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悪の令嬢は恋敵に交換日記を申し込みます  作者: 明日


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第三話 好きになるわよ




「アリスー! 起きてー!!」


 部屋の外から声が聞こえた。エイダという同級生は、随分と自分に世話を焼いてくれるらしい。それを聞きつつ寝ぼけ眼でエリザベスは起き上がる。

「何ですの?」

 聞きながら扉を開けると、そこにはエイダが立っていた。長身で大柄で、そして髪の毛を逆立てるように丸めて留めたその格好は変な迫力がある。

 

 だがその格好は、エリザベスからすれば迫力というよりも驚きがあった。

 彼女はいつもの薄汚い私服ではない。臙脂のブレザーに、紺のスカート。それはここ三年間もエリザベスも着慣れたもの。

「なんで制服なんて?」

「何言ってんの、昨日からおかしいよ。ほら、早く行かないと、入学式から遅刻するわけにはいかないっしょ」


「え?」


 そんなわけはない、とエリザベスは思う。

 昨日エイダから聞いた入学式は二日後だったはずだ。つまり、明日のはず。

 しかし、エイダの後ろを通り抜けていった女子生徒も制服姿だった。


 からかっているわけではないらしい。

 そして部屋を見れば、すぐに着られるよう制服が出してある。それに……。

(こんなきちんとなっていたかしら)

 エリザベスは疑問符を浮かべる。部屋がどことなく綺麗になった気がする。留守中に誰かが入ったのか、と一瞬思ったが、しかし自分はここで寝ていたのだ。何かがあればすぐに気がつくはず。

 不思議な感覚に襲われるも、エイダは構いはしない。


「あと少しだけ玄関で待ってて上げるから。それと、朝ご飯はもうないからねー」


 まずい、遅刻してはいけない。

 アリス・ハートは無遅刻無欠席の勤勉な生徒だったはずだ。

 そう思い直し、エリザベスは着替えに掛かる。簡素で貧相な寝間着から制服に着替えるのにそう時間は掛からない。

 空腹をこらえながら、髪の毛を簡単に整えつつ玄関まで走れば、手持ちぶさたに待っていたエイダが「遅い」と頬を膨らませた。







(本当に、記憶の通りだわ……)


 寮から学校へは徒歩でいくことになっている。

 エイダとの会話を適当にこなしつつ周囲を注意してみれば、やはり三年前の風景だ。大まかには卒業式の日と大差ないが、たとえば彼女が二年の時に修理されたはずの看板がまだ古いまま。


 そして並木通りを抜けて、学園の敷地につく。

 敷地自体は森がある程度には広いが、門はいくつかに限られて、ここはその正門である南門だ。

「…………」

「どうしたの?」

 

 立ち止まったエリザベスにエイダが尋ねるが、エリザベスは応えられなかった。

 この奥にある学園で、三年後自分は死んだ。エリザベスの主観ではほんのすぐ数日前に。

 そんな感覚が、エリザベスに忌避感を持たせる。この奥では死が待っている。そんな予感を。


(……ふざけてるわね)

 けれど、エリザベスはくす、と笑った。

 エリザベスが死んだのは、アリス・ハートがいたからだ。彼女に少し嫌がらせを重ねた結果、レオナルドに嫌悪されて死に至る事態となった。

 しかし今、アリス・ハートはここにいる。エリザベスの意識を持ってここに。ならばエリザベスを殺すことはなく、殺せる者もいない。

「いいえ。いきましょう」

 エリザベスは歩き出す。

 

 残る懸念は、あと一つ。

 『エリザベス・ヴァレンタイン』が誰か、ということ。彼女を動かしているのが誰であるかということ。

 もしもあの女が私の身体を乗っ取っていたならば。エリザベスはそう考える。もしもそうなら、答えは簡単だ。私の身体を好き勝手に使われてたまるものか。そんなことになれば、あの女はレオと何の障害もなく一緒になるだろう。そんなことは許せない。

