第4話 初陣
修行の日々が終わればいよいよ実戦である。コウとユキは相手が雑兵であれば集団戦もこなせると判断されたようで騎士団長から初陣出動の指示があったらしい。
私は師より、回復だけなら一人前と太鼓判を押されたので他3人の回復術師と共に後方待機組として同行する。
カノンは未だに魔術・呪術両方の師から半人前と言われているようで、前線での戦いは無理だと言われてしまった。だが、私たち3人が初陣のとなるのに1人お留守番するよりも同行して戦場の空気を感じるべきと言われたため私と共に後方待機である。
今回の戦場は魔族国との国境付近にある小さな街。魔族国に奪われた自治権を取り戻すための戦いだということ。
後方に張られたテントの中で、私を含めた回復術師4人とカノンの計5名は待機していた。
「みんな大丈夫でしょうか?」
ベテランの雰囲気を醸し出す回復術師に聞く。
「そうさね、このぐらいの戦場なら余程のことがない限り負けはないさ。でも戦に絶対は無いからね。まあ私らは騎士様が負けない事を祈るのみだよ。」
「そうですよね…。ちなみにこのテントは安全なんですか?」
「戦場に安全な場所なんてあるもんか。後方が狙われるなんてよくある事だよ。まあ騎士様達がしっかり仕事してくれれば何事も無く乗り切れるさね。」
それもそうか。隣に座るカノンを見るとじっとテントの出口を見つめて全く動く気配もない。私語できる雰囲気でも無いので、私もそれに倣って心を落ち着かせる。
ついに戦闘が開始したのだろう、街の方から様々な声や金属がぶつかる音がしている。しばらくするとテントの入り口が開き声がかかる。
「負傷者多数!回復を頼む!」
回復術師達が徐に立ち上がる。私もそれに続こうとしたが、ベテランに声をかけられる。
「とりあえずアンタはいいよ。人手が必要なら後から呼びにくるから、今はそこのお嬢さんと一緒に待ってな。」
そう言われれば無理にとついて行くわけにも行かず。再びカノンの隣に座り直す。回復術師達が出ていくと、カノンが声をかけてきた。
「アリナ、武器は持ってる?」
「武器?いいえ、持たされてないわ。」
「…じゃあコレ持ってて。気休めだけど。」
カノンは大ぶりのナイフを抜き身で手渡してくる。何故?とも思ったが、もっと気になる事を聞いた。
「カノンの武器は?」
「大丈夫。私はもう一本、予備がある。」
そういって懐からやや小ぶりのナイフを取り出し、鞘から取り出した。
「ここが危険って事?」
「最悪な予想が当たるなら。」
そう言って再びテントの入り口を見つめる。これ以上話しかけるのも憚られた。
そのまましばらく時間が経つ。先に出て行った3人はまだ治療しているんだろうか。こんなに時間がかかるなら私も行ったほうが良かったのではなかろうか。でもあんな形でも待機命令だったしなぁ。
どうしようかと思案していると、カノンがガバッと立ち上がる。
「アリナ!『身体強化』!」
「あ、うん!」
カノンに言われるままに『身体強化』の術を発動し、立ち上がる。
その瞬間、テントの後ろの布を切り裂いて2人の男が入ってくる。
「敵兵!?」
男達は剣を振りかざし私達に襲いかかる。
「遅い!」
既に身体強化を発動していた私はその攻撃を難なく躱わし、鳩尾に拳を撃ち込む。私に襲いかかった男はそのまま崩れ落ちる。
「カノン、大丈夫!?」
カノンの方を見ると、彼女に襲いかかった男は腹にナイフを刺されてその場で倒れていた。
「…殺したの?」
「うん。アリナは?」
「私は意識を奪っただけ…。」
そう言って殴り倒した男の方を見ると、誰も居なかった。
「えっ!?」
「危ない!」
カノンが私を突き飛ばす。倒したはずの男は一瞬で起き上がり、私に襲いかかってきていた。カノンに突き飛ばされた私への攻撃は外れたものの、代わりにその凶刃はカノンを切り裂いた。
「いやぁぁ!カノンっ!!」
肩から胸にかけてざっくりと切り裂かれたカノンは、しかしその場に倒れる事なく男を殴りつけ、そのまま床に叩きつけた。
「ナイフをっ!」
片手で男を押さえつけ、もう片方の手を私に差し出す。トドメを刺すために先程借りたナイフを返せと言う事だろう。
だけど私は、その要望を無視する。
カノンが押さえつけている背中の心臓部分。そこにナイフを振り下ろし、思い切り体重をかける。
「アリナ!?」
「カノンだけを人殺しにはさせないから!私だって背負うから!」
ナイフから手を離し、距離を取る。男は既に事切れていた。
「カノン、傷見せて。」
私は男の上で、まだ肩で息をするカノンに近寄る。傷は浅く無いが、命に関わるものでも無い。そのまま『回復』を使い傷を癒す。
「ありがとう。助かったよ。」
「ううん。私が中途半端に倒したつもりになったせいで…。ごめんね。」
「アリナは悪く無いよ。」
傷が癒えたカノンは、そう言って男の手から剣を奪った。するとそこに先程出て行ったベテランの回復術師が戻ってきた。
「なんだ、生きていたのかい。」
瞬間、カノンは弾かれたように飛び出しベテランに襲いかかる。相手が声を上げる間もなく、首根っこを掴むと床に押し付ける。ベテランの顔を男の死体にグイッと向け、首筋に奪った剣を突きつけたカノンはベテランに問いかける。
「誰からの指示でこいつらを私達に襲わせた?」
「し、知らない。」
