魅羽を気遣いそんな風に思わせてごめんと謝ったのだった。
稔はあくまでも魅羽が苦しんでいるもんだと思い、更にそのスプレーもあの時は怖かったが今思うと全て自分が原因だと思えてくる。
勿論だから許すのは違うかもしれないが、少なくともあの時以前の対応を間違えたのは自分だったと信じてやまなかった。
稔は、ここで怒ったところで何も意味は無いと優しく落ち着かせることにした。
しかし、魅羽にとっては違った。
謝罪すら受けて貰えなかったと、本気で落ち込んだ。
兄はもう、自分の「兄」では居たくないのかもしれないと感じた。
稔が魅羽を本当にどう思っているのかはさておき、魅羽は兄に愛されていないとここで勘違いした。
怒って欲しかった。
謝る自分に怒って、そしてその怒りのまま家族であると再確認したかった。
愛のある鞭を求めたのだ。
しかし、稔は魅羽を赦しどうってことは無いとばかりに話を変えた。
魅羽はこの時点で、やはりもう戻ることは出来ない事を察した。
涙をこらえ、心の中で泣きながら顔を逸らす。
了解を貰った稔は立ち上がり、水を飲み込む。
魅羽の手を握って立ち上がらせると、先ほどの大人がうじゃうじゃいた広い部屋へと向かう。
もう二人に罪の告白への憂いは無かった。
あるのはこの二人自身のわだかまりだけだった。
部屋についた稔だったが、流石にこんな大勢の前で罪を自白するなんて勇気は無かった。
思わず叫ぼうとした声が萎み、息を止める。
目を見開き、どうしようと困った顔を見せる稔の顔に気づいた魅羽は手を引く。
稔が魅羽を見ると、魅羽は不安そうな顔を断ち切り笑顔を見せた。
少しでも意識してほしかった。
兄としての稔を。
その顔を見た時、再び稔に兄としての勇気が浮かんだ。
そうだ。
自分は、この笑顔を守りたいと思って、話そうと思ったんだ。
そのまま稔は笑うと、息を吸い込んだ。
そして、そのまま叫ぶ。
「皆さああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!聞いて下さぁあああああああああああああああああああああああい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
五月蠅い喧噪の中に、声変わり中の少年の声が嫌になるほど響いた。
台風に地震に熱さ。
マジできついですね。
そして魅羽と稔はすれ違います。