 だが、もしも。

 もしも、そこにいるのが確かに『三年前のエリザベス・ヴァレンタイン』ならば。


「どこにいけば会えるかしらね」

「え?」

 ぽつりと呟いた言葉にエイダは聞き返すが返答はない。

 さっさと歩くエリザベスの姿に、エイダは『歩き慣れているのかな』とふと思った。



(教養科の一年の教室……懐かしいわ)


 案内に従い辿り着いたのは一年生の時に使っていた教室……ではなかった。

 クロウリー学園の生徒は、一年次は全て『教養科』と呼ばれるクラスへと入る。そこでは二年から始まる専門課程におけるほんの基礎を学ぶ。そして二年次、そのそれぞれの適性と志向により戦術科、魔術科、経国科、また続けて教養科、などに分かれて学ぶことになる。

 二百名近くにも及ぶ新入生がいったん教養科に入ることにより、やはり一年時の間でもいくつかのクラスに分けられることになる。

 エリザベスが新入生だったときは、一組から五組に分かれており、エリザベスは一組だった。

 そして、階級の壁がないとされる学内でも、既にそこでそれは『建前』なのだと示されることになる。


 学園が入学生につけた序列。それが明らかに示されるもの、それが組分けだ。

 一組は筆頭組とも呼ばれ、家格の高い家の子女たちが集められる。二組は、筆頭組には入らなかったもののそれでも爵位を持つ家の者が大勢いる。三組からは爵位持ちはほとんどいなくなり、それでも有名な商家の子供たちが残る。

 ただ、四組や五組になると、ここは逆に序列はほとんど関係がなくなる。

 下位二組は、上位三組に入れなかった子供たちの集まり。庶民から貧民が集まるクラスといえた。


 もっとも、それでも入学時点で試験によりその質は保証されている。

 各子供は庶民といえども出身の村や町の中ではもっとも優秀な者たちに近く、約二百万人が暮らすとされるこの国でも上位の者たちだ。

 最低限の頭脳に、何かしらの秀でているものを持つ輝ける原石。最低の組であってもそれが保証されている、というのは確かだった。


 ただし。

(さすが最低の五組ね。汚らしい奴らばかりだわ)


 エリザベスは中にいた人間たちを見て眉を顰める。

 誰しもが、自分のいた土地の名士などの推薦を受けている以上、最低限の身なりは整えている。しかしそれも最低限だ。

 化粧などをしている人間はいない。顔を洗ったことがあるのだろうか、髪の毛に櫛を通したことがあるのだろうか、などと思えてしまうほどの不潔さをエリザベスは感じた。


 もっとも、それは一年の間だけの我慢だ。一年、または半年もすれば、皆都会の人間と自分の差に気付き、自分の身なりにも気を使い始めるものだ。

 都会に出て、その文化に垢抜けて帰る。そして持ち帰った村にその文化を伝える、というのもこの学校の大きな役割でもあった。


 まだ始業式まで時間はある。

 壁の時計をちらりと見たエリザベスは、この教室を出ることに決めた。

「どこにいくの?」

「ちょっと一組の方々の顔を確認しにね」

 

 澄ました顔で席を立ったエリザベスをエイダが呼び止める。

 エリザベスの言葉は歓迎できなかった。

「一組って……貴族とかの奴らがいるところでしょー? やめときなって」

「……見るだけよ」


 一目見るだけ。一目見ればすぐにわかる。

 そう決めていたエリザベスは、エイダの言葉を無視するように廊下へと出た。







 廊下へ出たエリザベスは、そこを歩き新入生同士の『交流』を深める面々の顔を見て唾を吐きたくなった。

(その男、浮気して貴方を裏切るわ)

(あらら、今はまだ元気そうね。そのうち没落して退学するけど)


