1 最初期の五人
闇の中に四人の男女の姿があった。
ここは都会の喧噪を離れた山奥の倉庫街である。
遠い昔に利用者は去り、地元の情報誌で心霊スポットとして名が残る場所。
たまに興味本位の怖いもの知らずが訪れる以外は人々から忘れられた辺鄙な一角だ。
こんな所に国家を揺るがすテロリストが潜伏しているとは誰も思わないだろう。
「考えてみれば久しぶりだな、我らが集うのも……」
筋骨隆々、赤黒い肌の青年が呟いた。
日本人離れした彫りの深い顔立ちで、四人の中でもひときわ異様な存在感を放っている。
彼の名はタケハ。
埼玉県を拠点とする能力者組織『ヒノカワ』のリーダーだ。
彼は自他共に認めるすべての能力者組織で第二位の実力者である。
「仕方ないさ。ヒイラギとケンセイ以外はみんな別々の組織に属してるんだからな」
「っていうか、このメンバーだと明らかに私が足手まといなんだけど? シンゴちゃんを呼んだ方が良かったんじゃないの?」
「そんなことはない。ヒイラギの実力は俺が保証する」
俳優でも通用しそうな端整な容姿の東京都西部の能力者組織のリーダー、マコト。
紅一点でポニーテールの似合う千葉県の能力者組織の構成員、ヒイラギ。
無骨で無表情な千葉県の能力者組織のリーダー、ケンセイ。
この四人に、まだ来ていない最後の一人を加えた五人は古くからの幼馴染である。
ラバースが能力者組織を編成する以前から独自の活動をしていた『最初期からの能力者』だ。
「それに俺もまだ未熟だ。先日はあの神奈川の年若い少年に後れを取った」
「あー、あれね……あれは仕方ないよ」
ヒイラギは少し前に神奈川東部の能力者組織『アミティエ』とひと悶着起こした時のことを思い出した。
上海のラバース支社を滅ぼしたと言われる『上海の龍童』の恐ろしさは記憶に新しい。
見た目は女子小学生なのに中身は鬼の子かと思うほど強かった。
「私としては班長の女の方が怖かったけど……っていうか、ショウはまた遅刻!? あいつが時間を守ったことってあんの!?」
その神奈川東部の能力者組織アミティエの第一班の班長。
ショウが今日ここに集まるはずの最後の一人である。
「いや、来たみたいだぜ」
マコトが雲に覆われて星一つ見えない空を見上げて言った。
ヒイラギにはまだ見えないが、彼は他の能力者と比べて探索・察知に優れている。
東の空から強烈な風の奔流がやってきた。
それは夜空を切り裂いて、あっという間に接近。
派手な粉塵を巻き上げながら四人の前へと降り立った。
「よう」
「おせーよショウ!」
「悪い、寝過しちまった」
悪びれもない形だけの謝罪をして、ショウは背中の透明な翼を消す。
文句を言ったマコトを含めて非難の目が集中するが、タケハだけは豪快な笑い声を上げた。
「ハッハッハ! 一大作戦の前だというのに相変わらずの余裕だな!」
たしかに、ショウのペースに合わせていちいち腹を立てる方が間違っている。
ヒイラギもわかっているのだが作戦前でピリピリしているのだ。
タケハのように豪放磊落には振舞えない。
この二人が余裕なのもある意味当然か。
全能力者組織で第一位、第二位と言われる最強クラスの実力者たちだ。
極度に緊張しているヒイラギと違い、ショウとタケハはこの状況を楽しんでいるのだろう。
「んじゃ、ちゃっちゃっと終わらせて帰ろうぜ」
「どうでもいいけど、ちょっとくらい友人との再会を喜ぶとかそういうのはないのか?」
「おお、マコトじゃんか! 久しぶり!」
「しらじらしいんだよ!」
「ぷっ……」
そんなヒイラギだったが、二人のやり取りには笑ってしまう。
ショウという男は不思議な人物だ。
その場にいるだけで周りにも勇気を湧き起こさせる。
反ラバース組織ALCOの征伐という重大任務の直前だというのに、いつの間にかすっかりと緊張がほぐれてしまった。
「さて、行くか」
自然とショウが指揮を執る。
その人柄に加え他の追随を許さない最強の実力。
彼になら安心して命を預けられると誰もが疑うことなく思っている。
五人が向うのは、ここから目と鼻の先の廃工場。
