第10話 紅蓮の炎
なんやかんやでコウと付き合う事になった砦の戦いから、またしばらく時が経って。気が付けば召喚されてからとっくに1年以上の時間が経過していた。
1年以上が経過したというのに、魔族国との戦争には全く終わりが見えない。というか地図を見ると魔族国の王都までの道のりは遠く、今のペースだとあと何年かかることやら。
「日本では行方不明って何年経ったら死んだ扱いされちまうんだっけ?」
「5年くらい?もうちょっと長かったかしら。意外と長かったような気がするけど。どちらにしろ1年以上も失踪してたらコウとユキの仕事はクビになってるでしょうね。私の大学はどうなるのかしら…」
「私はこのままだと最終学歴中卒になっちゃうなあ。」
「いざとなったら4人で会社起こそうぜ!異世界召喚株式会社!」
「何を売るんだよ。」
夕食時の会話でそんな冗談が飛び交う程度には、もう日本への帰還後これまで通りには過ごせないと思い始めていた。1年間の失踪も大事件ではあるけれどこの後帰るまでの期間が長くなるほど帰還後がハードモードになる。だと言うのに戦争は後何年かかるか検討もつかない。焦っても自分達ができることは自分達の実力を高めるぐらいなので、ひたすら自分達の術を磨く訓練の日々であった。
そんなある日の事。
「コウ、この間のやつ出来たよ。」
「この間…?」
「ほら、魔法といえばファイアー!なのに魔術にも呪術にも炎を出す術が無いねって話してたやつ。」
「あれか!出来たのか!」
「明日ご披露してあげよう。」
そんな会話があった翌日、折角なので私も見せてもらおうと騎士団の訓練所にお邪魔して待機していると、カノンが2人の人を引き連れてやってきた。
「えっと、こちらは私の魔術の先生のシャルル師匠。こっちが呪術の先生のルナ師匠。私が新しい術をコウ達にお披露目しに行くって言ったら見てみたいって着いて来ちゃった。」
「最近1人で何かコソコソしていると思ったら新しい術の開発をしていたとはな。本来術を開発したらきちんと手続きをしてから実演して新術として登録しなければならないんだぞ。」
「別にそういうの興味ないですし。コウと炎が出せたらかっこいいねって話をしてだだけなんで、申請とか登録とか面倒臭いのでパスで。」
「だからその辺りは私たちが今から仲間達に披露する場に立ち会うことである程度省略させてやろうと言っているんだ。炎を出せる術なんてこれまでの歴史で誰も成し得ていない偉業だぞ?」
どうやらカノンはさらっとすごい事を成し遂げていたらしい。肝心のカノンは全く興味なさげにしていた。
騎士団長が2人の師匠に話しかける。
「状況は分かりましたが、シャルル師とルナ師の両名が立ち会うと言うのはどう言う事でしょうか?お二人はそれぞれ専門が違いますが…。」
「炎を出す術が魔術か呪術か聞いたら、どちらでも無いと言われたからです。」
「どちらでもない?」
「どちらでもないんじゃなくて、どちらともって言ったんだよ。両方の技術を使って炎を作り出したの。」
「…と言うことだそうだ。」
「そんなわけで団長さん、ちょっとコウとユキを借りていいですか?あと訓練所の端っこ使わせて貰えると嬉しいんですが…。」
「構いません。シャルル師とルナ師、魔術と呪術の両トップがいるのだし訓練所の中央でやって貰っていいですよ。その代わりに新しい術の披露に立ち会えるなんて騎士団としても滅多に無い経験ですので、我々も見学して良いですか?」
「そんな大袈裟なものにするつもりは全然なかったんだけどなぁ…。」
しばらくすると訓練所の真ん中にスペースが作られる。鉄で出来た甲冑が置かれ、その前にカノンが立つ。それを見守る私達3人とシャルル師、ルナ師、そして騎士団の皆様。
「こんな大ごとになるなら昨日の夜のうちにさっさと披露しておけばよかったよ。」
愚痴りながらもカノンは魔力を高め始める。気負った風もなく飄々とした様子で構えた。
「じゃあいきまーす。」
カノンが手をかざすとそこから炎が生じる。おお!ファイアー!って感じだ!周りからも驚きの声が上がる。特にシャルル師とルナ師は目を丸くしている。
「そりゃっ!」
そのままカノンは炎を甲冑に向けて放つ。ドンっと音がして甲冑が倒れ、どの中央は黒く煤けていた。
「本当にできるとは…信じられんな。」
シャルル師が呟く。しかしカノンはさらに彼女達を驚かせる発言をした。
「じゃあ次、本気出しますねー。」
「まだ次があるの?」
「今のはほんの挨拶代わりだね。苦労した成果はこのあとだよ!」
そういうとカノンは再び炎を出す。先程のように球状にするのではなく、そのまま手元で炎に魔力を込めていく。すると炎は体長1mほどの鳥?のような形となりカノンの傍らで静止している。
「カイザーフェニックス!」
