8 再戦・シンクVSオム
二人の拳が交差する。
互いにクロスカウンター気味の一撃を頬に……とはならない。
シンクは攻撃に移ると見せかけて空間を渡った。
「≪空間跳躍≫か!」
一撃の威力はこちらの方がはるかに高い。
シンクは熱くなっても自殺行為と言えるような軽率な賭けは挑まない男だ。
数秒待っても攻撃はやってこなかった。
どうやら距離を取ってどこかに隠れたらしい。
もちろん、このまま逃げるつもりではないだろう。
おおよその位置の見当もつく。
右手の森の中か、トラックの陰あたりか。
無論、こちらから接近するような愚挙は犯さない。
シンクの能力を改めて頭の中で確認する。
彼のJOYは≪七色の皇帝≫という。
その能力は他の能力のコピーである。
ただしコピーした能力は元となった能力よりもやや劣化する。
コピーできる能力は七つまで。
一度覚えたら別の能力で上書することはできない。
未完成な能力を徐々に完成させていくと言った方が正しいかもしれない。
オムの知っている限り、現段階で備わっている能力は五つある。
一つ目は≪龍童の力≫
正式な能力名は知らないが、あの陸夏蓮と同様の高い身体能力を得る術だ。
とは言え本家に比べれば強化の程度は低く、それだけで高位の能力者と渡り合えるほどではない。
二つ目は≪空間跳躍≫
汎用能力だが、前者と組み合わせることで非常にトリッキーな戦術が可能になる。
オムの見たところ連続使用は不可で、移動直後の強制的な姿勢リセットというデメリットもある。
この二つをメインに使いつつ、テンマの≪大地の鬼神≫とアオイの≪氷雪の女神≫、そしてオムの≪爆炎の魔神≫で攻撃を行うのがシンクの戦闘スタイルだ。
三つとも班長クラスの能力だがすべてオリジナルほどの威力はない。
地は主に防御に、氷を間接攻撃に、炎を必殺の一撃に使用する。
様々な戦術が可能になる反面、ともすれば器用貧乏になりがちである。
しかし、シンクはそれらを自在に操ってトリッキーな戦い方を行ってくる。
決して侮れるような相手ではない。
だが――
背後に『悪意』が現れた。
オムは振り向き、即座にガードをする。
「オラアッ!」
「なんの!」
コピーした≪爆炎の魔神≫を用いた劣化版『バーニングボンバー』だ。
並の人間ならガードした腕ごとぶっ飛ばすだけの威力はある。
だがオムにとってはダメージにもならない。
「甘いぞ、新九郎!」
反撃の左ストレートを放つ。
シンクは虚空を渡ってそれを避けた。
消える直前に見えた彼の表情には焦りが滲んでいた。
間違いなく今の一撃は彼の持つ最強威力の攻撃だったはずだ。
爆発と炎を操るオムの能力だが、当然それだけの力ではない。
自分自身の力で傷つかないための防御膜を張ることもできるのだ。
オムはその見えない防御膜を自在に操ることができる。
守ることができる範囲は両腕だけだが、彼自身の『悪意を感じるSHIP能力』で攻撃を先読みすれば、防げない攻撃などそう多くはない。
憎み続けてきたこのSHIP能力だが、実は戦闘に関しては結構な役に立ってくれる。
ところで、現在この場にはシンク以外にも別の能力者が存在する筈だ。
あらかじめ待ち伏せして人払いの能力を使っている者が。
今はまだ存在を感知できないが、もしその人物が直接的であれ間接的であれ、オムに危害を加えようとしてくれば即座に気づく。
害意を持たずに他者を攻撃できる人間などそうはいないからだ。
いるとたら、そいつは息を吐くように無感情に人を傷つけられる相当な人格破綻者だ。
致命的なダメージを受ける可能性といえば、あの大型トラックに仕掛けたトラップくらいだろう。
車線軸に入らないよう動きつつ、奇襲を気にかけ、シンクの猛攻を防ぎながら反撃を叩き込む。
そろそろこちらも全力でやるとしよう。