 仲良さげに話す男女や、男たち、女たち。彼らの末路を知っているエリザベスは、彼らに対して辛辣だった。

 卒業までに三分の一が退学していくのがこの学園の常。先ほどいた五組や四組などは顕著で、学費が払えずに半分近くがやめていくだろう。

 この国では、学校という社会は、大人たちの社会の相似形だ。

 大人たちほどの泥沼の恋愛劇などではなくとも、惚れた腫れたはよくある話。誰それを浮気して裏切った男が、数日後にはまた別の女と仲良く話していた、などとよくある話。

 既に同年代の子供は働き始めている以上、彼らは子供とはいえない年齢。しかしまだ大人ともいえない年齢。

 そんな中でも子供たちは大人たちを真似て派閥を形成し、時には教師を巻き込んで政治をやり出す。


 この場で仲良しこよしは出来ない。知っているエリザベスは、まだこの学校を知らない真正の一年生たちの姿を内心嘲笑っていた。



「おい」


 後ろから声をかけられた気がして、エリザベスは振り返る。そこにいたのは男子生徒。

 エリザベスにとっては見知った顔だ。何せ、その男子は一組の生徒で、最後まで同じ経国科だったのだから。

「何か?」

「お前、アリス・ハートだろ? 奨学生の」

「だったら何か……!?」


 言いかけた言葉が途中で止まる。

 止めたのは水。それも氷の混じった。


 後ろから容器でぶちまけられた水をまともに受けて、衝撃でエリザベスが蹈鞴を踏む。それからバランスをとれずに前に倒れた。

 

(……これは……!?)


 その脳内に満ちるのは驚愕。だがそれは、水をかけられたことにではない。

 まさしくこのシチュエーションだった。エリザベスの脳内に、あの日見た光景が流れる。

 アリス・ハートが一組の生徒に嫌がらせを受け、そして廊下を転んでいる。その様は、つまり。


「何をしているっ!!」


 怒声が響いた。その声は聞き覚えがある。

 聞き覚えがあるどころではない。彼と共に長い時間を過ごした。いつか結婚しようと誓い合っていた、彼。

 水をかけた男子が逃げていく。

 それを見た『彼』が、舌打ちをした。


 そして歩み寄ってきたその足、顔を上げれば彼の姿が見える。

「大丈夫か?」

 

 水溜まりを踏むのを躊躇せず、彼はエリザベスに声をかけて手を差し伸べる。

 自身を心配そうに見つめるその目、その顔に、エリザベスはぽかんとした表情を浮かべた。

「どうした?」

「い、いえ……」

 そして無意識にその手を掴む。縋り付くように立ち上がり、彼の体温を感じられる距離に立ってその心臓が跳ねた気がした。

(レオ……)


 そこにいたのはレオナルド・アシュフォード。『エリザベス・ヴァレンタイン』の婚約者。

 そうだ、ここはたしかに『自分たち』とアリス・ハートが出会った場所。

 ならば……!


「あ、ありがとうございます!!」


 弾かれるようにしてエリザベスはレオナルドから身を離す。そうだ、このままだ。

 たしかここで、『アリス・ハート』はこうして頭を下げて、そして……。


 頭を上げて、レオナルドの後ろにいた女子生徒を見る。

 もともとレオナルドは容姿端麗だ。更に艶のある黒髪は風に揺れて色気を発し、長身は頼れる雰囲気を醸し出す。表情が少ないが、その分時たま現れる笑顔や心配そうな顔は振れ幅強くそれを印象づける。

 その甲斐あって、皆の目を引く。多くの女子生徒も、彼に婚約者がいなければ、と口にする。


 だがその後ろにいる女生徒は違う。

 元々将来を誓い合った仲。元は家同士が決めたことではあるが、彼ら自身も仲の良い二人だったはず。


(……私もここで見ていた……)


 そこにいたのは自分。『エリザベス・ヴァレンタイン』の姿。

 アリス・ハートのことなどまだ眼中にない、という仕草だ。弱きを助けるレオナルドの姿に目を奪われ、自慢したい気持ちでいっぱいの。


 どちらだ、とエリザベスは『エリザベス・ヴァレンタイン』を見る。

 彼女は『三年前のエリザベス・ヴァレンタイン』だろうか。それとも、アリス・ハートなのだろうか。


「濡れてしまっている。保健室で温かくしたほうがいい。一緒に行こう。……いいよね? ベッツィー?」

「ええ、構いませんわ。心配ですもの」


 そして『アリス・ハート』はここで、たしか二人に連れられて保健室を訪れたはずだ。そして保健室で休み、始業式に出ることはなかったのだとエリザベスは記憶している。

 しかし、そうしたから。そうしてしまったからここでアリスとレオナルドの接点は出来てしまった。

 断るべきだ。ここで繋がりを断てば、それだけで『アリス・ハート』とレオナルドの恋愛は始まらず、そして卒業後の『エリザベス・ヴァレンタイン』とレオナルドの結婚は盤石となる。