「答えないなら殺す。」
「本当に知らないっ!ただお前達2人を残してテントを離れるように言われただけだっ!」
「誰から?」
「………。」
沈黙するベテランにぐいっと剣を押し付ける。
「きゅ、宮廷魔術師だ!」
「名前は?」
「アカシ!アカシだ!」
「そう。」
そこまで聞いたカノンはそのまま剣でベテランの首を切り裂いた。ベテランは悲鳴をあげる間もなく絶命する。カノンは剣を男の死体に握らせた。
「ひっひぃ!一体何が!?」
残りの回復術師が戻ってきて、この惨状に悲鳴を上げる。
「私達がここで待機していたらこの男達がテントのそっち側を裂いて襲ってきた。交戦中にそいつが戻ってきて、私達を庇って殺された。その隙をついて私が男達を殺した。
…質問はある?」
カノンが淡々と嘘をつく。回復術師は納得がいかないと言った顔で反論する。
「そいつがお前達を庇っただって?そんな事あるもんか。そもそも戻ったのは男達が死んだ後のはずだ。」
「…何故そう思うの?」
カノンがギロリと回復術師を睨んだ。
「それは、そいつが「終わったみたいだ」って言ってテントに入って行ったから…。」
「中で戦っているかどうかも分からないぐらいの無能だったって事ね。」
「…大体そいつは何があっても自分だけは生き残るって周りに豪語していたようなヤツだ。誰かを庇ったなんて信じられない。」
「あら、バレちゃった。そうね、私がこいつを身代わりにしたのよ。」
「なっ…!?」
カノンは飄々と、別の嘘をつく。
「こいつがテントに入ってきたから私は咄嗟にその後ろに隠れて敵がこいつを襲うように誘導した。狙いは的中してこいつが殺された隙に私は敵の背中にナイフを刺した。
これで辻褄は合うわね?」
「お前がこいつを盾にしたうえ、見殺したっていうのか!?」
「だってそうしなくちゃ私が殺されたのよ?仕方ないじゃない。」
「…この事は報告させてもらう。」
「ご自由に。」
その後、別のテントに移動した私たちは結局戦いが終わるまで残りの回復術師達と共に待機することとなった。
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その夜。用意された仮眠用のテントで、ようやくカノンと2人きりになる。
「カノン、昼間のあれはどういう事か聞いていい?」
「いいけど、『防音結界』だっけ?前に話してた声が外に漏れないってやつ。あれ使える?」
「わかった。『防音結界』、起動。…よし、これでOKよ。」
カノンはふーっと息を吐いて話し始めた。
「…私たちは多分、ここで殺されることになってたんだと思う。」
「え?」
「もともとこの国が欲しかったのは聖剣と聖盾を扱える人間だけだからね。私とアリナは余計なんだよ。それどころかコウとユキを懐柔し辛くする障害とすら思われてるんじゃないかな?」
「どういう事?」
「コウってアリナの事好きじゃん。」
「マジ?」
「え?気付いてない?あんなバレバレで?」
「え?うそ?本当に?」
「うわー、コウごめん。アリナは気付いててあえてあの態度なんだと思ってた。」
カノンはコウとユキがいるテントの方向に手を合わせて謝る。
「前になんか茶化してた件?あれって別にそういう意味じゃなくて、本当にコウは私に回復して欲しくって…。」
「そんなの口実に決まってるじゃん!私が茶化しても満更じゃ無い顔してるし、アリナも絶対気付いてると思ったよ。」
「ないない!それどころかコウはカノンに気があるのかと思ってたわ。」
「それこそ無いって。まあこの際どっちでもいいや。コウやユキが私たちのどっちかを好きだと、お貴族様は自分の娘を聖剣の使い手に娶らせる事ができないじゃ無い?」
「まぁそれはそうかもね。」
「私達が聖剣と盾を使えるならまだしも、正直代えの効く能力しか持ってない…とすれば事故に見せかけて殺しちゃうのが手っ取り早いよね。
なんなら初めての慣れない戦場で不幸があったなんて事にすればコウとユキは魔族国により強い敵意を抱いてくれて一石二鳥じゃん。」
「カノンはその計画を知ってたの?」
「ううん。ただ普段からあれだけ嫌がらせをされてて戦場で何も無いと思うほど能天気でもなかっただけ。悪い予想が当たったね。」
「でもそうだとしたら…私達は今後も狙われ続けるって事?」
「だからあのベテラン回復術師を殺したんだよ。こっちは思惑に気付いているぞって暗に伝えるためにね。私達を襲ってきた男達って多分そこそこ強かったんだと思うよ。それを撃退した上で、さらにあの舞台を用意した実行犯を殺す。
暗殺を計画した貴族側はどこまで私達が知っているか読めないから次は慎重にならざるを得ない。
その間に相手を潰すか、私達を暗殺したら逆に不利になるって状況を作れば良い。
…前に私、アリナに回復術は後回しでいいから身体強化や防御結界みたいな身を守れる術の練習を先にしてって言ったよね?」
「ええ。…こういう事だったのね。」
「うん。向こうが仕掛けてくる前に最低限自分の身を守れる実力は必要になる。アリナも私もね。だからそういう術の習得を優先してもらったってわけ。当然私たちの師匠もそれは知らないよね。」
「まさか、カノンがまだ半人前って思われてるのって…!?」
カノンは人差し指を立ててしーっというポーズを取り、シニカルに笑った。