第7話 縮まる距離
私達の部屋に戻るとユキは律儀にテーブルに座って待っていた。カノンが楽しそうに声をかける。
「ねえねえ、ユキも一緒に話聞かない?アリナとコウの。」
「…なんだ、付き合う事になったのか?」
「なんでそうなるのよ!そういうわけじゃないんだから!」
私が反論するとユキはやれやれといった表情になる。
「大方コウがやっとアリナに想いを伝えて、アリナはどうしたらいいか分からないといったところだろう。詳細はカノンが聞いてくれ、俺は遠慮しておく。カノン、背中を押すのは構わないが面白がって茶化すなよ?」
「そんなことしないよ!でも確かにユキもいたらアリナが意固地になっちゃうかもね。じゃあユキには2人が付き合い始めたら報告するってことで。」
「ああ。いい報告待ってる。じゃあ俺は部屋に戻るよ。」
そう言って席を立つユキ。扉に手をかけるとああそうだ、と思い出したようにこっちを向く。
「コウの悩み自体は取り除いてくれたんだろ?ありがとな、アリナ。じゃあ2人ともおやすみ。」
ゆっくりと扉を閉じて去って行くユキ。
「ユキってすごい気遣いしいな性格だよね。絶対恋愛だと良い人で止まって気付くと好きな人に彼氏が出来てるタイプだと思う。」
「それはカノンの実体験?」
「まさか!私は花も恥じらう女子高生だよ?恋愛の知識はアニメと少女漫画とギャルゲーかな。」
「アニメと少女漫画はわかるけどギャルゲーって何よ…。」
「お父さんが持ってたのをこっそりね。私のことはいいから今はアリナの話だよ!さあさあ座って座って!」
カノンが椅子をバンバンと叩く。この子こう言うところ微妙にオバサンくさいのよね。されるがままに座ると手際良くお茶を淹れて渡される。
「では第1回アリナ恋愛会議を始めます!」
「だからそんなのじゃないっての!」
「でもコウから想いは伝えられたんでしょ?」
「それは、まあ、そうなんだけど。」
「どうするの?」
「どうしよう?」
「知らんがな。」
「だって、いきなりそんなこと言われても困るじゃない!」
「まあ、気持ちは分かるけど。でもコウの気持ちは分かってたんじゃないの?」
「前にカノンが言ってから意識はしてた。だから何となくそうなんだろうなって気はしてた。」
「なのに告白されたらどうしようとは思わなかったの?」
「はい…。正直現状の関係に甘んじておりました。」
「アリナってコウのこと好きなの?」
「仲間としては。でも正直いまの距離感が心地良くて。異性として惹かれてるかは自分でもよくわかんないんだよね。」
「よしわかった、じゃあ自分の気持ちに素直になるところから始めよう!」
「え、何するの?」
「はいこれ!」
ドン!とお酒が入った壺をテーブルに置くカノン。お茶を除けると代わりにお酒を勧めてくる。
「なんでお酒なのよ!」
「やっぱり恋バナにはお酒だからね!かんぱーい!」
ちゃっかり自分も飲み始める女子高生。まあここは日本じゃないし細かいことは気にするなってか。結局カノンはそのあとグイグイお酒を飲んでそのまま寝てしまった。
私は『治療』の術でアルコールの毒を取り除いてカノンをベッドに寝かせた。自分のベッドに入り改めてコウの事を考える。
もちろん嫌いなわけじゃない。一緒に話していると楽しいし落ち着く。でも異性として好きかと言われるとなあ。どうしても気不味くならないかとかカノンやユキに気を遣わせてしまうんじゃないかとかそういうのもチラつくし。
結局悶々と考えてしまってほとんど眠れないまま朝を迎える事になってしまった。
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翌日以降、なんとなくギクシャクした空気になりつつもいつも通りに訓練をこなす。カノンはあれ以降何も言ってこない。結局私達の問題だろうと考えているんだろう。
私の中で結論が出ないまま次の戦いの日を迎える。今回の戦場は海沿いの砦…断崖に建つ要塞だった。
「じゃあ行ってくる。」
コウとユキは騎士団と共に最前線に。
「私も行くね。」
カノンは魔術・呪術部隊で遠距離攻撃による支援は諜報活動に。
私は後方待機拠点で怪我人を待つ。
堅牢な要塞の攻略は中々進まない。また無理な進軍に伴ってどうしても怪我人も増える。私達回復術師隊は毎日怪我人の治療に尽くすが、どうしても命を落とす人もいる。
私は訓練の結果、対象が死んでさえ居なければとりあえず命を繋ぐ事ができるぐらいには術が鍛えられている。四肢が欠損するぐらいの重傷でも時間をかけてば再生できるようになった。しかし全ての怪我人を治すには時間も魔力も足りない。
必然的に「死力を尽くせば救えたかもしれない1人」を「他の10人」を助けるために見捨てざるを得ないなんて事も多かった。とんだトロッコ問題だ。あれはちょっと趣旨が違うか。
(アリナー、眠気覚ましの術かけてー。)
ある日の夜、カノンから念話届く。これは魔術に属するので回復術しか使えない私は受信しか出来ない。辺りをキョロキョロと見回すと、
