第5話 初めての戦いが終わって
初陣となった街の制圧はおよそ5日間で終わった。私は2日目から怪我人の治療に駆り出されたので、やはりカノンの予想はある程度当たっていたのだろう。
カノンはと言えば、特に待機を命令されたわけでも無いからといって毎朝どこかに行っては夜には帰ってきていた。
どこに行ったか訊ねても、「城に帰ったらみんなに話すよ」と言って教えてくれなかった。
無事に街を制圧し、魔族の領主の首を見せしめに晒したら凱旋である。城に帰ると今回の遠征にでた全員が城の庭に集められて王から褒美の言葉を貰う。特に聖剣と聖盾を持って活躍したコウとユキに対しては個別に褒美を取らせると大層上機嫌に王は語った。次の遠征でも活躍を期待すると言って肩を叩く。
一方で私とカノンには「なんだ生きておったのか。」と漏らし部下に諌められていた。その様子に私達の暗殺計画をしらないコウとユキは眉を潜める。
そう、カノンはコウとユキには私達が殺されそうになったことを言わない方が良いと口止めされていた。
私はその時の会話を思い出す。
「コウとユキにこの事を黙っておくのはいいけどそれはなんで?暗殺だって確信が持てないから?」
「いやいやこれは流石に殺意高いって。明確に私達を殺しに来てたよ。」
「ですよねー。でも、だったら尚更コウとユキにも注意を促した方がいいと思うんだけど。」
「心配しなくてもあの2人は大丈夫だよ。少なくともこの戦いに勝つまでは。」
「あ、そっか。唯一無二の才能持ちか。」
「そういう事。それでアリナに黙っててほしい理由なんだけど、どこまでが敵か分からないからかな。」
「あのベテラン回復術師のババアが名前吐いてたけど、そいつだけじゃないって事ね?」
「うん。むしろ実行犯に名前を知られているなんてそいつも下っ端の可能性が高いよね。だから誰が信用できて誰が信用できないか慎重に見極めないと。
あの2人ってそういうの顔に出そうでしょ?騎士団の中でも疑ってまーすって態度に出そうじゃない。」
「コウは分かるけど、ユキも?」
「ユキなんて無口なだけで一番表情に出てるじゃん。」
そうかなあ。カノンはよく見てるなあ。
「アリナはポーカーフェイスが出来そうだからね。大丈夫だと思う。」
「気を悪くしないでほしいんだけどさ。」
「ん?なに?」
「カノンも顔に出るわよね?疑ってたらバレそうじゃ無い?」
「ああ、そういう事か。私はジョブジョブ大丈夫。だって初めから誰も信用してないもん。この国の人は。」
さらりと言ってのけるカノン。
「召喚された日から今日までずっと、全員敵だと思ってるから。今さら疑っても雰囲気は変わらないよ。」
私たちの前では笑顔を見せていても、裏ではそんな感情を育てていたのか。ニコリと笑うカノンを見て、私は背筋がぞっとした。
私の回想が終わると共に、王の労いタイムも終わった。今日はパーティとのことで立役者のコウとユキは出席するよう是非にとお声がかかった。
コウは私達にも出席するかどうか聞いてきたが、疲れているといって遠慮させてもらう事にした。
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私とカノンの2人で簡素な夕食を取り、そのあとカノンはまた図書室へ向かった。私は手持ち無沙汰になったのでとりあえず魔力強化トレーニングを行う。身体強化を優先して鍛えていたおかげで、もうフンッと気合いを入れる要領で発動できるようになっていた。その状態を維持しつつ体内で魔力を循環させる事で、魔力の総量と利用効率を高めるのだ。
しばらく魔力トレーニングをしていると部屋の扉がノックされる。カノンなら勝手に入ってくるし、コウとユキは今頃パーティに参加中だ。だとすると一体誰だろう?