 エリザベスはそうは思った。

 しかし。


(まだ『エリザベス』の中身がわからない……!)


 もしも『エリザベス・ヴァレンタイン』の中身がアリス・ハートならば、その変化をどう受け止めるだろうか。その中に入っているのが自分ではなく、エリザベス・ヴァレンタインだと判断しないだろうか。

 そうなれば、この命が……。


「いえ、そんな、悪いですよ」


 エリザベスは記憶に残る『アリス・ハート』の仕草を真似て返答する。たしかこのような感じだったはずだ。

 一度は断って、しかしその後にレオは優しく……。


「いいや、一度関わってしまったんだ。最後まで付き合うさ」

「あ、でも……」

「それに、さっきみたいな輩がまた来るかもしれないから。こう見えて俺たちは侯爵家の人間でね。そういうの笠に着るのは嫌いなんだけど」


 そう言って、優しくアリス・ハートに付き添おうとしてくれたのだ。

 アリスの視界をエリザベスは見て、涙が出そうになる。


 どうしてこんなに優しいのだろう。

 侯爵家という身分があり、貧民である自分に迷いなく手を差し伸べてくれる。

 もちろん人となりが悪くないこともエリザベスは知っている。だから。


(……好きになるわよ、こんなの)


 涙が出そうなほど嬉しく、そしてその優しさが忌々しい。

 ここで好きになったわけではないかもしれない。しかし、度々そんな姿を見せられてしまえば、と考えざるを得なかった。







 魔道具により保温された保健室の温かなベッドで、エリザベスは考える。

(どうだったかしら。あの『エリザベス・ヴァレンタイン』は、私?)

 ここに来る道中、二三言葉は交わした。けれどもその言葉はレオナルドに気を遣って貧民と話しているようなもので、特に中身はない。

 歩き方も喋り方も、自分のものを把握はしていないが少なくとも『アリス・ハート』らしさは見せなかったと思う。

 ならば。


(なら、もしかして、時間を戻ってきたのは私だけなのかしら……)


 まだ確信には至っていない。けれどもそうと感じられるに充分な出来事だった。

 ここには『三年後のアリス・ハート』も『三年後のレオナルド・アシュフォード』もいない。

 ならば何故自分だけが。

(あそこで死んだのが私だけだったから、とか?)

 

 アリス・ハートはレオナルドが庇っていた。レオナルド自身はその氷の魔力で自身を保護している。そして自分は焼け死んだ。

 だから……。


(じゃあ、もしそうだったらどうしようかしら。この世界にはアリスはいない。『エリザベス・ヴァレンタイン』とレオナルドが結婚するのに障害はない)


 もしも本当にそうならば、とエリザベスはほくそ笑む。

 もう『エリザベス・ヴァレンタイン』に敵はいない。このままアリス・ハートがレオナルドの眼中になければ、『エリザベス・ヴァレンタイン』が小火騒ぎを起こすこともない。


(あら、でもじゃあ、……私は……)


 私はあのレオナルドと、一生手も繋げないのだろうか。

 恋しくて、愛おしい、人生をかけても構わないあの人と、一緒にはなれないのだろうか。


 そこまで思い浮かべて、ぶんぶんとエリザベスは首を横に振る。

 いいや、いいではないか。そうしても、レオナルドの横には『エリザベス・ヴァレンタイン』がいる。それは自分も望んでいたことで、そうなれなかったから自分はアリス・ハートを目の敵にしていたのだ。だから。



(このまま戻れなかったら、……私、どうしよう)




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