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ナナ:気まぐれと晴天

彼女は気まぐれを愛している

彼女は晴天を愛している──


そう、夏の日のこんな暑さのなか

日差しに体を明け渡すみたいに

腕と足を思い切り露出させる

それでも彼女の肌は白く

そこにあるのは反射ではなく

光に透けていくような

彼女と世界との親和、それと

彼女という存在の確かさ──


「今日も元気で活発だな」

「こんなに晴れてるんだよ

 光が無限に降り注いで、その全てを

 私の体で受け止めたいんだよ」


ナナに、常識は通用しない

彼女の持ってる無邪気さと

生まれながらの道徳心が

世界に新たにルールを作っていく──でも

その全てに頓着がなく、押し付けもなく

ただ──そう、きっと

ナナは世界と戯れている

ここに満ちる光と、まるで話をしているみたいに

そうやって、彼女は自分を生み続けている

毎日、いや、瞬間瞬間に

死を通り、そしてまた生まれ来る人間という一生

そう、一生──

僕が思考を巡らす時、僕のなかの何かが死んで

そして僕が踏み出す時、僕のなかで何かが生まれる


ナナがいつも笑っているのは

愛した分だけ、彼女も愛されているから

ああ、こんなに──こんなにも

人生を楽しむことができるんだと、僕はいつも思う


「楽しそうだな」と言うと

「あなたは楽しくないの?」と返される

だから僕は──


「ナナと一緒にいると楽しいよ

 でもね、僕はナナみたいに

 光にそこまで愛されちゃいない」


そう、答える──ひとつの

幸福と諦め、そう、諦め──でも

こんな日照りの膨らむ空気の息苦しさが

何ひとつ僕の諦めを認めてくれない


「あなたも服を脱ぎなよ」そう言われて

「ナナの肌を見てるだけで満足だよ」と返す

それは嘘じゃない

ああ、そうだ、いつもナナに言えない言葉

太陽よりも月のほうが好きだったかつての人みたいに

僕も今はまだ、広大な光の束の重たさよりも

ナナの肌が照らしてくれる、強さと優しさの白い光

そっちのほうが、好きなんだ──だから

僕はナナと一緒にいたい


「たくさん汗かいてるじゃん」

「こんなに暑いんだ、汗もかくよ

 せめてもう少しセミが鳴いてくれたら」

「どうしてセミなの?

 セミ、好きだったっけ?」

「僕の住んでた田舎ではもっともっと鳴いてたんだよ

 ここでも鳴いてるけど

 都会はやっぱり声が少ない

 みんなセミをうるさいなんて言うけど

 このセミの声が、夏の不当な暑さを冷ましてくれてるような

 そんな気がするんだ」


ナナは「ふーん」と言って僕の前をひょいと横切る

少しだけ風が流れて

そのなかに彼女の匂いが広がって──すぐに消えた

ナナは日陰から飛び出して光に溶けていく

両手を広げたり、跳び上がったり、そんな

大きな動きをするわけじゃない──ナナは

ただ自然に日差しへ向かい、まるで

自分はこの光なんだと言わんばかりに、振り向いて

そして、綺麗に笑う──そう、本当に

本当に光が嬉しそうに楽しそうに僕に向かってくるみたいに


「今日はこれからどうする?」

「うーん、そうだね

 海に行きたいかな」

「せめて夕方から行くのじゃ駄目?」

「それじゃ意味がないよ

 じゃあ、川沿いを散歩したいかな」


ナナは、光を離さない

僕は、彼女の思いについていけず

ずっと日陰で座っている

それでも暑くて、すぐにでも冷たい部屋に入りたい

それは、ひとつの拒絶だろうか

それとも人間として、何かを生み出すことだろうか


「無理しなくても、私だけ行ってくるよ」

「いや、僕は

 ナナと一緒にいたいんだ

 少しだけでも長い時間を」

「そんなこと言って、ずっとそこから出てこないじゃん」

「ナナはどうして、この日差しのなかで平気なの?」


少しだけ、ナナが顔を振る──あまり、意味のない行為

彼女のかわいい黒髪が揺れ

夏にちょっとだけ穴が空いたような

そんな気がした──そう

気がしただけの、なんてことはない

世界と僕との間に生まれたひとつの錯覚

そう、諦めを許さない夏という巨体の見せる幻覚

ああ、でも──涼しい、と、思った

ナナに集まる光が、地球のなかで回転し

僕はいろんなものを見る──そう、きっと

僕の視界はそうやって決まる

そこにいろんな風が集まって、たぶん

ナナの心を祝福している、だから──

彼女は暑くない


「不思議なんだ

 どうしてこんなにナナと一緒にいたいって思うのか

 いや、その答えは分かってるけど

 でも、それでもまだ問いは終わってないような気がして」

「私は知ってるよ

 どうして私が、あなたと一緒にいたいと思うのか」

「こうやって日陰から出ることもできないのに

 それでも一緒にいたいって思ってくれるの?」

「大丈夫、それは、大丈夫だから」


すっと、伸ばされる手──

ナナの白い手が、僕のいる陰に入り込み

ああ──なんて涼しい手なんだろうって

僕はいつの間にか立ち上がって、握っていた

そう、ナナという光を


「まだあなたが陽の光を辛いと思うなら

 私が守ってあげるよ

 だってあなたは

 それでもいつでも、私の光を見てくれてるから──」


彼女は、気まぐれを愛している

彼女は、晴天を、その光を愛している──そして

僕は彼女に、愛されている

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