(アリナのいるテントの裏にいるよ。)
と念話が届いたのでそちらに向かう。そこには黒い装束に身を包んだカノンがいた。
「『眠気覚まし』は良いけど、なんでわざわざ念話で呼び出したの?」
言いながら術をカノンにかける。
「私もう丸2日以上寝てないんだけどさ、今から地下通路を通って砦の中の様子を探って来いって言われてるんだよね。それでさすがに頭がクラクラしてきたから回復部隊に眠気覚ましかけて欲しいって言ったら「甘えるな。そんな勝手な都合で回復術師隊の手を煩わせるな」って言われて。まあ正攻法での暗殺が上手くいかないからあわよくば過労死させようとしてきてるってわけ。」
「酷いわね…。」
「まあ下っ端の辛いところだよね。ありがとう、楽になった。じゃあ行ってくるね。」
そう言うとカノンは闇に消えていった。私はカノンの無事を祈りつつ仮眠を取るため休憩所に入った。次のシフトは明け方からだ。回復術師隊も大概ブラックな環境だった。
―深夜。
「アリナ、起きて。」
仮眠を取っていた私をカノンが起こす。
「カノン…どうしたの?」
「話はあと。来て。」
カノンが私の手を引いてテントを出る。私はされるがままに着いていく。砦の手前まで来ると道を逸れて小さな川の辺りに案内される。
「ここから水路を少し逆に進むと砦の中で入れるの。私が引っ張るからしばらく息止めてて。1分くらい。」
そういうとカノンは私の手を取り、川に潜る。私は息を止め、カノンに引かれるまま水路を進む。10秒ほどで水から出られた。
「1分もいらなかったね。アリナが素直に着いて来てくれたから。」
「それは良いんだけど、どうしたの?」
「ちょっと小声で話そうか。見張りは全員死んでるけど、一応敵の拠点の中だし。」
そういって歩きだすカノン。
「中でコウが怪我してる。すぐに回復部隊に連れて行きたいけど、敵が多くて重傷のコウを連れて外に出られないからとりあえず回復薬でなんとか繋ぎつつ突破口を開こうとしてるけど、あのままだと間に合わないと思ったから私の独断でアリナを連れて行く。」
「コウが!?大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。だからアリナを連れて行くんだって。」
そういうとカノンは念話を使い状況を説明しながら砦を進んでいく。
今向かっているのは砦の一画にある広めの応接間らしい。徐々に進軍して砦の内部まで攻め進んだ騎士団は入り口から本丸までのルートを確保していた。だが先ほど敵がそのルート上の警備が手薄なところに大規模な奇襲を掛けてきてルートは分断、騎士団は砦内部で孤立してしまったらしい。
そんな騎士団に対しても敵は奇襲を仕掛けてきて、なんとか撃退したもののそこでコウが重傷を負ったとのことだ。騎士団はコウを守りつつ砦の外に出ようとしたが帰還ルートが潰されてしまっており慌てて応接間に逃げ込んでそこで籠城していると言う事だ。
「応接間に逃げ込むのは私もフォローしたからね、その時コウがやばいって気付いたの。」
「カノンがコウを背負って外に連れてくる事はできなかったの?」
「…外に出る時このルートも結構無理して通ったからね。重傷のコウを抱えてたら無理だったと思うよ。」
実は先程からあちこちに見張りの者と思われる死体が転がっている。恐らくこの道を確保するためにカノンが倒したのだろう。
「そろそろ着くよ。」
カノンが豪華な装飾をされた扉を不規則なリズムでノックすると、内側から鍵が開けられる。そこには騎士団の男が立っていた。
「連れてきた。」
カノンが言うと、私達は中に招き入れられる。応接間は広めといいつつも、大の男が20人ほどいるのでだいぶ窮屈だ。その奥、簡素なソファの上に全身傷だらけで今にも事切れそうなコウが横たわっていた。
「コウ!?」
私は慌てて駆け寄り、回復術を施す。
「アリナ、すまない。俺が不甲斐ないばかりにコウを守れなかった。」
ユキが申し訳なさそうに謝ってきた。回復術をかけ続けようやくコウに顔色の戻ってくると周りから驚きの声があがる。「あの怪我でも治せるのか。」「もうダメかと思っていた。」などの声が聞こえてくる。
私も正直ダメかと思った。だけどコウを死なせたくない、失いたくない。…そんな祈りを込めた術が、私の限界を大きく超えた術の成果を生み出したのだ。
コウが目を開ける。
「…アリナ?ここは天国か?」
「コウのバカ!私からの返事も聞かずに勝手に死ぬなんて許さないんだからっ!」
目覚めたコウを抱きしめる。
「…アリナが治してくれたのか。サンキュ。やっぱりアリナの回復は効くわ。」
「だったら、これからは私がコウを治すから!どんな怪我をしても死なせないから!だから私の前から居なくならないで!」
夢中になって叫んでいた。
「…ああ、約束する。俺はずっとアリナと一緒にいるよ。」
そういって真剣な眼差しで私を見つめるコウ。私は目を閉じた。その唇にコウは優しくキスをした。