「うおおおおおっ!」
オムは吠えた。
波動を周囲に振りまく。
持てる力を最大限に放出する。
防御の膜を纏った両腕が燃え上がる。
「おいおい、なんだそりゃ……」
「前回の戦いで全てを見せたとは言っていないぞ」
テンマの『燃ゆる土の鎧』と同じ自己強化の技。
オムの両腕は触れただけで敵を焼き尽くす超高熱の炎の槌と化した。
秋口の夜だというのに周囲の気温が真夏の炎天下並に上昇する。
これがオムのとっておきの技、名付けて『炎魔の双腕』だ。
「行くぞ!」
ボクサーのようなガードスタイルで間合いを詰めていく。
シンクは五メートルほど近づいたところで姿を消した。
「こいつでどうだ!」
次に現れたのはかなりの上空。
空中の離れた位置から氷の礫を振らせてくる。
が、
「甘いっ!」
突き上げた拳から炎風が渦を巻く。
勢いよく上昇した炎はシンクに襲い掛かった。
炎の竜巻は微弱な氷の礫を一瞬にして飲み込んでゆく。
シンクにも当たったように見えたが、おそらく直前に空間を渡っているだろう。
予想通りの『悪意』はやや左後方からやってきた。
左半身を土の壁でガードしつつ、引いた右拳に炎を纏っている。
オムが目を向けた瞬間、彼は怯える猫のように身をひるがえして距離を取った。
「紅蓮のシンクともあろう男が、逃げ腰だな!」
オムは口元を笑みの形に歪めて挑発した。
「なんなんだよそれ、どうにもならねーじゃねーか!」
まともな精神の人間なら燃え続ける炎に近寄りたいとは思わない。
いくら勇敢な戦士であろうと本能的な恐怖はどうにもならないものだ。
逃げてもダメ。
遠距離攻撃は通用しない。
ましてや近寄ることなど不可能。
完全に手詰まりだとシンクの顔に書いてある。
もちろん『炎魔の双碗』にも弱点はある。
常に最大級の攻撃を放ち続けているようなもので消耗が非常に激しい。
このまま黙って突っ立っているだけでも十分も経てば精神力を使い果たしてしまうことだろう。
にも関わらず、オムが積極的に攻撃を行わないのには理由がある。
「さあ、いい加減にお前も全力を出せ! 奥の手を隠していることはわかっているんだぞ!」
オムの挑発にシンクが片眉をぴくりと動かす。
前回の戦いで能力の全てを見せたわけではないのはシンクも同様のはずだ。
そう推測できる理由はただ一つ。
シンクは上海の龍童、陸夏蓮に勝っているから。
いくら仲間のサポートがあったとはいえ、隊長クラスを超える力を持つ陸夏蓮に勝つためには、今までに見せた五つの力だけでは絶対に不可能のはずだ。
あと一つ、もしくは二つ。
コピーした能力が何かあるはずなのだ。
おそらく上海の龍童にトドメを刺せるだけの威力を持った技が。
それを見極めた上で勝つ。
能力の限界いっぱいまで気力を使ってもいい。
もはやオムは後のことなど考えず、この一戦に全力を継ぎ込むつもりだった。
「あー、うん。まあ……」
シンクは視線を逸らして頬をかく。
どこか緊張感がないのは友人同士のケンカだからか。
あるいは彼もまだ本心ではオムの裏切りを疑っているからなのか。
いや、あんな態度もフェイクと見るべきだろう。
そうやって相手を油断させるくらいのことはする男だ。
「わかった。んじゃ全力で決めるぜ」
シンクはそう言って拳法のような構えを取る。
左半身に構えた格好は、どう見ても隙だらけな素人の構えである。
おそらくはこれもフェイクだ。
「手加減なしでいくからな。お前も全力でぶつかってこいよ」
「くっくっく……わかった」
オムはこの時点でシンクの考えが読めた。
テンマですら勝てなかった上海の龍童を倒した能力の正体がおぼろに見えた。
「全力同士のぶつけ合いといこうかぁ!」
燃え盛る右手を振り上げ、オムはシンクに向かって走る。




