第21話 目覚めと異変
例の奇跡の復活から数日たったが、相変わらずカノンは目を覚さない。みたところ魔力はほぼ回復しているのでそろそろ起きてくれても良いのだが。この世界には点滴で栄養を摂らせるという技術がないのでこのまま昏睡状態が続くと餓死してしまう。ただでさえこの子はこの数年、碌に物を食べておらず慢性的な栄養失調なのだ。
私はカノンの髪を撫でる。
「カノン、早く起きなさい。折角治ったのにこのまま衰弱死したら許さないんだから。」
コウとユキの2人は要塞都市攻略の兵糧攻めのため、補給部隊への襲撃に参加している。要塞都市に潜伏中の諜報員からの情報によれば備蓄食料は9割方カノンが燃やした上に補給もままならない事で内部の空気は悪化の一途を辿っており、このままの状況が続けば数日後には相手から打って出て来る見通しだ。方や王国軍は自国方面からの補給がしっかりしている上、襲撃した補給部隊からも食糧を奪っている。
さらに私が殺した魔術師は魔族国内でも指折りの実力者で、現在彼に匹敵するような使い手は要塞都市内におらず
諜報活動が非常にやり易くなったとの事だ。
食糧と手練れの排除。その貢献が評価されて、私とカノンは一旦救護テントでの待機が許可されているわけである。私は一応怪我人の治療という名目もあるけれど、現時点では王国軍は要塞都市を包囲しているだけなので本格的な戦闘が始まるまでは補給部隊の襲撃で軽傷を負った人がくるぐらいだ。
夕方になり今日の襲撃が終わったコウとユキが救護テントにやってくる。
「アリナ、お前も少し休め。付ききっきりだろ?カノンは俺が診ているからコウと飯でも食べて来い。」
ユキの気遣いはありがたいが、そんな気分にはなれなかった。私が小さく首を振ると、ユキは持っていた籠をテーブルの上に置く。中には果物が入っていた。
「それは?」
「今日襲撃した荷の中に入っていた。…騎士団からカノンへの見舞いの品だ。」
見舞いか。実はカノンは騎士団からは比較的友好的に接せられている。身内の魔術師と呪術師はなんとか足を引っ張ろうとやっきになっているというのに。
「盗品をそのままお見舞いにするあたり、洒落が効いているわね。」
「戦場だからな。カノンへの見舞いだがアリナが食べても構わないだろう。そうだな、折角だからいまちょっと貰おうか。」
そういうとユキは籠からいくつかの果物をひょいひょいと取り分けると懐からナイフを取り出す。手際よくカットして皮を剥くと、皿を3枚並べてフルーツの盛り合わせを用意した。
「出来たぞ。アリナも少しは食べないと、お前まで倒れたら誰がカノンを看るんだ?」
そう言われれば食べないわけにいかない。私はテーブルに置かれた皿からフルーツを1切れ、口に運ぶ。
「それにしてもユキ、手際が良かったな。ささっと皮を剥いちゃって。」
「日本にいた頃は基本的に自炊していたからな。こっちに来てからは何年も料理してないが、昔取った杵柄ってやつだな。」
「へー、意外ね。私も料理するのって好きだけど最近は全然ね。」
「前はカノンに作ってたじゃないか。」
「今はあの子、特製薬草栄養ドリンク漬けだから。…そうだ、日本に帰ったらみんなで集まってホームパーティしましょうよ。みんなの得意料理を持ち寄るの。」
「それ良いな。俺はカレーしか作れないけどな!」
「カレーが作れれば大抵の煮込み料理はその応用だ。頑張れ。」
「厳しいな!まあ頑張るわ。…また、日本に帰りたい理由が増えたな。」
「そうね。…帰りましょう。誰も欠ける事なく。」
そう言って眠り姫を見つめる。規則正しい呼吸で眠り続けるカノン。早く起きなさい。やっぱりあなたが居ないと会話がイマイチ盛り上がらないもの。
「アリナ、いるかしら?」
テントの入り口から声が聞こえる。
「師匠?」
応えると、メノア師匠が入ってきた。
「どうしました?」
「カノンさんのお見舞いに。良いかしら?」
「…はい、どうぞ。」
師匠がカノンの様子を見る。
「魔力の流れは安定してますね。ソウルクラッシュ状態からここまで持ち直せるのはまさに奇跡としか言いようが無いです。」
「でも、あれからまだ目覚めなくて。このままだと身体の方が心配で。」
「あれから目覚めてない?こんなに魔力が安定しているのにおかしいですね。ちょっと失礼…。」
師匠がカノンの手を取り、目を閉じて少しだけ魔力を流す。直ぐに顔を上げると私の方を見て微笑んだ。
「アリナの魔力の流れが心地良過ぎて起きたく無かっただけみたいですよ。少し私の魔力で刺激してあげたので、直ぐに目覚めると思います。」
「心地良過ぎて起きたくないっ!?」
ちょっと何言ってるか分かんないんですけど!
