176 代官とサブミス 1(別視点)
* 別視点 ポール side *
話は数日前に遡る。
代官ポール・カベスカは、国王からの召還を受命した。
召還命令は、登城して街とアンナの詳細を報告せよ、という内容であった。
ポールは拝謁の準備をしていた。報告書の作成、献上品の用意など。
* * *
私は執務室で仕事中だ。とても忙しい。
代官の職務がこれほど忙しいとは思っていなかった。
しかし、窮屈な王城に比べたら、ましかもしれない。
さて、どうしたものか。
期日は記されていないが、登城はなるべく早いほうが良い。
しかし問題を抱えたまま、今この街を離れる訳にはいかない。
住居、宿、労働者、食料が不足しているからだ。
職人は手配しているが、食料と建築資材を近隣から調達するには、まだ時間がかかる。
そんな時、商業ギルドから知らせが届いた。
食料と資材が大量に入荷したと言うのだ。それらはアンナから仕入れたそうだ。
アンナに助けられた。嬉しい反面、自分の力不足が情けない。
あとは労働者の確保だ。
その翌日、今度は冒険者ギルドから知らせが届いた。
約100人が冒険者登録をして、これから仕事現場を割り振るらしい。
聞けば、アンナが近隣のスラムから連れて来たそうだ。
助かった。これで人手不足が解消される。
これで登城することができる。
私は謁見に一人の女性を連れて行く予定だ。重要人物だ。彼女の名は・・・マギー。
献上品には計算道具のそろばんがある。しかしそろばんだけを献上しても意味がない。
使い方を説明する必要がある。マギーは、それに打って付けだ。
私は商業ギルドに使いを出し、マギーに出立の日時を伝えた。
王都に出立するのは明後日の朝だ。
* * *
* 別視点 マギー side *
私は商業ギルドで仕事中です。そこへお代官様から連絡が来ました。
王都に出立するのは明後日、なんだかドキドキする。
王様に拝謁するのは名誉なことだし、ドレスとハイヒールはお代官様に買ってもらえた。
ギルドの激務から解放されて、華やかな王都に行くことができます。
宿泊するのは王城近くの高級な宿、しかもお代官様が宿泊費を負担してくださる。
王都に行くのは楽しみ、でも・・・
膝折礼で転んだらどうしよう。そろばんの披露で計算ミスをしたらどうしよう。
王都に行けるのは嬉しいけど不安です。
お代官様は緊張しなくていいと言っていたけど、絶対緊張するよ。
だめだめ、今は仕事に集中しないと。
ギルミスから、少しでも多くの仕事を片付けるように言われている。
それに王都から帰ってきたときに、仕事の山を見たくないから。
* * *
* 別視点 ポール side *
今日、私はとても気分がいい。王都に出立するのは明日。
懸案であった食料、資材、労働者の不足も解消した。
これで心置きなく王都に向かうことができる。出立の準備は、ほぼ終わっている。
そうだ。昼は妻と娘を連れて猫耳亭で昼食にしよう。
猫耳亭は王都の高級レストランよりも、いや、宮廷料理よりもうまい料理を出してくれる。
宿の娘に会えれば、うちの娘が喜ぶだろう。
私は使いを出して、宿の部屋を予約した。
*
私は、妻のクレアと娘のリリーを馬車に乗せ、猫耳亭に向かった。
馬車の中では娘がとても機嫌がよかった。友達に会えて、美味しい料理が食べられるからだ。
友達になったのは、家族を連れて猫耳亭で食事をしたのがきっかけだ。
そのとき、うちの娘と宿の娘が仲良くなった。同じ5歳だ。
先日、娘は描いた絵を持ち帰ってきた。
タイトルは「おとうさまとおかあさまとわたし」
早速、額縁に入れて執務室の壁に飾ることにした。
すばらい絵だ。娘に絵の教師をつけることも考えておこう。
*
馬車が猫耳亭に到着した。
相変わらず長い行列ができている。
私たちは中に入った。部屋には女将のエマが案内してくれた。
宿の娘はいま手伝いをしているそうだ。あとで部屋に遊びに来ると言っていた。
昼食は娘の好きなカレーライスにした。トッピングはカツレツ。
子供の料理は量が少なくしてある。その分値段が安い。子供用のイスもある。よくできたサービスだ。
王都のレストランも見習ってほしいものだ。
*
エマが料理が運んできた。いいにおいだ。
今日は娘がいる。菓子を頼むか。
ポール「エマ、今日の菓子はなんだ?」
エマ 「チョコレートムースでございます」
チョコレートを使った菓子か。レシピはあるが、まだ食べたことはなかった。
ポール「それを三人分、頼む」
エマ 「かしこまりました・・・失礼いたします」
さあ、カレーライスを食べよう。
私は、小瓶に入った赤い粉を少しだけかけて食べる。うまい。
リリー「おいしい」
クレア「美味しいわ。宮廷料理にふさわしい料理ね」
ポール「同感だ」
カレーを食べた陛下の驚く顔が目に浮かぶ。
カツレツもうまい。肉は柔らかく、衣はサクッとしている。
*
カレーライスが食べ終わったころ、菓子が運ばれてきた。
リリー「おいしい」
クレア「チョコレートを使ったお菓子はどれも美味しいわ」
ポール「チョコレートは女神様が所望される菓子だからな」
*
菓子を食べ終えたころ、扉がノックされた。
コン、コン、コン。
エマ 「エマでございます」
ポール「入ってくれ」
エマ 「娘たちを連れてきました」
ノエル「リリーちゃん」
リリー「ノエルちゃん、ミラちゃん・・・それなあに?」
子供二人は、黒猫のおもちゃを持っている。
ノエル「これね、アンナお姉ちゃんにもらったの」
エマ 「ぬいぐるみと言うそうです」
リリーが泣きそうな顔になっている。
リリー「おとうさま・・・わたしもほしい」
友達二人が持っていて、自分だけが持っていない。欲しがるのは仕方がない。
ポール「エマ、入手できるか?」
エマ 「アンナさんが来たら話してみます」
ポール「頼む」
商業ギルドにおもちゃの情報があるかもしれない。
ポール「クレアとリリーは、ここにいてくれ。
私はギルドに行って来る」
私は、馬車で商業ギルドに向かった。
街の住人は、アンナの住む場所を知らない。次、いつ来るのかもわからない。
王都に向かう馬車の中でリリーの泣く顔は見たくない。出立は延期するか・・・
なんだ? あの人集りは?
ポール「停めてくれ」
私は馬車を降りた。あそこは氷屋だ。一体なんの騒ぎだ?
私は、氷屋に向かった。