「アリナ、いますか?私よ。」
声をかけてきたのは私の回復術を教えてくれているメノア師匠だった。私は少し悩んだが扉を開く。
「師匠、お疲れ様です。」
「ええ、アリナこそ初陣お疲れ様。中々の活躍だったらしいですね。」
「ええ、まぁ。」
「歯切れが悪いですね。多くの人を救ったんだから誇っていいんですよ?」
「…そうですね。ありがとうございます。」
「ええ。弟子の初勝利を祝おうと思ってお酒を持ってきました。入ってもいいですか?」
「はい、どうぞ。」
師匠はテーブルに腰掛けるとお酒の入った壺を置く。私はカップを2つ取り出しそれぞれの席の前に置いた。
「改めて…アリナ、お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。」
「初めての戦場はどうでしたか?」
「なんというか、想像していた以上に「死」が身近にありました。敵も味方も。」
「アリナ達の世界は平和なんですね。」
「…少なくともこちらよりは。」
その後しばらくは何人ぐらい治したのかとか体調に変化は無いかなどの質問を受けていたが、ついに予想していた質問をされる。
「ところで、イデアの事なのですが。」
「イデア?」
「あなた達を率いていた回復術師です。初日に後方拠点が襲撃された際に犠牲になったと聞きました。」
「ああ…。」
「彼女はテントで待機していたあなたとカノンさんと襲った男達に殺されたと聞きました。その際、カノンさんが彼女を身代わりにしたと。」
「…。」
「アリナ。どこまでが本当の事なんでしょうか?」
「…報告に問題がありましたか?」
「質問しているのは私ですよ。…テントが襲撃されたところからして不自然極まり無いのでその場にいたアリナに話を聞きたいだけです。」
…なんて答えよう。報告の通りだとしらを切った方がいいのかなと悩んでいると扉の方から声がかかる。
「私が殺したんですよ。」
声のした方を見ると、カノンが立っていた。
「あの婆さんは私達を嵌めて殺そうとしました。だからその場で私が殺したんです。生かしておいたら危険だと判断したので。」
「彼女があなた達を殺そうとした証拠があったのですか?」
「ご自分で仰ったじゃ無いですか。あのテントがピンポイントで襲撃された事がまず不自然だと。それとあのババアは口を滑らせましたから。「生きていたのか」とね。」
「なるほど、納得しました。…部下の不始末で危険に晒し申し訳ございません。」
「いいえ、お気になさらず。」
「では私はこれで。アリナ、カノンさん、おやすみなさい。」
「あ、はい。おやすみなさい、師匠。」
「お疲れ様です。」
師匠が去ったあと、代わりにカノンがテーブルに座る。新しいカップを出してきて余ったお酒をそこに注いで飲んだ。
「別にアリナは嘘をつかなくていいんだよ?」
「カノンを差し出すようなこと、できるわけないじゃ無い。」
「フフ、ありがと。」
「…師匠も敵なのかな?」
「分かんないな。あの人って偉いの?」
「回復術師達の総監督って立場。」
「ああそうなんだ。私にしてもだけど一応師匠には最高の人材を充てがわれているんだね。どうも国側の思惑も一つじゃ無いっていうか、暗殺自体は一部の貴族の暴走な気もするね。」
「うん。」
「アリナの場合は何かあった時すぐに身体強化と自己回復が出来ればそうそうやられ無いんだからある程度気楽に構えておくしか無いね。」
「カノンは?」
「私は常に周辺を警戒してるし、食べ物と飲み物は誰かが手をつけたものしか口にしないようにしてるよ。」
そう言ってお酒が入った壺をツンとつついた。
「すごいわね。気が休まる時がないじゃ無い。」
「でも最近はだいぶ楽になったかな。『気配察知』の熟練度が上がってきたみたいで特に意識しなくても使っていられるようになったしね。」
それは楽になったと言っていいのだろうか。ケロッとした顔でお酒を飲むカノンを見て不安が募る。
「そういえばアリナ、平気?」
「え?」
「ほら、テントで襲撃された時に人を殺したじゃない。そういえばよくあの時動けたね。」
「…ええ、あの時は夢中だったし。カノンこそすごく冷静で…なんというか、別人みたいだった。」
「実はあの時、身体が震えてまともに立って居られないくらいだったんだよ。」
「どういうこと?すごい身のこなしで動いてたじゃない。」
「呪術で自分の身体を強引に操ったの。慣れると頭の中のコントローラーを操作するイメージで身体を動かす事が出来る便利な術だよ。」
「そんな術があるのね。」
「本当は内心ビビりまくりだったんだから!」
「…カノン、ごめんね。」
「急にどうしたの?」
「そんなメンタルだったのに無理して私を守ってくれて…。なのに私は何も考えずにカノンに任せっきりで。私の方がお姉さんなのに。」
「ああ、そういうことか。別に平気だよ。私がアリナを守りたいって思ってやってるんだから。」
「私、強くなるから!カノンのこと守れるように!カノンばっかり無理しなくていいように、もっともっと強くからっ!」
「…うん。ありがとう。」
カノンは照れ臭そうに笑った。私は改めて、この子を守っていこうと決意したのであった。