第60話 妹の変化
兄妹の物語。
挙動不審な兄とスプレーを兄貴にかけた妹の話が語られます。
俺はまさかこんな事になるとは思っていなかった。
もう、というか既に手遅れではあったがどんどん沼に沈んでしまっているみたいだ。
妹は完全に壊れてしまった。
俺の発言のせいなのか、はたまた母さんが死んでしまったせいなのか、完全に記憶も思考も昔とは変わってしまった。
あのマシンの搭乗者は正直言うと俺らのとばっちりを受けている。
俺は説明の時しっかりと母さんが死んだのはあのマシンではなくバケモノのせいだと言った。
でもアイツは虚ろで、何も反応しなかった。
今思えばあの時既に彼女はもうマシンの搭乗者の人間に恨みを持っていたんじゃないかと思う。
...ただある意味壊れていないともいえる。
魅羽は搭乗者のお兄さんを恨む事で自分を正当化し、なんとか今までの記憶を繋いでいる。
もしこれで正当化できなくなってしまったら、今度こそいよいよ終わりだ。
...でも、この時の俺はまだ幸せだったんだ。
だって妹に恐怖を感じていなかったのだから。
あの配信者の男との接触の後、アイツは作戦を話してきた。
アイツの本性をばらしてやると。
動画に収めてそれをSNSに公開してやると、そう言っていた。
正直失望と同時に安心もした。
例えあのお兄さんに自分自身理解できていない憎悪があったとしても、多少罪悪感もあったからね。
作戦に関して言えばそんな事で勝算になるのかと心底呆れたよ。
彼は優しいし、むしろ今回の場合も前のように炎上するんじゃないかと思うよ。
どんなに怒らせてもそこまで注目するようなことにはならないと思うけどな。
まあでも、協力すると言ってしまった以上やるしかない。
どちらにせよ魅羽をこれ以上壊さない為には最低限このままの状態、良ければ戻すという大変な工程を行わなくてはいけないんだ。
俺にとっては妹が今の全てだ。
何としても今回の動画を成功させようと、本気で思った。
......だからこそ、この動画で妹の事を怖いと思ってしまったのかもしれない。
そもそもが、俺はある意味あの搭乗者に甘えていたのだと思う。
あの人なら俺が何を言っても怒らないだろうという甘えがあったんだ。
だからかな、いつものようにキレて反論しても謝った上で何とか解決策を出そうとしてくるだろうと思っていたんだ。
だけど、その日は違った。
「...悪いがそれは出来ない。」
まさかの言葉だった。
俺はうろたえた。
近くにいた妹に心配されるほど、俺はかなり焦っていた。
ココでもし彼に否定されてしまったら、妹も助からないし俺も今まで恨もうとしてきた時間が報われない。
苦し紛れに色々と思考を巡らせたが、考えれば考える程俺らが惨めで、且つ悪のように思えてきて思わず頭を抱えた。
彼は珍しくきっぱりと意見を告げ、更に俺たちに逆に質問を投げかけてきた。
魅羽が何やら抵抗をしているが無駄だ。
もはやもう通じることは無いんだろう。
やらかしたと、その時は本気で思ったさ。
妹に同意を求められ、何度も呼びかけられてようやく意識がはっきりと戻った。
慌てて返事をしたせいでお兄さんにも怪訝そうな目を向けられている。
お金なんていらないし、行動もしない。
ただ妹の平穏をこれからも守りたい、それだけだ。
でも、それが出来なくなるかもしれない。
焦ったね。
かなり、焦った。
冷汗は止まらないし頭はくらくらする。
どうすればこの状況を打開できるか、必死に考えていた。
と、突然。
プシューと音が聞こえ、次の瞬間勢いよく目にスプレーが入った。
あまりの痛みで悶絶していると、妹が何やら叫んでいた。
痛みで意味が分からず、咄嗟に妹らしき人を掴むとすぐに連れて行ってくれた。
何なんだ。一体。
その動画は、流れとは全然違った。
お兄さんは悪魔みたいなことを言って俺たちを困らせようとするし、妹はあの時話していなかったことを話している。
挙句に俺がスプレーを浴びたところが、そのまま俺が泣いたとして使用されていた。
こんな絵面じゃ、必然的に搭乗者の人が悪人に見えるのは仕方ない。
多少編集に粗めな所があるが、確実に編集動画と分かる内容だった。
そして俺は思った。
スプレーをかけた奴は誰なんだと。
あの状況で、かけられるのは二人しかいない。
そしてお兄さんとはちょっとだけ距離があった。
これから導き出される答えは一つだけだった。
でも、俺は信じたくなかった。
...信じざるを得ない状況まで信じないつもりだった。
ところが、信じざるを得なくなった。
何気なく、妹に「あのスプレーって誰が蒔いたんだ?」なんて聞いた。
ほんの冗談、話のネタにでもなればいいかって。
そしたら魅羽、ちょっと考えてこう言ったんだ。
「ああ、あれは私がかけたんだよ。違和感なかったでしょ?」
認めたくなかった。
でも、認めざるを得なくなった。
本人が言ってしまったからだ。
それと同時に俺は戦慄した。
いくら喧嘩した仲とは言え、実の肉親に一切伝えずに催涙スプレーをかけたんだと。
彼女は壊れているとは思っていたが、もはやこれは壊れているとかいないとかの問題じゃない。
俺はそう考えると同時にとても恐ろしくなった。
もう、あの時の魅羽はいないのだと理解した。
戦慄の一言で片づけてはいけないと思ってしまうくらい、魅羽は変わってしまった。
いくらリアルを追求するからって、そこまでやるか?
しかも協力者の肉親にすら黙って。
彼女はもう、母さんと約束した時の純粋な妹では無いのだろう。
それでも魅羽を支えなくては。
結局魅羽はあの配信者のユウとか言う奴と一緒に仲良く復讐などの話をしている。
話し方や立ち振る舞いは明らかに魅羽なんだ。
でも、俺の知る魅羽では少なくともなくて、もう手遅れなのだろうと言うような話をしている。
次の動画はどうしよう、どういう風に追い詰める?どういう所を抜き取ると言った風な事を話していて、すっかりユウと意気投合だ。
彼女が壊れてしまう前になんて思っていたが、もう俺も魅羽もとっくに壊れていたのかもな。
それでもあきらめるわけにはいかない。
俺は妹との平穏と母さんの約束を守る。
...不気味なほど静かな夜だった。
恐怖を引きずりながら、俺は一人睡眠に着くのだった。
変わってしまった妹が何より恐ろしかった。
いつか、俺も襲われるんじゃないかって。
次回からまた本編サイドに戻ると思われます。