「普通は他人の魔力って気持ち悪いのである程度自分の魔力が多くなってくると違和感が強くなって目覚めるんですけどね。余程アリナの魔力と相性が良かったのか、それとも奇跡の副産物か。」
師匠が冷静に分析していると、カノンが目を開ける。
「ん…?みんな、おはよう…?」
「カノン!!」
嬉しくてカノンに抱きつく。
「アリナ、苦しいよ…。」
「大丈夫?どこか変なところない?」
「どういう事?ああ、私魔力枯渇して倒れたんだっけ…。アリナが助けてくれたんだよね、ありがと。」
「もう、本当に無茶ばっかりするんだから!バカカノン!バカノン!」
「わざわざ言い直して略すのはひどいな…。」
「身体に異常はないか?」
「お腹が空いたかな…。」
「丁度ユキが剥いた果物があるから食べるといい!ほらユキ、アーンしてやれよ。」
「なんで俺が…。」
「カノンが口開けて待ってるぞ。」
「小鳥かよ。」
コウとユキがカノンに構っている間に、私は師匠に手招きされてテントの端に移動する。
「師匠、本当にありがとうございます。」
「良いですよ。私が何もしなくても今日か明日には目覚めたと思いますし。…それよりアリナ。」
「何ですか?」
「カノンさんについて、特に心に異常が無いか良く見ておきなさい。」
「心に異常ですか…?」
「はい。ソウルクラッシュは文字通り心が壊れ切ってしまった状態を指します。あなたの奇跡で壊れ切ったカノンさんの魂を再構築したのだとしても、何かしらの後遺症が残っている可能性は否定されません。」
「カノンがカノンでなくなってしまっていると言うことでしょうか?」
師匠はゆっくりと首を振った。
「わかりません。何せソウルクラッシュ状態から目覚めた前例などないですから。アリナ。あなたが成し遂げたことはそれだけでの偉業なのですよ。だからもしもカノンさんに何か後遺症が残ってしまっていたとしても、それはアリナのせいではありません。こうして目覚めていること自体が奇跡なのですから。」
師匠はそう言うとカノンのところに戻る。
「カノンさん。何か変わったことがあればアリナに相談して下さればいいと思いますが、もしもアリナに言いづらい事があれば遠慮なく私に声をかけてくださいね。」
それでは、と言って師匠はテントを出て行った。
「アリナ、師匠と何を話していたんだ?」
「そのままよ。純粋にカノンの心配をしてくれているの。」
カノンはユキに果物をもらってパクパク食べている。私からすればその姿が既に違和感バリバリなのだが男どもは何も思わないのだろうか。
「食べて平気なの?」
「うん。お腹も空いてるし、今日は食べられそうな気がしたんだよね。おいしかったよ。」
「そう…。」
何日も眠っていたんだからそりゃお腹は空いているだろうけど、先日まで何も食べられなかったカノンが果物を食べているのは先ほど師匠が言った「異常」なのだろうか。でも、元気になってくれるならそれに越したこと無いという気持ちもある。
「魔力は回復してるように見えるけど、違和感はない?」
「多分大丈夫。ちょっと使ってみるね。」
「いきなり魔力を使って大丈夫か?もうちょっと体調が回復してからの方がいいんじゃないか。」
「全力出さなきゃ大丈夫だよ。魔力は問題なさそうな感じだし。」
コウの心配をよそにカノンは適当な魔術と呪術を発動しているようだ。
「うん、いくつか使ってみたけど特に問題なさそうかな。」
「なら良いわ。魔力は戻ってると思いましょう。でも何日も寝混んだせいで身体は衰弱しているんだから、しばらくはしっかり療養しなさい。」
「はーい。」
素直に頷いたカノンは布団に潜り込む。…これも普段のカノンなら「大丈夫だからもっとお話ししようよ。」とか言いそうなもんなんだよな。師匠が脅したせいで何でもかんでも違和感に思えてしまう。
いずれにしてもしばらく様子を見るしかないか。すやすやと眠るカノンを見て、とりあえずは一安心だ。




