3 かつての繋がり
声の出所はヒイラギの左後方からだった。
前衛をケンセイに任せ、周囲には全く人形を寄せ付けていないはずのマコトの声だった。
うめき声を耳にすると同時にとりあえず目の前に迫った人形を焼き尽くす。
脅威を排除してから振り向くと、ちょうどマコトが前のめりに倒れるところだった。
「な……」
受け身を取ることもできずにマコトは倒れた。
気を失っているのか起き上がる様子はない。
一体何が起こった?
なぜ一番安全な後衛にいたはずのマコトが倒れた?
答えは犯人の声で明らかになった。
「油断大敵ですわ」
手元操作で有線式の振動球を呼び戻しながら神田は鷹揚に微笑んだ。
彼女と相対していたはずのタケハが離れた場所で怒号を上げる。
「貴様ァ! 勝負の最中に他者に攻撃を加えるとはどういう了見だ!」
「私は仲間のサポートをしただけですわ。対戦中の相手に余計なことをする機会を与えてしまった、貴方が全面的に悪いのではなくて?」
信じられない。
神田はタケハと戦いながら隙をみてマコトに不意打ちを行ったのだ。
ノーマークの方向から攻撃を受けたマコトは何が起こったのかもわからず倒されたのだろう。
「おのれ、神田ァ!」
タケハが≪古大砕剣≫を両手で振り上げながら駆ける。
普通の人間なら隙だらけの体を敵に晒すだけの愚行も同然。
だが、全身が鋼鉄の鎧であるタケハが行えば重戦車の突撃にも等しい。
とはいえ、神田なら攻撃を避けることは造作もないだろう。
タケハは仲間をやられた怒りに前が見えなくなっている。
人形はケンセイに任せてサポートに回るか?
神田の逃げ道を塞ぐように援護をするのもいいかもしれない。
ところが、神田は避けずに真正面からタケハに立ち向かった。
持ち手から有線式の振動球が繋がっただけの≪楼燐回天鞭≫
単純な武器だが、これまでに幾人もの能力者を退けてきた恐るべきJOYである。
「お食らいなさい!」
神田は下から掬いあげるように腕を振う。
そして真正面から震動球をタケハの肉体にぶつけた。
「そんなものっ!」
タケハは止まらない。
≪鋼鉄肉壁≫で守られた体はあらゆる攻撃を跳ね返す鎧だ。
バイブレーションタイプの能力程度では突撃の妨げにもならない――はずだった。
「うぬっ!?」
タケハの動きが鈍った。
動作が重くなる。
足が止まる。
彼は前屈みになって地面に≪古大砕剣≫を突き刺すと、完全に防御の姿勢に入った。
「うっ、おおおおおおおおおおおっ!」
赤黒い肌の中心、腹部で神田の≪楼燐回天鞭≫が唸りを上げている。
そして、ついに限界の時が訪れた。
神田の攻撃が≪鋼鉄肉壁≫の耐久度を超えた。
ガラスが割れるような音と共に、彼の体の表面が砕け散る。
「が……」
その中から出てきたのはやや筋肉質ではあるが、年齢相応の白い肌の青年の肉体。
圧倒的防御力を誇る鋼鉄の鎧も≪楼燐回天鞭≫の震動には耐えきれなかったのである。
巨体を仰向けにしてタケハは倒れる。
それはヒイラギがこれまでに見たことのない姿。
タケハがやられるなんて、にわかには信じられないことだった。
「そんな……」
呆然となるヒイラギの背後から人形が襲い掛かる。
あわや圧し掛かられそうになる直前、ケンセイの刀が人形の首を斬り飛ばした。
「呆けるな! 戦いの途中だぞ!」
友人でもあり、同じチームに所属するケンセイ。
彼は必死に呼びかけるがヒイラギはショックから回復できない。
仲間が二人もやられた。
しかも、そのうち一人はあのタケハだ。
ショウ以外に後れを取った姿など見たことのない男が、正面からの攻撃で倒されるなんて。
そうだ、ショウは?