カノンが高らかに宣言すると火の鳥?は甲冑に向かって飛んでいく。甲冑にぶつかるとその場で紅蓮の火柱となり辺りに熱風を巻き起こす。十数秒後、炎が消えるとそこにはドロドロに溶けた甲冑の残骸が転がっていた。
「むう、ちょっと失敗した。」
カノンは不満げに呟いた。
「すごい威力だったけどあれで失敗なの?」
「威力はいつもあの程度だけどさ。鳥がちゃんと羽ばたかずに鳥の形した炎がただ飛んでいっただけだったでしょ?上手くいくと鳥が優雅に羽ばたくんんだよ。そうするとフェニックス感出るの。まだまだ練習あるのみだね。」
しょうもない部分に並々ならぬ拘りを見せるカノンであった。ちなみに周りの方々…特にカノンの2人の師匠はそんな拘りの部分はどうでも良いようで、鉄の甲冑をドロドロに溶かすほどの炎を放った事実に対して驚愕の表情を浮かべていた。
騎士団長がカノンに声をかける。
「凄まじい威力の炎でしたね。まさに必殺の一撃といったところでしょうか。…ちなみに術の名前は何と言うのですか?」
「術の名前…考えてなかったな。師匠、術の名前って私が決めていいの?」
「ああ。新しい術はその開発者が名前を付ける事になっている。」
「じゃあ考えておきます。ねえねえコウ、どうだった?」
コウは興奮した様子で喜んでいる。
「完璧!これこそ魔法って感じだな!」
「まあ魔術兼呪術だけどね。」
「いや、魔法であっている。」
シャルル師がカノンに訂正する。
「魔法の定義は「他の誰にも使えない術」だ。新しい術は他のものが解析・模倣出来なければ魔法として扱われる。先程の術は魔術と呪術の要素を組み合わせて発動したのだろう?おそらくその術はカノン以外使うことは出来ないだろう。だとすればそれは魔法として認定されるはずだ。…まあ時間がかかるだろうがな。」
「はあ。まあどっちでもいいですわ。」
「全ての術師は魔法を産み出さんと日々努力してるのだがな。」
「…でも案外魔法を産み出す人はこんな様子なのかもしれませんね。」
魔法に興味がなさそうなカノンと呆れるシャルル師とルナ師が対照的だった。
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「ユキ、アリナ!協力してくれ!」
その晩コウが私達に協力を持ち掛ける。
「このままだとカノンの炎の術の名前が「メラメラのカイザーフェニックス」になっちまう!」
「はぁ???」
…詳しく話を聞くと、炎の術の名前についてカノンは一応コウに相談したらしい。「そもそも炎の術は使えないのか」と言い出したコウにも確認をとったという流れらしいが。そこでカノンは「メラメラのカイザーフェニックス」というクソダサネームを提案、コウが待ったをかけたとの事。
「…別に好きにさせれば良いんじゃないの?」
「いや!俺はカノンの為を思って言っているんだ!ガッツリ厨二病時代に書いた卒業文集のプロフィール欄を大人になった時に掘り起こされる哀しみを、俺はカノンに経験して欲しく無いっ!」
何言ってんだコイツ。
「ああ、前にコウが愚痴っていたやつか。」
「なにそれ、私は聞いた事無いわ。」
「コウは日本では有名人だろう?そこそこ売れ始めた時にテレビで中学生時代の卒業文集が紹介されたらしいんだが、そこのプロフィール欄に「属性:闇」とか「趣味:深淵を覗く事(但し深淵もまたこちらを覗いている)」とか書いたのが全国公開されたされたらしい。」
「何それウケる!」
「やめてくれえぇぇ…。」
「そんな面白い話、なんで私には黙ってるのよ!?」
「若さ故の過ちっていうかさ…とにかく!俺はカノンにそんな思いをさせたく無いんだよ!」
「でもあの子18歳よ?厨二病は卒業してるんじゃないの?」
「いや、そんな事無いだろう。」
ユキも冷静に突っ込む。
「というわけで明日までに俺も候補を出すと言ってあるんだけど、まずは何か良い名前の候補ってあるか?」
「そこもノープランなのかよ!」
その後、夜遅くまでコウとユキの部屋で候補を出しあったり却下したりと話し合い、『紅蓮』が「ぎりぎりコウが提案しそうで将来的に痛くならないライン」だろうという事になった。
やれやれと自室に戻ったら、既に図書室から戻って来ていたカノンに「今夜はお楽しみでしたか?」とニヤニヤしながら聞かれて、コイツ将来的に恥ずかしい思いすればいいじゃね?と思ったのは内緒だ。
翌日、「メラメラのカイザーフェニックス」にするか「紅蓮」にするかは話し合いで決着がつかず激辛団子と普通の団子を用意して、甘い団子を食べた方の名前を採用するというバラエティ番組さながらの勝負をコウが持ちかけた。コウは両方激辛の団子を用意して自分は全力で激辛団子を美味しそうに食べるという古典的イカサマで名称「紅蓮」を勝ち取ったのであった。
そこまでしてカノンの為に…と思ったが、ユキ曰く「多分その名前を聞く度に自分のトラウマが抉られると思ったんだろう。」との事であった。なるほどね。




