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冒険のはじまり

フルクライン王国の首都バッセマ。その城壁の外のなんでもない草むらを埋め尽くす大勢の若者が直立不動の姿勢で立っていた。

いずれも装備は貧弱だが顔つきは精悍そのもので、皆じっと一点を見つめ、身じろぎひとつしない。

若者のひとりの鼻に、人差し指くらいの大きさの羽虫がとまったが、若者は表情ひとつ変えず、やはり身じろぎひとつしない。


「少ないな」

「こんなものか」

「本当に1万人もいるのか」


城壁の上の特設ステージで国王バージェスがひげをなでながら不満そうに声を漏らした。

「2万人にしますか」

国王の左に控える大臣メルディが厚ぼったいまぶたを持ち上げて応えた。

メルディの脇で将軍ゴッゾが四角い顔をゆがめた。

「余計なことを…」

そう言いたげである。

反対側、国王の右に控える神官オーファが鷲鼻をなでながら、

「陛下、おそれながら、彼らはただの兵士ではございません。一騎当千のつわもの達でございます」

と静かにつぶやいた。


「それもそうだな」

ははは、と国王が笑った。


将軍ゴッゾは面白くなかった。

去年急逝した前将軍アルジェクトの後を継ぎ軍をまとめている彼である。

それがまるで役立たずのように冗談めかして笑われていることに、怒りと焦りを感じた。

ゴッゾの後ろで、副官コロネオが「なぜ言い返さないのか」と彼をにらんでいた。


「いやいや」

国王が続けた。

「軍はよくやっておる。ゴッゾ、すまぬ」

ゴッゾは頭の霧が晴れたという清々しい顔で静かに会釈をした。

「力及ばず、申し訳ございません」


魔王の台頭を軍は止める事ができなかった。その責任をゴッゾは感じている。

しかし、国費を軍の増強に使わず、得体のしれない若者達を『召喚』して魔王討伐に向かわせることに大きな不満を感じていた。


プァー。


青空にラッパの音が鳴り響いた。

出陣の時である。

神官オーファが演説を始めた。

魔王を倒さなければ平和が訪れないこと、若者たちにはそれを食い止める力がじゅうぶんにあること、魔王を倒せば大きな報酬を得られることなどを、ゆっくりと述べた。


列の後ろの若者たちは、首をかしげて目を細めている。

声が聞こえないのだ。


ささやかな混乱と困惑の中、列の前のほうの若者たちが右手を挙げ「おおっ!」と叫んだ。

なにか景気のいいことを神官オーファが言ったらしい。

事情がよくわからないまま、後方の若者たちも手を挙げ歓声をあげた。

それでいて互いに顔を見合わせ、「さあ?」といった面持ちを共有している。


すぐに、前方の若者たちから笑い声があがった。

神官オーファがなにかおもしろいことを言ったらしい。

「んっはははは」

後方の若者たちも調子を合わせて笑った。

なにがおもしろいかわからないので、あとで聞いてみようと思った。


すると、神官オーファが大声を張り上げた。

「笑いごとではない!」

これは後方の若者たちにもよく聞こえた。

若者たちは沈黙した。

それから神官オーファの怒声がしばらく続いたが、これは何を言っているかわからない。

「まあまあ、よいではないか」

国王バージェスがオーファを神官オーファをたしなめた。


国王のうしろで、第一王子エロイスが「やれやれ」といった顔でその様子を見ていた。

エロイスの後ろに座る王子たちは、神妙に神官オーファの演説を聴いている。

エロイスは振り返って彼らを見、またやれやれといった顔でため息をついてカールのかかった前髪を指でいじった。


「先が思いやられますなぁ」

エロイスが国王バージェスに聞こえるように言った。

「エロイス、今日は少し黙っておれ」

「はいはい」

国王から何度聞かされたかしれない言葉に、エロイスもまた、何度言ったかわからない返事をした。


「おい弟よ、お前はこの遠征、うまくいくと思うか?」

エロイスが斜め後ろに座る第三王子ターブに話しかけた。

今年で12歳になる王子ターブは赤ん坊のような肌を紅潮させて言った。

「兄上、これは国家を挙げた作戦です。オーファ様が選んだ勇者たちをゴッゾ将軍が決めたルートで進み…」

「ターブ、お前、本当にかわいい顔しているなぁ」

「兄上!」

ターブの隣の、ターブの双子の弟、第四王子シナウスが口を開いた。

「まじめにやってください」

「おうおうシナウス。お前もかわいいなあ。今度いっしょに風呂でも入るか」

「あ・に・う・え!」

ゴッゾが振り返り、王子たちを見た。

「ほらほら、こわいゴッゾおじさんに怒られるぞ」

シナウスは釈然としない。


オーファの演説が終わった。

若者たちに安堵の表情が浮かんだ。

つづいて大臣メルディが立ち上がり、ふところから巻物を出し、それを広げ始めた。


「勇者諸君!」

メルディの演説が始まった。

若者たちはがっかりした。


「私の言いたいことはひとつだけ」から始まるメルディの演説は、永遠に続くかと思われるほど長かった。

国王バージェスもだんだん眠気を催してきたようで、椅子に座ったまま、だんだん首が前に垂れていく。


「くくく」

「兄上!」

エロイスは相変わらず弟たちをからかって退屈を紛らわせていた。

「しかしなぁ、弟。魔王を倒したとして、このぼんくらどもをその後どうするつもりなんだ」

「それは…正規軍に組み込むとか…」

「つとまるかぁ?あいつらに」

「彼らはオーファ様が選んだ…」

「あいつらと話したことある?」

「え…勇者さまとですか?」

「俺は話したぞ」

シナウスはどう反応していいかわからないといった緊張した表情で体をこわばらせた。

エロイスは焦らすように少し沈黙し、

「どうにもなあ。あいつらみんな、最初は早く帰りたいとか言っていたが、妹に会った途端、世界を救うんだとかなんだとか、夢みてえなこと言ってたぜ。キラッキラした目でな。どっか違う世界から来た連中だろうが、ずいぶん平和な世界から来たんだろうぜ」

「妹とは…ペルレネ様ですか」

「いや、ポータスだ」

「えええ?」


この世界での美人の定義は、ふくよかであること、目は小さく鼻が高いことなどで、これは彼らの宗教観と大きく関係している。その意味でいえば、エロイスの妹、ターブやシナウスの姉であるペルレネは申し分のない美女で、外国の諸侯たちからの人気も厚い。一方、ターブよりひとつ年下のポータスは丸顔で目が大きく、この世界の美人の基準からはことごとく外れていた。


「あいつらの世界では、ポータスみたいのが人気があるのかもな」

エロイスは冷静にそう言った。

「ま、とにかくあいつらは揃いも揃ってふぬけた顔で、どうにも、な」


そうこうしている間に長いメルディの演説が終わった。


「出陣ん!!!!」

将軍ゴッゾの、戦場でもよく響く太い声が轟いた。


1万人の勇者たちの冒険が、いま始まる。

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