我らが能力者組織精鋭の頼れるリーダー。
敗北という言葉がおよそ似合わない最強の能力者は何をしている。
彼の姿を探してヒイラギは視線を彷徨わせる。
しかし、なかなかそのショウは見つからない。
数秒をかけてようやく見つけた。
正確にはその辺りにいると見当がついた。
ショウは恐るべき超高速の戦いを繰り広げていた。
剣戟の音と敵と怒鳴り合う声だけがヒイラギの耳に届く。
「くっ、この野郎!」
「はははっ、流石に強いなぁショウは! あの頃と何一つ変わらない!」
「うるせえ! てめえなんか知るかっ!」
こちらも驚くことに、あのショウが苦戦をしていた。
負けてるわけではない。
後れを取ってもいない。
だが、あのスピードについていくことができる人間がいるだけでも驚きであった。
目にも止まらぬ速度での攻防はまさしく別次元の戦いである。
「ぐあっ!」
ヒイラギの目の前を吹き飛ばされたケンセイの体が横切った。
直後に元の場所へと引っ込んでいく有線式の振動球。
またも神田による遠距離からの奇襲だった。
「ひっ!」
ヒイラギは≪氷炎細剣≫を構えて神田の方を向いた。
武器を構えるが手も震え足元もおぼつかない。
完全に恐慌に陥っていた。
そんな状態で死角から迫る攻撃をよけ切れるはずもない。
脇腹に衝撃を感じたと思った次の瞬間には震動が全身に伝わっていた。
まるで紙切れになったよう。
自分の軽々と体が宙に浮かんている。
「ぎゃっ!」
地面に落下する瞬間だけは鮮明だった。
体がまるで四肢を縛られているかのように動かない。
全身を強かに打ち付けたヒイラギだが、かろうじて意識は保っていた。
「さて、あとは彼だけですわね」
どうやらは神田はヒイラギたちにトドメを刺す気はないらしい。
安堵したことを情けなく思いながら、なんとか首を動かして視線を向ける。
肩で息をしながらショウが神田と相対していた。
「マークはやられましたか。さすがの彼も、あなたには敵わなかったみたいですね」
「はぁ、はぁ……冗談じゃねえぞ、なんなんだあいつは。JOY使いでもSHIP能力者でもないくせに電気を操る能力者って、一体何者なんだよ?」
「つれないですわね。あなたの旧友じゃありませんか」
「だから知らねえって言ってんだろ!」
どうやらショウは金髪の青年に勝ったようだ。
それには安心したが、果たしてあの様子で神田と戦えるのか。
神田はヒイラギたち四人を倒しても息一つ切らしていない。
ショウが無敵なのは知っているが、あの女はこれまでの相手とは別次元の強敵だ。
「まあいいや、なんだろうと関係ねーよ。ここでお前をぶっ倒せばALCOは終わりだ。話は檻の中でゆっくりと聞かせてもらうぞ」
「お断りしますわ。というか、私はあなたと戦うつもりはありません」
「この期に及んで何を――」
ショウの言葉が途切れる。
彼の視線は神田を越えてその後ろに。
誰かが立っている、建物の扉の方に向いていた。
「私の友人を紹介しますわ。と言っても、あなた方はよくご存じのはずですわね」
その人物はショウが――いや、ヒイラギを含めた精鋭五人がよく知っている人物だった。
そう言えば、いつの間にか周囲の人形たちが動きを停止している。
人形?
……人形使い。
なぜ気づかなかったのか。
いや、いるはずがないのだ。
だって彼女がALCOのアジトにいるなんて。
能力を使って自分たちに攻撃をするなんて考えられないじゃない。
でも、じゃあなんで。
あなたはここにいるの?
「久しぶりだね。ショウ」
「智絵……さん」
それは、かつて彼らを導いた人物。
まだラバース主導の能力者組織が存在しなかった頃の話。
SHIP能力者たちの保護のため、ヒイラギたち五人にジョイストーンを与えた人。
ラバースコンツェルンが彼らに接触してきた直後、企業主体の能力者組織が設立されることに反対し、行方も告げずに姿をくらませてしまった人。
「なんであんたがこんなところに――」
「っ、ショウ!」
突然の再会に驚いていたのはショウも一緒だった。
しかし遠くに離れていた分だけヒイラギが先にそれに気づいた。
ショウのすぐ後ろにその人物が立っている事を。
「≪天河虹霓≫」
フードを被った人物が小声で呟きながら手を伸ばす。
ショウが振り向くと同時に、その手が彼の後頭部に触れた。
「あ……っ」
「とりあえず、お話の続きはあなたが全部を思い出してからね」
場違いなくらい優しい声を発するフードの人物。
彼女の前で、ショウは糸が切れた人形のように倒れた。