そこに世界的大企業ラバースコンツェルンに反旗を翻すテロリストのアジトがある。
今までその所在は完全に秘匿されていたが、先日の神奈川で起きた大事件によって、ついに詳細な居場所が判明した。
神奈川西部の能力者組織が壊滅するほどの大変な事件だったが、ラバースはこれをきっかけにALCOの壊滅を決意する。
故に、絶対に失敗のないよう最初期からの能力者の投入を決定したのである。
個人としても最強クラス。
古くから付き合いがあって連携もばっちりな五人。
各自バラバラに所属する組織の垣根をとっぱらって集結するだけの価値はある。
上層部もそのように判断したから、足かけ二年ぶりにこうしてかつての友人が集まったのである。
今さら隠れる必要もないが、工場までは徒歩で向かうことにした。
五人は暗闇の中をあえて敵を挑発するように堂々と歩く。
奇襲の素振りがあれば即座にマコトが察知する。
ショウがいる限り不意打ちは通用しない。
だが、予想されたような奇襲はなかった。
敵の姿を見かけることなく工場の前にまで着いてしまう。
「室内戦になるな。できれば広い場所で存分に暴れたかったのだが」
物騒な意見を口にするタケハ。
彼は急に足を止めたマコトの背中にぶつかりそうになった。
「おっと、すまん」
「誰か出てきたみたいだぞ」
マコトが指差す先、工場の重々しい扉がゆっくりと開いた。
先頭の一人に続いてぞろぞろと数人の人影が姿を現す。
「数が少ないな」
事前の調査やこれまでの経験からもALCOには数十人の構成員がいるはずだ。
しかし六人が出てきた時点で扉は大きな音を立てて閉じてしまう。
こんな夜中に集団で散歩ということはないだろう。
向こうも襲撃は察知していたと考えるべきだ。
だから恐らくあの六人が敵の精鋭である。
先頭の女にはよく見覚えがあった。
「神田か」
その姿を確認し、タケハが名を呟いた。
「お久しぶりですわ、みなさん」
丁寧なあいさつと裏腹に胸を張った偉そうな態度。
彼女はALCOの副リーダーで『神田』という名の女だ。
バイブレーションタイプというありふれた系統のJOY使いながら、異常なほどに強い。
あの女にはどの能力者組織もたびたび煮え湯を飲まされてきた。
若く見えるが、実年齢は恐らく三十前後のはず。
何らかの特殊な手段で見た目の若さを保っているのだろうか?
秘訣があれば知りたいとこっそり考えたのは秘密にしておこうとヒイラギは思った。
「今夜は長きに渡る因縁に決着をつけるためお集まり頂いたということで間違いありませんわね?」
「その通りだ。逃げも隠れもしない潔さは認めるが、貴様らがALCOなどというふざけた組織を名乗れるのも今日までだ」
タケハは好戦的に拳を鳴らす。
どうやら早く戦いたくて仕方ないらしい。
「それはあなたたちの側の呼び名で、別に私たちはALCOなどと名乗った覚えはありませんが……まあいいでしょう。決着をつける前にひとつ提案があります」
「提案だと?」
「ええ。互いの人数はちょうど五対五。せっかくなので試合形式での対戦などはいかがでしょうか? 無論、我々が負ければ大人しく残りの構成員全員で投降いたします」
ふざけた提案だった。
こちらとしては飲む理由はない。
元より全滅させるつもりで精鋭の討伐隊が集まった。
奥に数十人の能力者が控えていたとしても、まとめて蹴散らせるだけの戦力はある。
だが、残念ながらこういった提案が大好きな奴がこちらには二人いた。
「そりゃいいや、面白そうだ」
「うむ。受け入れよう」
ショウとタケハである。
この二人が受けてしまえば多数決の論理は通用しない。
さらにこの提案にはケンセイも賛同のようだった。
「手間が省けて良いだろう。数十の敵を相手にするより、互いに被害も少なくなる」
「確かにそうかもね」
そういうことならヒイラギも反論はない。
それに上手くいけば自分は闘わなくて済むかもしれない。
四人の視線が残ったマコトに集まる。
彼は勝手にしてくれとばかりに両手を挙げた。
「決定だな」
満足そうに頷いたタケハは地面を踏み鳴らして前に出る。
当然のように自分が最初に戦うつもりのようだ。




